第8話幼い美少女勇者ナツメ
第六界
殺し損ねた男。殺したはずの男。そして、殺されかけた男。あの場所、あの男から逃げてもう一年経つがあの風貌、あの声、あの光景を、忘れたくても忘れられなかった。そのはずなのに、早く忘れたくてしょうがない思い出のはずなのに。また自分はその場所に向かおうとしている。
「俺って本当、・・・バカ。」
アライは東ノ宮の宿場区、飲食店街に来ておりその中の一つの店「ヨーロッパ堂」にナガタと二人で入っていた。注文したソースかつ丼セットが来るのを待っている途中、アライは唐突に呟いた。
「なんだ、自分のことよく分かってるじゃないか。それより久しぶりの都はどうだ?ん?」
無神経に発言するナガタに若干の苛立ちを感じたが感情に出さないようにした。
「別に。ここは昔から全然変わらないですね。この、なんとも言えない、古臭い感じ。」
「ソースかつ丼セットお二つになります~。」
エプロン姿の中年女性が両手にトレーを持ってアライ達が座っている席に運んできた。カツが大きすぎるのか、ごはんが多すぎるのか、丼のフタが荒々しく乗っかっている。
「あーはいはい。ありがとね~。」
ナガタは適当に返事をして机に置いてあったお茶の入った急須をアライと自分の湯飲みに注ぎ、お互いに配る。
「あ、すいません。」
「別にいいよ。今はもうお前の隊長じゃないんだから。」
「・・・はい。そうですよね。そうでした。」
アライはそう自分に言い聞かせながら渡された湯飲みを受け取った。急に辛気臭い空気になった事を察したナガタは目の前に置いてあった箸を持ち、ソースかつ丼にがっつき始めた。
「まあ、とっとと食っちまおうぜ。他の客に悪いしな。」
アライは入口付近で待っている客の姿を一瞥した後、箸を取ってナガタと同じようにソースかつ丼にがっつき始めた。
食事が終わるとアライは愛用のカーキ色に染められたサファリハットをさらに深めに被った。そして二人は未だに店に入れていない客達をすり抜けながら食堂を出て、スダ王の住居である「王邸」に向かった。ここで勇者達の初顔合わせをする予定になっている。東ノ宮の食料品や雑貨店が並ぶ中心街を通り抜け、小さな池が横並びになっている場所に出た。その池達の間に伸びている舗装されていない道を歩いている途中アライは顔を曇らせながら口を開いた。
「ナガタさん。他の勇者達はもう来ているんですか?」
「ああ。すでに俺たちより先に都入りしてるらしい。なんだ、もういつもの心配性か?」
アライの顔から不安の色が見えたがナガタが平然とした様子で聞いてくる。
「ええ、まあ。」
「確かに代々行われてきたこの魔王討伐の試練も最初こそ世のため人のために行われていたそうだが、最近は教会連中の民衆や王、そしてナミ神様への絶好のアピールの場になっているからな。それに加えてナミ神様が望みを叶える勇者は最初に魔王を倒した一人のみときた。結果、起こった事といえば暗殺や買収の横行。そんな教会どもの抗争に飛び込むんだ。そりゃビビッてもしょうがないよなぁ。」
「あぁもぅ、マヂ無理。」
アライの顔から血の気が引き、どんどん蒼白になっていく。そして両手で顔を覆いながらどこかおぼつかない足取りで歩く。そして唐突にお腹まわりを押さえて、肩を震わせ始めた。
「はっ!ま、まさか!!あのかつ丼屋の店員も教会の手先っ!?い、一服盛られたのか!?心なしかお腹が痛くなってきたような・・・。そしてあそこまで誘導したナガタさんもグル!?う、うぅ・・・。ち、ちくしょう・・・。ふざけやがってぇ・・・。そこまでやるのかよぉ・・・。」
「やらんわそんな事。」
ナガタはあきれた顔をしながら大きな溜息を一つした。
「こんな奴が勇者とはな。相棒になる神の使いもさぞ苦労されるだろうな。」
「そんな事言わないで下さいよ・・・。」
「だがまあ今回の魔王討伐はお前も知ってのとおり去年の事件があるからな。色々と事情が変わるかもしれんが。」
ナガタはアライに背を向け王邸に向かって歩き始めた。それを後ろから眺めながらアライは眉をひそめた。
「ナガタさん。俺は、むしろそっちの方が心配なんですよ。」
池の間を歩き、若干苔が生えている階段を十数段上ると相当昔に建てられたであろう、時代を感じる木造の寺が見えた。周りには大人一人が横になれるほどの切り株がいくつも見える。「江道院」と大きな墨の字で書かれた立札が入口付近に立っている。この場所で古来より神の使いをナミ神から呼び出す「召喚の儀」が執り行われている。この寺を横切ると戦士宿舎、訓練場、王宮そして王邸に行くことが出来る。
