第5話 SPC異能者・異種族犯罪対策課4

 一通り自己紹介が終わり、次はマリーナの番だというところで、その人物はやって来た。

「いやいやいや、遅れてすまないね」

 その発言の主に、その場の全員が注目した。

 どう見ても二〇代半ばにしか見えないのに年期の入った服装とボサボサの髪型、それに言葉遣いの所為せいで年不相応ふそうおうさがより際立っている。そう、彼こそがSPCフロリダ州マイアミ支部長であり、SPC異能者・異種族ストレンジャー犯罪対策課局長である神原天人たかひとである。

 隊員の中では、「やっと来たか」と「いいタイミング」というそれぞれの顔をしている者が半数ずつ存在した。

 その内の前者の一人が腕を組み、天人をにらみつけて言った。

「た~か~ひ~と~、今何時か分かる? それとも時計を忘れたとか言うんじゃないでしょうね?」

 アナの壁に穴でも開けようとするかのような眼力に、たじろいだ様子も見せず、天人は一言「悪い」と軽いノリで返す。

 その反省の色が全く見えない態度にアナは更に怒りをぶつけた。

「悪いじゃ済まないわよ! 今日から新人入れたのあんたでしょうが」

「い、いえいえ! 自分は気にしていませんから」

 アナに言われ、自分がかばわれていると分かったマリーナは慌てて気にしていないと主張した。

「彼が遅れてくるのはいつものことじゃないか」

 当然のことだというようにニコライがつぶやいた。

 事実、天人は出勤時刻内に出勤して来たことがない。マイアミ支部長である天人からすれば、部下への示しがつかないということから絶対にあってはならないことだが、そういったところはあまり気にしていないようである。

「自己紹介には間に合ったしいいだろ? で、誰まで終わってんの?」

「新人ちゃん以外は皆終わったわよ。あとはあんただけ」

 アリーナはこの時アナの発言に疑問を抱いていた。仕事上アナは天人の部下ということになっている。アナにとって天人は上司だ。にも関わらず、アナは天人のことを「あんた」と呼んでいる。

 つまり、アリーナの疑問はこの職場での上下関係とは一体どういうものであるのかだ。

 しかし、今これを問うのはタイミングが悪いと判断し、アリーナは言葉を飲み込んだ。

「んじゃ手っ取り早く終わらせるか」

 天人は「やれやれ」というようにため息を吐いて発言した。

「俺は神原天人。ここSPCフロリダ州マイアミ支部長、そして異能者・異種族ストレンジャー犯罪対策課局長だ。支部長でも局長でも神原さんでも、好きに呼んでくれ」

 またもやマリーナには疑問が浮上した。

 天人が自己紹介したのはいいが、天人が異能者なのか異種族なのか教えられず、天人の自己紹介は終わってしまったのだ。

 マリーナもこれには流石にたずねる他なかった。

「あの、神原局長は異能者なのですか? それとも異種族なのですか?」

 その両方ということもあり得たが、マリーナは二つにとどめておいた。

 だが、返ってきたのは天人からではなかった。

「あれ? 新人ちゃんは天人から聞いてないの?」

 これを言ってきたのは紫愛莉である。紫愛莉を含め、この場にいる隊員全員がすでに知っているものだと思っていた。しかし実際は教えられていないという。

 これにはこの場の隊員全員が驚いた。

 そこでマインがマリーナに天人の正体を告げる。

局長ボスはな、異能者でも異種族でもねぇ、『人間ヒューマン』だ。しかも純血のな」

「それって、どういう――」

 マリーナは自然と問い返していた。

 SPCは異能者・異種族ストレンジャーの犯罪を取り締まるための異能者・異種族ストレンジャーで結成されている組織だ。その中に人間、ましてや純血種など存在していることがあまりにも現実離れしすぎており、なかなか受け止めきれないでいた。

「何にでも例外は付き物だよ」

 ニコライがさとすようにマリーナに言う。

「例外、それがSPCだろうが例外は存在する。彼はSPC本部から直接任命された例外中の例外。普通『人間』じゃ異能者・異種族ぼくらには敵わないが、彼が相手だと、この場の全員でかかったとしても数秒でやられるだろうね。試す気はないけど」

 ニコライの発言に対し、納得とまではいかないにしろ、天人が「人間」であるということは信じられた。

 別に指揮が異能者・異種族ストレンジャーでないとならないということはないので、指揮系統の役職に関しては、「人間」であっても不相応ふそうおうではないとこの時のマリーナは判断した。

