第9話元勇者ヒラオカ
第八界
魔王ベイルは十数名の部下を連れてかつて人が住んでいたであろう場所で花見をしていた。花は咲いていない。花が咲いてもおかしくはない気候ではあるが今自分達が座って酒を飲んでいるこの場所では枯れきった木が一本生えているだけで周りは倒壊した家屋とただ荒れた大地が広がっているだけだった。
「随分となくなっちまったな。」
小さな杯に以前とある人間からもらった白く透き通った酒をビンから注いで飲んでいた。
「そうですか。一応代わりの酒も用意していますよ。」
部下の魔物が後ろの荷車から持ってきた樽酒の山を見せる。中から芳しい酒の香りが漂ってくる。
「いや、酒もそうなんだがな。」
ベイルは自分が注いだ酒を飲み干し、空を見上げた。澄み切った夜空だが星は見えない。見える物といえば自分達が用意したかがり火の炎だけだ。その炎を暫く眺めていると何故か急に消えるのではないかと思えるくらいに小さくなった。そしてそのあと瞬く間に燃え上がるような業火に成長し自分達を焼き尽くすかのような勢いでうねりをあげた。この様子を部下達も気づき辺りを警戒し始める。
「・・・来た。」
地面を歩く音が燃え盛る炎の音に混じりながら光が届かない暗闇の方から聞こえてきた。徐々にその音は近づいてくる。そしてその音の主の姿も近づいてくるごとに輪郭を帯びてきた。
登山用のリュックを背負った中年の男。無気力そうな顔だが髭は綺麗に剃られており。左手に杖替わりの木の棒。右手に手には白い紙袋を提げている。服装と言えばちょっとその辺を散歩してくると言って出て行けそうな簡単な格好をしている。男は自分に向けられている警戒の視線に臆することなく平坦な口調で話し始めた。
「なんだ、先客がいたのか。」
「ゆ、勇者ヒラオカ!!」
部下達から動揺と怒りが混ざったような声が聞こえてくる。それでもヒラオカの調子は崩れない。
「元、だ。間違えるな。」
「何故貴様がこんな所に。たしかここから南西に位置するリアスの海岸で隠居生活をしてたはず。」
説明口調の魔物にヒラオカは思わず苦笑してしまう。そしてゆっくりと魔物達に向かって歩き出す。
「ご説明どうも。安心しろ、この世界では人類側の敗北で決着が付いている。もうお前たちと戦う理由はない。」
淡々と話すヒラオカに魔物達はおちょくられているような感覚になり、徐々に怒りが込み上げてきた。そして魔物達もゆっくりとヒラオカに近づき始める。
「そっちにはなくてもこっちには・・!!」
「やめろ。」
魔物達は驚いた様子で声が聞こえた後ろを向いた。ベイルは枯れた木にもたれて酒を飲みながらヒラオカを見据えている。低く、圧の掛かった声に魔物達は怯え従うようにヒラオカから少しずつ距離を取るように離れて行った。
「メルヴィ、ヘルガ。」
ベイルがそう呼ぶと後ろの暗がりから二体の人間の女性の姿をした悪魔が現れた。二体とも男達を惑わせるような容姿に白い肌、誘うような淫らな格好をしている。唯一禍々しいと感じるのは背中から爬虫類を思わせる身の丈以上の羽が生えている事だ。
「珍しいお客だ。相手してやれ。」
『はーい。』
二体は返事をするとヒラオカにゆっくり両側から寄り添うように近づいていき、ベイルの近くに座るように誘導した。ヒラオカがベイルに向かい合うように座ると悪魔たちはヒラオカの両隣に座り酌し始めた。
「おつまみ用意してきたから食べたかったら食えよ。」
ヒラオカはさっき持っていた紙袋からおもむろにちいさなタッパーをいくつも出してフタを開けた。中には綺麗に巻かれただし巻き卵や魚と山菜の甘辛煮などが色彩豊かに詰まっていた。
「わざわざすまんな。」
「いいよ。」
ベイルはヒラオカから割り箸を貰い、切り分けてあるだし巻き卵の一つを取り口に運んだ。卵に溶け込んでいる昆布とかつおによる出汁のうまみが口いっぱいに広がってくる。
「お前が花見とはな。何かあったのか。」
第八界の魔王達はヒラオカとは何度も死闘を演じた仲なのでその他の人間達よりもヒラオカの事を知っている自身があった。そのヒラオカはよほどの大事な用か彼自身を怒らせない限り自分の住んでいる土地を離れる事はないと魔王達は知っていた。
「いや、その・・・、何だ。」
ベイルの質問にヒラオカは少し照れくさそうに悪魔に酌してもらった酒を飲んだ。適当な発言からまさかの反応にベイルは驚いた。この様な反応を見るのは初めてだったので少し興味が湧いてきた。
「知り合いの天使から少し、良い知らせが来たんだよ。随分前からそれらしい事は聞いていたんだが、今回の話で確信したんだよ。だからいてもたってもいられず思わず外に出てきちまった。」
表情には出さなかったが喉から出た言葉の中に嬉しさと喜びが混ざったものをベイルは感じた。
「お前が言うんだから余程の事じゃないのか?良かったら聞かせてくれよ。」
ヒラオカは若干苦い顔を浮かべながら杯に入っていた酒を飲み干した。
「前に俺の所で世話してた弟子達の話だよ。お前も覚えてるはずだぞ。あいつら確か最初にお前の城に迷い込んだはずだから。」
ベイルはそれを聞いてすぐに思い出した。あの日は中々印象的な出来事が立て続けて起きたので良く覚えていた。その日起こった出来事を思い返すと不思議と笑いが込み上げてきた。
「ああ、あのバカ三人組か!!」
「そうそう。そいつらだ。」
「そういえばお前あいつらを弟子にしてたんだったな。すっかり忘れてたよ。あの三人、もうこっちに居なかったんだな。」
「そ。現在ナミ神の下でこき使われてるよ。」
ヒラオカはその時少し寂しそうな目をした。その様子を見かねた悪魔達がヒラオカに密着して両肩に頭を乗せてきた。まんざらでもなかったが酒が飲みづらいので頭だけ離れてもらった。
「で、そいつら関係のどんないい話が来たんだ?」
ヒラオカは少しもったいぶった様に杯を傾け間を開けた後、ゆっくりと口を開いた。
「あと少しであいつら、元いた世界に帰れるんだよ。」
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