「この辺りは相変わらず人通りが少ないんですね。」
アライは東ノ宮に到着してからというもの周囲の視線が気になってしまい、普段より一層辺りを見回してしまっていた。だから人が少ない場所は正直有難かった。ナガタはその様子を終始呆れたような顔で見ていた。
「ここで気づかれなくてもどうせ召喚の儀の時にみんなにお披露目するんだから一緒だぞ。」
「うっ。わ、わかってますよ。ちなみに僕が魔王軍相手に逃亡したことで捕まってムショに入ってたことは・・・。」
「民衆みんな知ってる。」
「うぅ・・・。」
アライの落ち込んでいる様子をよそにナガタは先をどんどん進んで行く。アライもそれに続いて歩くがふとどこからかゆるいリズムを刻みどこか引き込まれるピアノ主体のバンド演奏がスピーカーを通してノイズ混じりで鐘楼の方から聞こえてきた。誰かいるのかと思い鐘楼に近づいてみると鐘の下にござを引いて横になっている人の姿があった。よく見ると眉毛が綺麗に整えられ、鼻筋も通っており幼さはあるが可愛らしい風貌の女の子だった。本来なら肩の後ろまであるだろう黒髪を動かないように頭の後ろで丁寧にまとめて留めている。自分に相当自信があるのかスタイルがはっきり分かる服装をしている。鍛えあげられたものだと一目で分かる下半身、上半身を包むようにくるぶし部分まで伸びた黒のレギンスパンツ、緋色のノースリーブシャツを着ており両手に二の腕から手の甲まで伸びた可愛らしい動物の顔がプリントされたアームカバーを付けている。そして彼女が小さいのか、「それが」長すぎるのか判断出来ない程の長い竿のような物がボロボロの包帯で荒く巻かれて彼女の横に置いてあった。彼女は音楽に聞き入っている様子で顔はアライ達の方に向いているがこちらに気づく様子はなかった。
「あーやっぱりインスト最高。とろけそう。」
見た目の幼さとは不釣り合いの落ち着いた低い声が届いてきた。アライとナガタは少し様子を窺っていたがさすがに気づいたのか二人を見た瞬間「うおっ、びっくりした。」と言い、近くに置いてあるラジオの電源を切り上体を起こしその場に座った。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「この寺の人、じゃないよね。たしかヨボヨボのじいさんと孫の女の子でやってたはずだし。」
「は、はい。・・・これから王邸に用があって向かっている途中なんです。」
「へー。それにしても一応警戒してたはずなのにこんな近くまで近づかれるなんて、二人とも只者じゃないよね?」
女の子は鐘楼からふわりと飛び降りて品定めをするようにアライとナガタを見ながら近づいてくる。
「一応この都で雇われている者だ。ちなみにこの気弱そうな奴は今回の勇者役の一人だ。」
ナガタは握りこぶしから親指だけ出してアライを指差した。簡単に赤の他人に勇者だとばらしていく行為にアライは動揺を隠せなかった。
「ちょ、ちょっとちょっとぉほぉ!?なんでっ!なんであんたはいつもそう・・。」
「あーじゃあ同業者ってわけだね。」
いきなり割って入ってきた女の子の言葉にアライは耳を疑った。
「え、今なんと・・・。」
「私もここに勇者として呼ばれて来たんだよ。」
「・・・・ウソォ。」
確かに鐘楼から降りたり、歩いて近づいてきた時の身のこなしを見てただの趣味で体を鍛えているわけではない事はアライは分かっていたが今まで見てきた強そうな剣と鎧を身に纏った勇者達とは随分印象が違っていたので驚いてしまった。
「こっちこそウソォ・・・だよ。こんな見た目弱そうな人でも選ばれる事ってあるんだ。」
「おいおい言われてるぞ勇者よ。なんか言い返したれ。」
ナガタはアライを煽れて楽しそうな顔になる。
「ぐっ。くやしいが俺もそう思ってる。」
「ふふっ。なにそれ。ん?あー・・・でも。」
女の子は何かに気づいたのか更にアライに近づき顎に手を当てながら頭からつま先まで見てきた。アライは何か言ってやろうとしたが可愛い女の子にまじまじと見られるのは別に悪い気がしなかったので黙ってその様子を見守る事にした。
「ふーん。なるほどぉ。」
女の子は一瞬複雑そうな顔になったと思ったら途端に笑顔になった。そしてアライに向かって右手を差し出し握手を求めてきた。
「第二修道教会から来た勇者のナツメです。よろしく、気弱そうな勇者さん。」
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