第2話囚人アライ

第六界 


「長旅ご苦労様です!ナガタ隊長!」

左眉の上に刀傷が入っている顔のいかつい小太りの看守は目の前の王宮戦士長に若干力みの入った顔と声で敬礼をした。

「うむ。」

ナガタは内心そのいかつい顔に恐ろしさを覚えたが表情を崩さず軽く敬礼を交わした後すぐに辺りを見渡すような素振りを見せた。王から直接頼まれたからとはいえ苦労して極寒の北方地域を渡ってこの網縄刑務所に来ていた。周りの者から見ればただでさえ猫背の体がこの北方に来てからより一層際立って見えることだろう。ナガタはすぐにでも暖炉なり灯油ストーブなりにあたりたかった。

しかしこの刑務所の入口から看守室まで暖房器具はいくつか見かけたがどれも点いていない。

「申し訳ありません。現在物資の不足でこの時間は何処も暖房を点けないようにしてまして。」

それを聞いてナガタは落胆した。そしてこの目の前に立っている男は何も悪くないのだがその腹回りの脂を足しにでもすればいいだろなどとよからぬ事を考えたが直ぐに我に戻った。

「そうか、ガーンだな。」

「代わりと言ってはなんですがこれをどうぞ。」

看守の男はそう言うと自分の机の中にあった小さな袋の一つを手渡してきた。ナガタは「うむ。」と言って受け取った。持ってみると徐々に袋がほんのり暖かくなってきた。

「む、カイロか。あったかいなこれは。」

「それはよかったです。実はこれ私の手作りなんです。」

「お前すげーな。」

などとナガタは感心していたが、話が逸れていることに気づいたので何処で材料を手に入れたなど聞きたいことをぐっと飲み込んで、カイロを両手でワシャワシャもみながら本題を話すことにした。

「アライの事は聞いているな。」

ナガタがそう言うと看守はまた若干力んだように顔と声を強張らせた。

「はい。例の囚人は言われた通り現在尋問室で待たせております。」

そう言うと今度は申し訳なさそうな顔つきでナガタの顔を見た。

「申し訳ありません。一応規則ですのでお聞きしますがこの囚人に何の要件でしょうか。」

そう言われるとナガタは何故か嬉しそうな顔になり得意げな様子で「フッ。悪いが機密事項だ。」と言い、踵を返して部屋から出ていった。

それを看守は唖然と見ていたが、ナガタはここに来たのは初めてだということを思い出し慌ててナガタの後を追いかけるように部屋を出た。


看守室から尋問室までは囚人達のいる牢屋がある廊下を横切る必要がある。ナガタはどんな悪そうな奴らがいるのか多少興味があったがこの時間は囚人全員で新しい道路の工事作業にあたっているらしく誰もおらず、とても静かな様子だった。牢屋前の廊下を抜けて少し歩いたところに見た目がとても頑丈そうな扉がついた部屋が二つ並んでいた。扉の上を見上げると「尋問室」と書いてある札が両方かかっていた。ナガタの前を歩いていた看守は向かって右側の部屋に近づき、「こちらです。」と言いながら尋問室の扉を開けた。

中を覗いてみると手前に靴を脱ぐスペースがあり、その奥は四畳半程の畳になっている。真ん中に小さなちゃぶ台と座布団が二枚敷かれており、壁際に記録員の看守と囚人の後ろに立っていた看守がこちらの姿を見た瞬間慌てて敬礼をしてきた。

「ご苦労さまです!」

「うむ、ご苦労。」

ナガタは敬礼を交わした後、看守の前できれいな背筋で座布団に正座で座っている囚人に目をやり「ようアライ。」と話しかけた。アライと呼ばれたその男は客観視しても若い好青年だと思わせる風貌だがどこか気弱そうな雰囲気が出ている。自分の体より大きめの囚人服を着こなし髪はナガタが以前会った時より短く切られている。両手には手錠がかけられていた。先ほどの看守から貰ったのか下を見ながらカイロを両手でワシャワシャともんでいた。その後、こちらに気づいたのか視線を扉の方に向けて聞き取りづらい小さな声で「お久しぶりです。」と軽く会釈した後、また視線を下に向けた。その様子をナガタは少し眺めたあと、小さな溜息をつき看守達に視線を戻した。

「ありがとう、お前たちは看守室で待機していてくれ。」

看守達は一瞬困った様子を見せたが直ぐに態度を改めた。

「了解しました。しかし何かあっては困るので一人は部屋の前で待機させておきます。」

「それでいいぞ。」

看守達は直ぐに敬礼をした後急ぎ足で扉付近に立っていた看守と共に尋問室から出て行った。

看守達が部屋から出て行った事を確認するとちゃぶ台の前の座布団にあぐらをかいて座り、肩に掛けていたカバンを自分の横に置き目の前に座っている囚人と同じようにカイロをワシャワシャもんだ。


