11.5-02 腹ごしらえは大事
「う~ん……、う~ん…………。……ハッ!?」
目を覚ましたトキは辺りを見回した。ここはどこだろう。カサカサした手触りの狭い空間に、膝を曲げて座っていた。横には大きな穴が空いており、林が見える。どうやら自分は、林の中にある大きな木のうろにいるようだった。
「俺は……、ん?」
なぜ、こんなところにいるのか? なにか悪い夢を見ていた気がする。
そう考えていると、急に胸もとがむずむずとかゆくなり始めた。見ると、ななからクリスマスプレゼントにもらったロングコートがもぞもぞと動いている。慌ててボタンを外すと、白いなにかが飛びだした。
「グワァッ!」
「ギャッ!」
出てきたのは、鳥の姿のダイサギとコサギ。
「タァーッ!?」
ガンッ!
「痛っ……」
びっくりしたトキが跳ね上がると、うろの天井に頭をぶつける。たんこぶを押さえながら、出てきたシラサギたちを涙目で見た。
「お前ら、なぜここに?」
「あのまま寝ていたら凍えてしまいそうだったから、あたしが暖房代わりに入れたのよ」
不意に声が聞こえた。うろの下から伸びた枝に、人の姿をした鳥が降り立つ。カツンッとヒールの高い靴を鳴らして器用に枝の上に立ち、乱れた横髪を耳に掛け、黄色い瞳が横目で相手を見下した。
「アオサギ……」
やはり夢ではなかったらしい。昨日の出来事を徐々にトキは思い出していく。
田んぼで倒れていたところをアオサギに見つかり、半ば強引にねぐらへと連れて行かれた。始めは木の上で立って寝ていたが、慣れない寝方にバランスが崩れて滑って木から落ちて……。そこからは、あまり覚えていない。
「いつまでそんな狭いところに縮こまっているのかしら? さっさと行くわよ」
アオサギがじれったげにトキの腕を掴んで、うろの中から引っ張り出す。
外は厚い雲に覆われているが雪は降っておらず、どうやら早朝らしい。
トキは言われるままにうろから出るが、目を白黒させて首を傾げる。
「行くってどこへ? そもそもなぜアオサギはヒトの姿になっているんだ?」
「そんなこと、どうでもいいじゃない! 行くわよ!」
アオサギはトキを掴んだまま、翼を広げて枝を蹴った。
「どうでもよくないと思うが……って、待て、アオサギ!?」
トキはつんのめり、木から落ちそうになる。それでもアオサギにぐいっと腕を引っ張られ、慌てて翼をばたつかせて空へと飛び立った。
※ ※ ※
到着したのは、近くにある川。右岸は林の木々がせり出していて、左岸は堤防になっており、人の降りられるコンクリートの階段がついている。
アオサギたちは右岸にある枝葉の茂る木に止まって、辺りを見回した。
「だれもいないわね。じゃあ、ここで靴を脱いで、降りるわよ」
アオサギはハイヒールを脱ぎ、枝に引っかけた。
トキも、以前ななからもらったスニーカーを脱ぎ、裾をまくしあげながらまた首を傾げる。
「なぜ、川へ降りるんだ?」
「決まってるじゃない! 食べ物を捕るためよ!」
アオサギは呆れた声を上げ、再びトキの腕を引っ張って川へと飛び降りた。続いてトキも川の浅瀬へ降りる。足を水に着け、驚いたように声を漏らした。
「温かい」
「ここ、湧き水が出ていて、年中水の温度が一定に保たれてるの。だから冬場は魚たちが集まってきて、結構な穴場なのよ」
アオサギが指をさす先には、確かに、水面が絶え間なく揺れ、水の湧き出ている箇所があった。
「こんな場所、初めて知った……」
「あなたが冬場、食べ物がなくて困っていたら連れていこうと思ってたのよね」
「ん? なにか言ったか?」
「なんでもないわ。ほら、さっさと捕まえてみなさい?」
「あ、あぁ」
トキは腰を曲げ、右手を水中へ入れた。
思えば昨日の夕方からなにも口にしていない。今さらながら、グゥーと腹の虫が鳴った。
