11.5-03 とりに戻る作戦!
人の姿になった時、服はどのように調達したのかと問われれば、実は始めから着ていたという答えが返ってくる。それはなぜかと問われれば、人の姿になりたいと強く念じる際、たいてい鳥は普段見ている「服を着た」人の姿を想像する。そのため服は身体の一部だと認識され、具現化されるといった仕組みだ。
つまり、人の姿になった時に着ていた服は、鳥にとっては身体の一部ということになる。ゆえに鳥の姿に戻る際は、
……という事実を、鳥たちはなんとなく直感で知っていた。
「ありえない! 自分の一部を忘れてくるなんて! ていうか、なんでいつも着てなかったのかしら!」
「す、すみません……。ななからあの格好は変だと言われ、服を見繕ってもらって着ていたからな……」
トキは今着ているワインレッドのチノパンや白から朱色へグラデーションのかかったロングコートを見ながら、深刻げに唇を引き結んだ。
身に着けている物は、ストール以外すべてななからのもらい物だ。変化時に着ていたのは白装束で、普段は寝間着代わりに使っていた。昨日の朝、洗濯に出したから、おそらく居間で部屋干しされた後、畳まれて部屋の隅に置かれているだろう。
「まったくもうっ! すぐに元の姿に戻ると思ってたのに、こんな夜更けになっちゃったじゃない!」
アオサギがプンプン怒って翼をばたつかせている。隣にいるトキの頭を何度も羽がかすめていった。
「それで、アオサギ? 暗くなるのを待てと言ったが、これからどうするんだ?」
トキたちは今、ななの家の裏手にある林にいた。アオサギの愚痴を延々と聞かされて、辺りはすっかり暗くなっていた。枝の上から背を伸ばせば、ななの家が垣間見られる。家の明かりは点いていないようだ。
「決まってるじゃない! あなたの服を取りに戻るのよ!」
アオサギは人差し指をトキに突き立てて言った。苛立ちを隠すことなく言葉にしているが、声は闇夜に響かないよう細心の注意を払っている。
「今、ダイサギとコサギが見張りをまきにいったわ。それが終わったら、あなたが家に潜入して、服を取り返してくるの。わかった?」
「あ、あぁ……」
トキが生返事をして、「見張り?」と首を傾げた。その直後。
「グワァー!!」
「ガァーガァー!?」
ダイサギの声がしたかと思えば、ハシボソガラスの鳴き声が聞こえ、頭上を二羽の影が通り過ぎていく。
「ギャー!?」
「ニャーニャー!!」
さらにコサギの声がしたかと思えば、ネコの鳴き声が下のほうから聞こえ、二者の気配が遠のいていく。
「ななの家は、いつからこんな厳重になったんだ?」
「あなたが気づいていないだけで、前からこんなだったわよ」
トキが顔をしかめながら首を傾げる。
口を尖らせながらアオサギは、じっとななの家を凝視していた。明かりもつかず、なにも起きないのを確認して、トキの腕を掴む。
「行くわよ!」
そう言って引っ張り、枝から飛び降りて裏庭へ降り立った。トキもその後ろに降り立ち、一日ぶりに来た家を見上げた。目線の先には、ななの部屋の暗い窓が見える。
「なに突っ立ってるのかしら? 今のうちに服を取りに行きなさい」
小声で言いながら背中を強く押され、トキは言われるままに前へ歩み出た。
裏口へ行き、そっとドアノブに手をそえる。一瞬、戸締まりをしているから開いていないのではと思ったが、ノブを回すと意外にも簡単にドアが開いた。
「おかしいな、なながいつも締めているはずだが……」
「それだけ気が気でないのよ」
「ん?」
後ろに立つアオサギがなにか言ったと思って振り返るが、彼女は腕を組んでそっぽを向いていた。
「なんでもない。あたしはここで見張ってるから、早く取りに行ってらっしゃい」
トキがこくりと頷いて、靴を脱ぐ。アオサギがその様子を横目で見ながら、念を押すように付け足した。
「絶対に、あの子の部屋に行ったりしないのよ」
「ななのことか? なぜだ?」
「なぜって、行くつもりなの?」
「い、いや……」
「だったら早く行ってらっしゃい。寄り道せずにすぐ戻ってくるのよ」
「あ、あぁ」
トキはまたこくりと頷いて、ゆっくりと音を立てずに家の中へと忍び込んだ。
ドアが静かに閉められて、辺りに静寂が訪れる。
裏庭で突っ立っているアオサギは、深いため息を吐き、雲のかかった空を仰いだ。
「まったく、来た時から変わってない。ホントに世話が焼けるんだから」
裏口から帰ってくるはずの鳥を待ちつつ、その鳥と出会った日のことを思い出していた。
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