SPC異能者・異種族(ストレンジャー)犯罪対策課

天宮城スバル

第1話 序章

「はぁ……はぁ……っ!」

 戦場であったであろう荒野。地面には突き刺さったまま残された剣や槍、銃が無数。辺りを見渡せば、ここが地獄だと感じられる程の血に染まった死体ひとの山。生存者だれもいないこの場所で、動きがあった。片膝を着いた状態の男が一人立ち上がる。恐らくこの男は、この戦場における唯一の生存者だ。

 男はすぐ側で横になっていた刀を拾い歩き出す。

「……おい、生きてるか?」

「……」

 男は居もしない者に呼びかける。

「だよな、俺以外死んでるんだから当然だな」

「……」

 男は一人つぶやくが、それでも返事はない。目を凝らしながら歩いて行くと、前方で何かが動いたのが見えた。

「あれは、もしかして!」

「……」

死体を漁りに来た禿鷹はげたかかとも思ったが、生存者という可能性もある。男は考えるより先に走っていた。誰か生きているのではないかという希望を胸に。

「……っ! まさか……!」

 辿り着いた時、男は驚愕した。そこにいたのは、この場にふさわしくない恰好をした幼女だった。どう見ても五、六歳にしか見えない幼女が布きれ一枚だけを羽織ってうずくまっている。

 反応に困ったが、色々と事情を訊かないことには対処のしようがない。

 男はかがみ幼女と目線を合わせると、恐る恐る問いかけた。

「お嬢ちゃん、どうしてこんなところにいるのかな?」

 幼女は顔を上げ男を見る。特に怯えた様子もなく落ち着いるようだ。

この年頃の子ならトラウマになってもおかしくない風景なのだが、それすら気にした様子もなく落ち着いている。

 幼女は男の目を覗き込むように見ながら口を開く。

「わからない。ここはどこ? お兄ちゃん」

 質問のつもりが、逆に質問され返されてしまった。

 男は困った様子で後頭部を掻き、

「じゃあ、お嬢ちゃんのお名前は?」

「わからない」

 質問を変えたが、それでも返ってきたのは同じ言葉。何とも謎が多い幼女である。

 男はまたも問いを変えた。

「じゃあ、何なら分かるのかな?」

「何もわからない」

 男は何か納得したかのように笑みを作る。

 男には妹がいた。兄思いの妹であったが、戦争により一月前にこの世を去った。今眼前にいる幼女はその妹と容姿が似ているどころか、幼かった頃の妹そのものなのだ。

 幼女は何も答えられないことで怒られると思ったのか、うつむいてしまう。

 男は幼女の頭に手をそっと置き、撫でながら言った。

「だったら、今日からお嬢ちゃんは俺の妹だ。名前は……そうだな」

 男は数秒考えると、じゃあと続けた。

「マリア。今日からお前はマリアだ」

「マリア……お兄ちゃんの妹……」

 幼女は何度も繰り返し呟くように言うと、勢いよく顔を上げた。

「私はマリア、お兄ちゃんの妹!」

 幼女は喜んだ様子で男に叫んだ。男はもう一度幼女の頭を撫でた。

「よく答えられましたマリア――」




         ――




 ――この世界は人間だけが住む世界、そう信じられていたのはただの空想なのかもしれない。神世の時代の伝説を記した神話、そこに記されてある怪物達は全て空想だと信じられていた。しかし、改世紀かいせいき九年、神話に出て来た怪物や聖書に記されていた悪魔や天使などの異人種の姿が頻繁に目撃されるようになる。人々はこの時、書物に書かれたことが全て空想ではなく事実だと受け入れ始めていた。

また、人間の中には、空を飛べたり物体を触れることなく動かせたり出来る、異能者と呼ばれる者も見られ始めた。異能者はその昔、魔法使いウィザード(ウィッチ)と呼ばれており、とある国や地方では迫害や差別を受けることもあった。魔法という概念は、常人では行えないことを行ってのける異能者の超能力が、人間の妄想によって肥大し誕生したのだと改世紀前に解明された。

 この異能者と異種族を総称し、人間ヒューマンからは異能者・異種族ストレンジャーと呼ばれるようになった。

 そして改世紀一〇年、人間の代表と異能者・異種族ストレンジャーの代表による首脳会談が行われた。話し合われた内容として、人間と異能者・異種族ストレンジャーがどう共存して行くかについてが主な議題となった。

 この会談により人間と異能者・異種族ストレンジャーは協定を結び、世界は一つとなったかに思われた。

しかし、人間は自分達の住む世界を脅かす可能性のある異能者・異種族ストレンジャーを危険視した。初めは共に平等な世界を築くという理想を夢見ていたが、異能者・異種族ストレンジャーによる犯罪が跡を絶たなかった。異能者・異種族ストレンジャーの特異な能力に人間では対処することが出来ないと知って、強盗や通り魔事件等の犯罪事件が多発。人間を負傷させる目的の場合、人間と異能者・異種族ストレンジャーの間には力の差が生じる為、軽い暴行程度でも人間を死に至らせることも少なくなかった。

一方で、異能者・異種族ストレンジャーは人間こそが悪だと主張した。中には人間に危害を加える者もいたが、迫害を受けたり同種が殺戮さつりくされたという歴史的背景を持ち出した。

