第6話 100%
目覚ましが鳴って、いつも通りの朝が来る。
気怠い体を起こし布団をはぎ取り、これまたいつも通りの事を思うのだ。
「ああ、何も変わっていない」
と。
分かっているんだ。
ただ夜寝て朝起きただけで、何かが変わるようなことはない、と。
それこそいくつもの朝を越えてきて、これまで何かが違うようなことはなかったのだから、これからもそんなことは統計学的にもありえない。
それでもどこか、期待している自分がいるんだ。
今日もまた、大人になれなかった。
毎朝毎朝、目が覚めて、何も変わっていないことに愕然とする。
体だけは確実に年々衰えているのに、その中身はいつまでもクソガキのままで。でもそれでもいいかと体の一部は思ってしまっていたりもする。それこそがクソガキの証明なんだけど。
大人になれば、ちゃんとできると思っていた。いろんなこと。
税金とかことをちゃんと分かっていて、誰もが損をしない立ち回りができて、大人っぽい字を書けて、とか。
そんな細かなことがすべて、大人になればできると思っていたのに。
でも、大人になったち言われる年齢になったはずなのに、相変わらず世の中の動きやめんどくさい手続きの事なんかは全くわかってないし、うまい人付き合いもできない。字だって子供字のままだ。
幼いころは、どんなことでも挑戦できたし、どんなことも乗り越えて、少しずつ大人に近づいていく実感があった。
階段を一段飛ばしであがれたこと、折りたたみ傘をキレイに畳めたこと。
そんな些細な一つ一つがただ純粋に嬉しかった。
できることが増えること。
少しずつ、誰の手を借りることもなく暮らしていけるようになること。
だってその頃は、何かを得ることで何かを失うなんてこと、知らなかったから。
自分自身を作り上げている100%は常に100%を保っている。10%新たに何かを得れば10%分何かを失い、20%何かを得れば20%分何かを失う。
一つ大人になったとき、子供らしく遊びに熱中することを失った。
もう一つ大人になったとき、子どもの頃からの夢を一つ諦めた。
そんな当たり前のことに気づいたとき、大人になることを願いながらも拒んでしまう、中途半端な自分が出来上がっていた。
ほしい。
ほしい。
でもなくしたくない。
その日から、ずっと期待している。
いつか目覚めて、大人になっている自分を。
そしていつも失望している。
大人になれない自分に。
軽い失望と安心の狭間でずるずると起き出す。
何一つ変わらなかった私は、いつも通りの日々を暮らさなければならない。
変わり映えのない顔を洗い、パンを焼き、コーヒーを淹れて、身支度を整えて。
いつも通りの時間に家を出る。
そのとき、手には集めたプラスチックごみを忘れない。
週に一度の回収の日に出し忘れたあとの一週間、どうにも部屋が狭くなるから。
ペットボトルは明日。
明後日は生ゴミ。
繰り返されるサイクルに、体ごと慣れきっている。
そんな毎日を嫌わない程度には、私は大人なのだろう。
それでもその先には進めない。
怖いんだ。
これ以上何かをなくすのが。
あんなに大切にしていたはずのものを、簡単に手放してしまうことが。
足早に駅へと向かう。
いつも通りの電車に乗り、いつも通りの道を行き、いつも通り会社へ向かう。
そんないつも通りを毛嫌いしつつも安住している、自分自身にヘドが出る。
それは大人?
それが大人?
混み合った電車の中から流れる景色を見る。
学校に遅れないために走る女子高生。
ダルそうに歩く大学生。
ねえ、知ってる?
今あなたたちのいる時間が、実はキラキラ輝いていること。
大人にも子どもにもなりきれない私みたいな存在は、そのキラキラに焼き尽くされそうでもうどうしようもなくて。
何をなくしても、あなたたちの掴みたいモノを掴んで、なんてらしくもなく願ってみたり。
なくすことだけ恐れて何も出来ない中途半端な大人は、ただ願うだけしかできないから。
電車がいつもの駅に着く。
吐き出される乗客たちの中に私もいる。
ここからまた、変わり映えの一日が始まって、私は性懲りもなく大人と子どもの狭間でもがき続けるのだ。
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