「信じろって言っても、遅刻はするしだらしないしやる気もない。これじゃ信じられないのも当然よね」

 アナの言うことは最もだ。しかし、新人であるマリーナが上司である天人を、立場上信じないわけにはいかなかった。

「いえ! 若輩者である私が入隊早々上司に不信感を持つなどそんなことは……」

 マリーナは本当の意味で納得したわけではない。あくまでも信じたように見せかけることにしたのだ。入隊直後、上司の機嫌きげんを損ねるようなことは出来ない。

 しかしそれが演技であることはこの場の全員が理解していた。

「というわけで、俺達の自己紹介は終わったから、最後は君だ」

 天人が強引に次へと進めた。

 天人に言われ、マリーナ「はい!」と背筋を伸ばした。

「私はマリーナ・チャーチルと申します。異能者なのですが、あの……その――」

 マリーナが言いかけていた時、天人が割り込んで発言する。

「彼女は養成所時代から、自分の能力に関してコンプレックスを持っているから言いにくいんだと思う。だから代わりに言うと、彼女の能力は周りのものを自分の周囲に引き寄せる能力だ」

 異能者・異種族ストレンジャーもさまざまだ。己に対し絶対的な自信を持つ者や、己の力を認められないでいる(コンプレックスや過去のトラウマを持っている)者もいる。

 だから異能者・異種族ストレンジャー同士であるならばそういった悩みを共有出来ると、そういう意味で天人は隊員全員に打ち明けたのだ。

 マリーナの心臓は、早すぎて止まってしまうのではないかと思われるくらいにバクバクしていた。

 顔を下げている状態から、なかなか上げられないでいると、

「大丈夫。私達がついてる」

「心配すんな。馬鹿にする奴がいたらぶっ飛ばしてやる」

「心配するな。悩み事を聞くのは得意だ」

「心配しないで。私もフォローする」

「僕たちだって、君をサポート出来ることなら何でもするさ」

 一人、また一人とマリーナをはげます声が上がった。

 涙腺がゆるみ、泣きそうになるのを堪えながら、マリーナはゆっくりと顔を上げた。

「はい! ありがとうございます、皆さん」

 そしてその顔には笑顔という名のはなが咲いていた。

 マリーナはSPCへ入隊したことにより大きな一歩を踏み出すことが出来た。

「大変です支部長! マリアちゃんのいる学校が!」

 突然の扉の開く音と同時に、ロビーの受付嬢が天人に対し大声で発言した。

 慌て方からすると、相当危険なことかもしれない。そう誰もが思ったが、マリアの名前が出てきたことに、マリーナ以外の誰もが身体を強張こわばらせた。

「マリアの学校がどうかしたのか?」

 先程の天人のやる気のない雰囲気とは打って変わって、今から大仕事をする人間かのように、真剣な表情で一つ一つの動作に無駄を作っていない。

 そんな別人とも言える天人の問いに受付嬢は一瞬面食らったあと、すぐに緊急事態であることを知らせる。

「ニュース見てないんですか⁉ とにかくマリアちゃんの学校が大変なんです!」

 直後、天人はオフィスの壁側にあるテレビの電源を入れた。

『臨時のニュースをお伝えします。只今フロリダ州マイアミ在国日本にあるSPC養成助学校初等部の体育館で、人質を取って立てこもるという事件が起きています。情報によりますと、助学校の初等部は本日が始業式となっており、その影響で初等部の児童及び教員の全員が人質となっています。犯行グループは先日SPCによって逮捕された犯罪グループ「赤報隊せきほうたい」と名乗るグループの残りメンバーで、先日逮捕されたメンバーの釈放が人質の解放条件であると語っており、SPCの到着までCSIの職員が交渉を続けている模様です』

 ニュースキャスターが言い終わるのとほぼ同時、天人は全員に一人ずつ指示を出していった。

「マインとシェリーはバレないよう二人程度の身柄を拘束、その内一人にアナが変化、内側からの誘導と同時に二人は突入、二人と同じくしてアナは二人の援護。ヴェルは犯人の人数・場所の特定と三人のサポート。ニコライは外から干渉かんしょうされないようにブロック、リリアはニコライを守れ。Let`s move!」

「「「「了解、局長イエス,ボス‼」」」」

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