だが、それでも人間社会に適応し、人間社会に対し貢献・奉仕してきた。にも関わらず、一方的に危険対象だと言われるのには納得することが出来なかった。

確かに人間に危害を加える者は存在した。愉快犯で畑や家を荒らす者、中には人間を殺害する者までいたのは紛れもない事実だ。しかし、それは人間にも言えることだ。

ただ人間じぶん達と違うからという理由で、危険な存在ではないかという妄想に憑りつかれ、害悪だと決めつけたことは幾度もあった。薬品サンプルの試験という肩書きで、危険薬物を投与したり、尋問の為の拷問と称して殺戮をたのしんでいたりしていた。

異能者・異種族ストレンジャーからすると、人間も自分達と同じ、平等な存在なのだ。そのことを強く訴えたが、人間は聞く耳を持つどころか、妄想を重ね異能者・異種族ストレンジャーは人間社会を乗っ取ろうとしているのではないかという考えを主張する者達が現れた。

 そして改世紀十五年、各国、各地で人間と異能者・異種族ストレンジャーとの間で戦争が勃発した。これが後に第七次世界大戦と呼称された。

 この戦争が終結したのはそれから二年後だった。第七次世界大戦が二年で終結出来たのは、救済者ワールド・ピースと呼ばれる者達の活躍があったからだ。彼らは人間と異能者・異種族ストレンジャーで構成された集団であった。彼らは人間と異能者・異種族ストレンジャーの平等化・共存を唱え、人間、異能者・異種族ストレンジャーの仲裁を世界を代表して買って出たのだ。

 主な活動は、戦争の終結に向けての戦争の中断・妨害をすること。両者の戦争に第三者として介入し、人間側には武器や兵器、通信機器の破壊、異能者・異種族ストレンジャー側には特異能力を特異能力により無力化していった。

 両者は彼らを政府に逆らう罪人としたが、罪人として罰するには問題があった。救済者ワールド・ピースには両者の者達がどちらも存在しており、外見で両者のどちらか判断出来ない者が幾人もいることだった。

例えば、人間側が人間だとして、誤って異能者・異種族ストレンジャーを拘束してしまったとする。すると異能者・異種族ストレンジャー側が人間側の内政に干渉するきっかけを作ってしまうことになる。

今の状況で内政に干渉されれば、戦争における敗戦宣言を迫られることにもなり兼ねない。逆もまた同じである。

 これを両者が同時に行えば片方が悪いとはならないが、戦争中であるので休戦しなければ罪人を罰する暇さえ作れない。

 もし仮に休戦して罪人を罰したとしても、例のようなことが発覚すれば戦争を再開する口実となってしまう。

 また両者とも救済者ワールド・ピースの数、構成員を全く把握出来ていない状況にある。詮索しようにも人員を割く余裕がないからだ。

 こういった問題から、両者は救済者を捕らえることはしなかった。

 そういった精神的に揺さぶる攻撃を続けていた救済者だが、終戦のきっかけとなった事件が起きた。

 救済者のリーダー神原天人かんばらたかひとの妹神原真理那まりながこの戦争を引き起こした張本人だと全世界に告白したのだ。救済者のリーダーは人間であったが、妹の方は異能者であった。何故妹が戦争を引き起こしたのか、その理由は彼女の能力にあった。

 妹の能力は別世界の自分自身と、その時代を問わず会話が出来ることだった。その能力が目覚めてからずっと別世界の自分と話してきた彼女は、ある事実を知ってしまった。今彼女がいるこの世界以外では兄が必ず死んでしまう。

別世界の自分はそれぞれ能力が異なる為、未来を予測出来る世界の自分に見てもらった結果、この世界だけ唯一兄が生きていられると知ってしまったのだ。

 しかし、それが全て良い未来とは言いきれなかった。兄が生きていられる代償として、自分が死ぬことも知ってしまったからだ。

 つまり、兄を生かさせたいのなら自分が死ぬ、自分が生きたいなら兄が死ななければならないということだ。

 だが彼女はこの決断を迷うことなく選択した。

 全世界に自分が戦争を引き起こした首謀者だと明かしたということは、世界中から天下の大罪人だと認識され、政府からの決断では死刑が宣告されるだろう。

 彼女は自分が一番の罪人だという汚名を背負って死ぬことを選んだのだ。ただ一人の兄を生かす為だけに。

 彼女がどうやって戦争を引き起こしたのか、それは彼女の持つもう一つの能力にあった。彼女は別世界の自分の能力を使用することも出来たのだ。その能力を使用して、見知った人物の容姿、声、記憶を完全にコピーすることが出来る能力を行使した。そして人間、異能者・異種族ストレンジャー両者の代表になりすまし、両者それぞれの虚実をでっち上げることで戦争を引き起こさせたのだ。

 この事件を解決、つまり彼女の処刑を執行したのが救済者のリーダー本人であり、これをきっかけに終戦へと至った。

政府は天人本人が処刑したとは公表せず、天人が捕縛し処刑は政府の人間が行ったと公表したのだ。兄が妹を処刑したということを、例えそれが戦争を引き起こした罪人であったとしても、公表するのはあまりにも酷であると判断した結果だった。

 更に、真里那は救済者の一員ということにはなっていなかった為、救済者におとがめがくることはなかった。

 その後世界は再び米国を中心とするため、各国を米国の一部とした。米国の各州に一つ五〇ヵ国の大使館をそれぞれ設置し、各国の大使館がある州そのものを、米国であると共にその国とした。

 つまり、米国の中に更に国があるということだ。

 一方、救済者はというと、異能者・異種族ストレンジャーを主とする事件を解決するため結成された組織、異能者・異種族ストレンジャー犯罪対策局、通称「SPC(Stranger Peace Control)」として米国内在国の各国にそれぞれ配属された。

 天人の配属は、天人を含め五人が米国内在国日本フロリダ州マイアミに配属となった。


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