第2話 SPC異能者・異種族犯罪対策課1

 ――終戦から六年。米国内在国日本フロリダ州マイアミ、米国ではあるが日本でもあるこの都市は街並みが日本の東京都とほとんど変わらない。米国であると同時に日本でもあるからだ。

 ビルの間を高速道路が通っており、バス・タクシーなどの公共機関がせわしなく動いている。鉄道は全て地下にあるが、日々の通勤客でいっぱいだ。

 時刻は午前七時三〇分、通勤・通学で急く人が多い時間帯だ。飲食店はとっくに開店準備を終え客足が途絶えるがことない。

 街行く人は人間なのか異能者・異種族ストレンジャーであるのか違いは分からない。異種族であれば外見的な特徴で判別出来るが、異能者と人間は外見的な特徴が見られないので判別は難しい。

 そんなこの都市の中心街にある雑居ビル地下にある『クローバー』という喫茶店、入り口が裏路地の階段しかないという分かりにくい場所にある為か、客は二人しかいなかった。奥のテーブルに二〇代半ばの男と小学生くらいの少女の二人が座っている。

 店内の内装はレトロな雰囲気をかもし出しており、バーカウンターの天井に設置されたテレビから朝のニュースが流れている。

『昨日、米国内在国日本フロリダ州マイアミにて銀行が襲われるという事件が起こりました。強盗の人数は七名。全員異能者・異種族で、三〇分程立て籠もっていましたが、SPCが突入したところ、強盗は取り押さえられ、人質は無事解放されたとのことです。只今ただいま入ってきた情報によりますと、取り押さえた対策員は一名とのこと。更に――』

「ほらマリア、とっとと食わねぇと遅刻するぞ」

 新聞紙で正面が見えなくなっている何者かが、淡々とした物言いで向かいに座る少女に忠告した。低めの声ということからそれが男性であると分かる。

 マリアという少女は日本人特有の綺麗な黒髪を肩の高さに揃えており、前髪はもう少しで目にかかりそうだ。身長やまだ幼さが完全に消えてはいない顔立ちから小学生と分かるが、その表情はとても小学生とは言い難い程冷たく、落ち着いており、何処か大人びた様にも感じさせる。

 マリアはテレビから視線をテーブルへ戻すと、食べかけていたパンケーキを切り分け始める。切り分けながらマリアは男に言う。

天人たかひとも早く食べないと遅刻するよ。昨日仕事押し付けてきたみたいだけど、遅刻なんかしたらまたアナスタシアに怒られるよ」

 天人と呼ばれた男は新聞紙をめくり、悠然と応える。

「アナなら大丈夫だ、今日から赴任するやつがいるからそいつの相手で手一杯になるだろうよ」

 天人は新聞紙を閉じ、カップのコーヒーを口に含む。

 ようやく姿を現した天人は、マリアの父親とは到底思えない程に若く、まだ二〇代前半と思われる。寝癖ねぐせの跳ねたボサボサの黒髪を掻きながら欠伸あくびをする姿は、過重労働でやつれた中年男性のようである。更に年期の入った黒のロングコートを着ており、より年配な雰囲気を醸し出してはいるが、マリアとは年の離れた兄妹にしか見えない。事実この二人は特殊な兄妹なのだが。

 天人が空になったカップを置くと、店の奥から店員がカップにコーヒーを注ぎに出て来た。

「そういや昨日アナがランチに来てね、明日新人が七時半に来るって言ってたよ。いいのか? 行かなくて」

 天人に対しやけに親しく話すこの店員は元救済者ワールド・ピースで、二年前にSPCを止め、この喫茶店を開いた。名前は方倉一女はじめ、天人とは救済者ワールド・ピース結成前からの友人で、異能者である。昔からの馴染みで、職場から近いということもあり、天人達はよくこの店を利用している。

 天人は懐中時計を開き、時間を確認する。現時刻は七時三五分、本日の出勤時刻をとっくに越している。

「やべぇ……怒られる……。もう行かねぇと」

 天人はテーブルに代金を置き、急がなければならないのにも関わらずゆっくりと立ち上がる。

 マリアはマイペースに店を出ようとする兄を見ながらホットココアをすすっていた。

「それじゃああとマリアを頼む」

 天人は店を出ようとして振り返り一女に言った。

「おう。気を付けろよ」

 一女は代金を制服のポケットに入れ、天人の使用したカップと食器を片付けている。

「そういえば、最近あいつをテレビで見ないな。本当に仕事してるのか?」

 一女は店内にいる唯一の客に素朴な疑問を問いかける。

 マリアはパンケーキを切り分けながら答える。

「天人は仕事してない訳じゃない。いつも皆が進んで仕事奪いにいってる。だからテレビに映るのは皆の方が多い」

「最近は特にマインが出てるな。一番活躍しそうなのはシェリーかヴェルナートだと思ってたんだけど」

「彼女の能力だと護衛の仕事が多い。政治家なんかの偉い人とかだと指名でくるみたい。彼の能力は探索や捜索に秀でてるからそっちがほとんど。その見つけた犯人をおびき出すのがアナスタシアの仕事で、それを取り押さえるのがマインの仕事って感じになってる」

