第3話囚人アライ2
「・・・勇者?」
アライは顔をしかめた。自身が周りから臆病者や卑怯者とよく蔑まれる事はあったがいきなりそれと正反対の「勇者」という言葉を投げかけられてもいまいちピンと来なかった。
「きっと何かの間違いですよ。」
アライは苦笑混じりの声で茶封筒をナガタに押し返した。しかしナガタはどこか楽しそうな表情を崩すことなく話を続ける。
「いや、東ノ宮の神官からの直接のお達しだ。ほら、なんなら神官とスダ王の判もある。」
ナガタは自分の前に返された茶封筒から何回も折りたたまれた書状を取り出し、アライに見えるように広げてみせた。そこにはアライが魔王討伐の勇者選抜メンバーとして選ばれた事と、指定された場所と時間に召喚の儀を執り行うので直ちに東ノ宮に来るようにという内容が書かれていた。
「これナガタさんの仕業ですか?」
「そんな事できる訳ないだろう。出来るとしたらナミカミ様か神官か。なんだ、疑っているのか?」
魔王討伐勇者に選ばれる者はほとんどがナミカミを信仰する教会の人間だがはっきりとした決まりはない。アライはそれは分かっているのだがどうも腑に落ちない様子を見せる。
「そりゃそうですよ。僕が勇者だなんて。かけ離れすぎです。」
「ぷっ。ま、まあな。でも良かったな、名誉挽回の機会だぞ。」
「まるで他人事のように・・。」
アライはそう言いながらとにかく他に書類関係はないか茶封筒の中を確認してみる。そうすると中に何やら柔らかい布のような物が見えたので茶封筒の口を下に向けて外に出してみる。それは男の目から見ても美しいと思える一つ一つ違う姿をした花々の柄が純白の布に綺麗に刺繍されており、どこか気品を感じさせていた。
「・・・ハンカチですか。これは?」
「・・・さあ。」
ナガタもこれは初めて知ったので同様に首を傾げた。茶封筒を用意して書状を入れたのはナガタ自身なのだがその時はそのようなハンカチを入れた覚えはなかったからだ。
「なんか怖いけどとりあえず持っておけ。」
アライは書状と誰の物かわからないそのハンカチを茶封筒にゆっくりと仕舞った。
「話を戻しますけど三教会はどうしているんですか。」
「あっちは既に三人の勇者が決まってる。もう東ノ宮に向かってるだろうな。特例はお前だけだ。」
アライは徐々に外堀が埋められていくような感覚を覚えたのでまず目の前に座っているこの男に自分の意思をはっきり伝える必要があると判断した。
「僕、嫌ですよ。」
「何を言うか勇者。」
「そうだぞ、勇者。」
気づいたら尋問室の扉が開いており看守の顔がこちらを覗いている。なぜか話にノッてきていた。
「急に勇者勇者言うのやめろ!!」
「一体何が不満なんだ。大変名誉な事だぞ。それに成功したらナミカミ様が望みを叶えてくれるんだぞ。もう一生安泰だぞ。」
ナガタは何も悪びれた様子もなくアライに話す。本当に何も疑わないような目で見つめてくるのでアライは直ぐに反論することはせず少し間を置いてからゆっくり話す。
「ナガタさん。あなただって前回の魔王軍との戦闘の参加者なら知っているはずですよ。勇者になるって事はまたアレと戦わなければならないんですよ。」
ナガタは目線をアライの手に移す。わずかだがカイロを持つ両の手から肩近くまで小刻みに震えているように見えた。
「・・・怖いのか?」
「・・・寒いだけです。」
アライはナガタと目を合わせようとせず手に持っているカイロかちゃぶ台か分からないが下方を見ている。
「そうか。なら問題ないな。では出発の準備を・・・。」
ナガタは数回頷いた後スッと座布団の上に立つと出口に向かおうとアライに背を向ける。
「すいませんごめんなさい!嘘です!めちゃくちゃ怖いです!!見捨てないでください!!」
その時アライ、目にも止まらぬ速さでナガタの前に躍り出る・・・・!そして懇願・・・!圧倒的懇願っ・・・・・・!何も知らない普通の勇者だったら、この書状はまるで沢山の夢が詰まった幸せ切符・・・・・!だがアライから見れば・・・・・・!同じ切符でも、特急っ・・・・・!地獄行きっ・・・・・!ここは例え相手がナガタであっても姿勢を下げるっ・・・・・・・!下げるっ・・・・・・・・・・・!
「もう遅い。すでにお前の里の人間も東ノ宮に招待されている。」
アライはそれを聞くと低い姿勢を元に戻し、座った状態から下から睨みあげるようにナガタを見た。
「体のいい人質ですか。」
「王と総隊長はそんなことしなくても良いと言ってたんだがな。あ、後お前を連れて行かないと俺の首も危ないんだよ。仕事のクビかもしれないし、こっちの首かもしれない。」
ナガタはそういうと自分の手を刃物に見立てて自分の首を切るような仕草をしてみせた。アライはそれを興味なさそうに一瞥するとすぐ視線を下の畳の方に移した。
「ナガタさんの首は正直どうでもいいです。」
「・・・ひどくない?」
「でも・・・。」
アライはその時一瞬里の人達と一年前に魔王城の前で出会い、殺されかけた一人の男の顔が浮かんできた。
「今回は、逃げられそうにないですね。」
観念したかのように目を瞑り深いため息が一つ、狭い個室に漏れた。
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