お互いに少し間があった後、ナガタの方から話を切り出した。

「一体・・・何だ。なんのつもりなんだ。」

アライからすると予想外の質問だった。アライの中では元部下の身を案じたセリフか自分の顔に泥を塗ったことに対する罵倒が飛んでくると思っていたからだ。

「・・・はい?」

アライが質問を返すと。ナガタは突然座布団の上に立ち上がったと思ったら持っていたカイロをアライの腹部に投げつけ両手をちゃぶ台に叩き付けた。

「なんで脱獄しないんだよぉ!!」

「ええええええええええええええええ!!?」

いきなりの脱獄発言にアライは面食らってしまう。そして誰か聞き耳を立てているのではないか心配になってナガタの背中越しに見える部屋の扉を凝視してしまう。

「ねえなんで?しろよ脱獄!」

「いやしませんよ。そんな怖いこと。とりあえずカイロ。」

アライは自分に投げつけてきたカイロを床から拾ってナガタに差し出した。ナガタは少し落ち着きを取り戻したらしく「おお、すまん。」と言い、素直にカイロを受け取りまた座布団に座り込んだ。

「・・・まさかそれが言いたくてわざわざここに来たんですか。」

ナガタは少し落ち着きを取り戻したとはいえまだアライに対する不満があるのかずっと眉間にしわを寄せてアライを睨んでいる。

「そうだよ。」

「えぇ・・・。」

「お前も知ってのとおり俺はお前の元上司だからな。直接脱獄を手伝いに行ったら真っ先に疑われちゃうだろ。だから古い友人に頼んでお前の脱獄を手引きさせたんだよ。なのにお前は無視し続けたそうじゃないか。」

アライはまさかと思った。そして一応今まで思い当たる事を思い出そうとしたが思い出せなかった。

「いや思い当たる節がないです。」

「そんなはずはない。日中に何度も看守達に紛れて誰にもばれることなくお前の牢の鍵を開けることに成功したと言っていたぞ。」

「・・・・・・・・・・・・あれアンタか!!」

アライはそう言われてあの悪夢の三日間を思い出した。道路工事の労働後の昼食から戻って看守がすでに読み終わった新聞を布団の上で読んでいる時だった。まだ巡回の時間ではないのに誰かが歩いてくる靴音が聞こえてきた。だれかに用があるのだろうと思いすぐに目線を新聞に戻した。自分の牢の前を靴の音が通り過ぎようとしたあたりだろうか。唐突にガチャリと自分の牢の鍵が開く音が聞こえてきのだ。アライはすぐに視線を廊下の方を見たがすでに人の姿はなく、廊下を歩く靴音も聞こえなくなっており、ただ牢の扉が開いた事で聞こえる金属同士が擦れ合う音が聞こえているだけだった。この現象が何故か三日連続で続いた。

「やっぱり覚えてるじゃないか。」

「あぁ。よく覚えていますよ。あの後すぐに看守達が来て脱獄の疑いをかけられて三日三晩連続でボコボコにされましたからねぇ。」

「だから何で鍵開けてもらった後すぐ脱獄しようとしなかったんだよ!」

「あんな突然の心霊現象みたいなもの見せられて出られるわけないでしょう!すごく怖かったんですから!」

アライはあの日に起こった理不尽な出来事は納得出来なかったが甘んじて受けた。だが元凶が今目の前に座っていると思うと腹の中に溜まっていた怒りが下から込み上げてきそうになった。そう思ったら手に持っているカイロのもむ回数が自然と増えた。

「お願いしますから次からはもっとまともな友人を頼って下さい。」

「そうだな。考えておこう。」

ナガタはそう言うとさっきと違い落ち着き払った声でアライに語りかけた。

「そろそろ本題を話すか。」

「あんたさっき文句言うためだけに来たって言いませんでしたか?」

「あれは嘘だ。」

「・・・。」

アライはこの時ようやくナガタがこういう人物だった事を思い出してきた。それと同時に久しぶりにどこか懐かしい頭痛がおこり、額を手で覆った。

ナガタは自分の持っていたカバンから大きめの茶封筒を取り出し、中身を空けることなくちゃぶ台に乗せそのままアライに差し出した。

「喜べ、勇者に選ばれたぞ。」

ナガタはどこか楽しそうな様子だった。

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