「それで、肝心の天人ボスは何してる?」

「寝てるか、最近だと養成所の方に顔出してる」

「アナから聞いた話しで新人がどうとかってさっき言ってたけど、その子を引っ張ってくるために養成所に行ってたのか?」

「たぶんそうだと思う。天人が連れてくるくらいだから、それなりの能力者か強力な異種族かだろうけど」

「確かにありそうだな。面白い能力持ってたり、見たことも聞いたこともない異種族とかだったりするかもな」

「天人のことだからあり得そう」

 マリアはパンケーキを片付けると、残りのココアを飲み干し、席を立って鞄を背負う。店の時計を確認すると、午前八時手前の五〇分。ここから学校まで一五分、八時三〇分までに体育館に居ればいいので十分間に合う。

「それじゃあもう行くね」

「おう。気を付けていけよ。何せマイアミここは物騒だからな」

「うん、ありがとう」

 マリアは店の扉を開き、そう言って店を出た。




         ――




 SPCフロリダ州マイアミ支部、一階のロビーには受付があり、その前には待つ為に設置された椅子が陳列している。

 その椅子の最前列に座り、緊張しているのか硬い表情のまま何かを待っている様子の女性がいる。今日が初出勤なのか、新品と思われる程綺麗な状態のスーツを着ており、先程から何度も鏡で髪が乱れていないか確認している。髪の色が黒や黒茶ではなくブロンドであることから恐らく日本人ではないだろう。

染めている可能性もあるが、その顔立ちが日本人ではないと悟らせる。

 髪の乱れがないことを完全に確認し終わると、就職祝いに買ってもらったのか、新品同然の綺麗な腕時計に目を落とす。

 時刻は午前七時三〇分、待ち合わせの時間丁度になった。

彼女は今年の始め養成所を卒業したばかりで、本日が初出勤である。

 養成所というのは、SPC対策局員養成所のことである。SPC対策局員は、異能者・異人種ストレンジャーによる事件が起きた際、己の能力を持って事件の解決に尽力しなければならない。その為、局員は全員異能者・異人種ストレンジャーであることが、SPC職員の第一の資格であるのだ(――例外もある――)。

 この養成所では個人がそれぞれ持つ力を向上させ、SPCの職員になる者としての知識と技能を叩き込まれ、エリートとしての能力を習得するようになっている。基本SPCになれることを許された者しか卒業出来ないことになっており、卒業した者はランダムにどこかの支部に配属する形となる。

 しかし、SPCの職員が養成所の様子を見に来ることがしばしばある。その時SPC職員のお目に叶う者がいれば、卒業が到底認められそうもない者でも卒業資格を得ることが出来る。

 自分が落ちこぼれだと落胆する者でも、気に入られれば卒業と同時、無事職に就くことが出来る。彼女もそう思っていた者の一人であった。到底卒業出来ないと思っていた矢先、フロリダ州マイアミ支部異能者・異人種ストレンジャー対策局の局長を務めていると名乗る男性からスカウトされ、現在仕事場へ案内される時をまだかまだかと待っている。

 ……もう時間のはずなのに……。

 彼女はもう一度時計を確認するが、時刻は七時三〇分から変わっていない。

 こういう場合は来る時間の一五分前には来ていなければならないと、張り切って出勤してきたのだが、五分前どころか時間になっても現れないというのは一体どうなっているのだろう。

 少し不安の色がうかがえるが、事件が起これば現場に直行しなければならない仕事である為か、何らかの仕事でこちらに人員を送れなくなる程繁忙はんぼうである可能性を考慮すると、遅れが生じることは別に珍しいことではないと思われる。そんなことを考えていた折り、黒いジャケットを着た白髪で見た目のアウトドアな感じとは縁遠いような青白い肌の若い男性が紙袋を抱えて局内に入って来た。

 周りの人間が皆スーツであるのに対し、あまりにも印象的な服装であったが故に、つい見入ってしまっていたらしい。彼女は慌てて視線を逸らした。

 その男は受付まで行くと、受付担当者と何か話した後、彼女の方へ振り返り真っ直ぐ歩いてきた。

 彼女は彼が何者であるのかを理解する前に、声を投げかけられた。

「あんたが新人か。俺はマイン・スミス、今日からあんたも俺達の仲間だ」

 いきなりの自己紹介に驚きながらも起立し、彼女も名乗った。

「はい! ほ、本日からここに配属となった、マリーナ・チャーチルと言います! ご指導よろしくお願いします!」

 マリーナは言ってすぐ頭を下げた。

「堅苦しいあいさつは済んだろ? 最初の仕事だ、こいつを持つのを手伝ってくれ」

 そう言ってマインは抱えていた紙袋を揺らした。

 マインは三つ程の紙袋を抱えており、その内の一つをマリーナに持つよう指示した。

「それじゃあ、オフィスに行くぞ」

 マインのやる気のない先導にマリーナは続いた。

 マリーナの内心では一つの疑問が誕生していた。

……私ここでやっていけるのかな……。

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