泥の中に手を突っ込んで探ると、かすかな感触があった。瞬時に腕を伸ばし、それを掴む。水から手を出すと、指の間でビチビチと跳ねるドジョウがいた。
トキの顔が喜色に染まる。
「捕ったっ! 金魚鉢は……」
久し振りに捕まえた大好物のドジョウ。トキは大急ぎで振り返り、堤防側にある階段へと目をやった。いつもならそんな場所に置いておくはずの金魚鉢が、今はない。
「…………」
トキはしばらく呆然とその場に立ち尽くす。
もがいていたドジョウが手から抜け出し、川へと逃げていった。
「トキっ!」
突然、怒鳴るような声が聞こえた。
肩を震わせて振り返ると、アオサギが頬を膨らませながら、こちらを睨んでいた。
「なにボーッとしてるのよ! あたしたち以外だれもいないんだからそのまま食べればいいじゃない!」
言うや否や、目にもとまらない速さで水の中へと手を突っ込む。魚をつかみ取りしたかと思えば、トキに向かってそれを投げつけた。慌ててトキは、宙に舞ったヨシノボリを両手でキャッチする。
「さっさと食べなさい! ほら、ほらっ!」
「んっ!? ま、待て、アオサギ!?」
慌てふためくトキに構わず、アオサギは魚たちを次々に捕まえ、放り投げていった。
※ ※ ※
しばらくして食事が済み、トキは階段の中程に腰を掛けて休憩していた。
満腹になったお腹をさすり、ほっと満足げな息を吐く。
「こんなに食べたのは久し振りだ」
「元気になったかしら?」
やってきたアオサギが階段の下からトキを見上げる。
奥には、一緒についてきたダイサギとコサギが、食べ物を探して川をうろうろと楽しげに歩いていた。
「もしかしてアオサギは、俺を元気づけるためにここへ連れてきたのか?」
「勘違いしないで。お腹が空いてたら、冷静にものを考えられないでしょ。だから連れてきたのよ」
「冷静にものを考える?」
「そう。単刀直入に訊くわ。あなたはこれからどうするつもりかしら?」
腕を組み、アオサギはビシリッと本題を突きつける。今にも突き刺されそうな鋭い眼光に、トキは肩を縮こまらせた。その上、昨日の出来事を思い出し、膝を抱えて俯いた。
「アオサギは、俺とななの話を聞いていたのか?」
いじけたように目をそらしながら問いかけた。
アオサギはなにも言わず、訊いたことだけ答えなさいと言わんばかりにじっと睨み据えている。
ダイサギとコサギが食事を終え、興味深そうに二羽のそばにやってきた。
たっぷりと間を置いて、トキは諦めたように口を開く。
「鳥に戻る、しかないだろう……」
「そう。じゃあ、今すぐ戻りなさい」
すぐさま返された言葉に、淡い黄色の瞳がたじろぐ。
「い、今すぐか!?」
「そうよ。まだその姿のままでいる理由があるのかしら?」
「い、いや……」
「だったら戻ればいいじゃない。簡単だわ。
「それは、そうだが……」
「だが、なによ! 忘れ物でもしてきたの!」
「ん?」
「んん!?」
しぶっているトキが、はたと動きを止めて首を傾げた。
アオサギは細い眉毛をこれでもかと寄せてトキを睨む。
さきほどまでそんな目つきに怯えていたトキだったが、それよりも重大ななにかを思い出したのか、前屈みになってアオサギに詰め寄った。
「今、なんと言った?」
突然目の前に顔が来て面食らい、アオサギはほんのり頬を染めて後退る。
「な、なによいきなり。忘れ物でもしてきたの!」
「その前だ」
「
「それだ!」
トキが急に叫んだため、アオサギは目を丸くした。傍らにいたダイサギとコサギもびっくりして飛び立ち、頭上をぐるりと一周してまた降りてくる。
トキはそんなサギたちに構うことなく、自分の姿を見て、なにかを探すように服をペタペタと触る。状況についていけず唇を尖らせているアオサギに視線を戻し、一言。
「服を、忘れてきた……」
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