13-14 変わらない時を歩む

 屋根の上で、仰向けに寝っ転がりながらスマホをいじる。今朝の地方ニュースで、ある記事を見つけた。見出しには『行方不明のトキ、見つかる』と書かれている。


『――日、鶴ノ丘つるのおか町で№465の足環あしわをつけたトキが発見された。№465は昨年四月に同町で確認されたのを最後に行方がわからなくなっていた個体である。トキを発見、撮影した野鳥の会県支部長の高階たかしな國雄くにおさんによると、「車の中で観察していたが、興味津々といった様子でこちらに近づいてくるのでドキドキした。怪我けがもなく、元気そうだった」とのこと。およそ十一カ月ぶりの再発見に、佐渡の関係者からも驚きと喜びの声があがっている。――』


 文章の横には写真が載っていた。田んぼのあぜで体を正面に向け、カメラ目線で小首を傾げるアホ面。足環もばっちり映っている。


 ヒトに見られるのが嫌いなくせに、よくもまぁ、こんな身分証明みたいな写真を撮る気になったな。見れば、冠羽かんうがはねかけている。「興味津々といった様子」ってヒトには見えたみたいだが、本当は緊張しまくってたんじゃねぇのか。


「カーくん、スマホ買ったの?」


 頭の上から、カワセミがオレをのぞきこんできた。つやのある黒いスマホを一瞥いちべつして、翼を羽ばたかせて隣に降り立つ。かわら屋根にひざを曲げてぺたんと座り、こっちを見つめながら口もとを緩めた。


「きれいな指輪、たしにされちゃったね?」

「うっ!? うるせぇ……」


 オレは唇をとがらせて、カワセミに背を向けた。背中からくすくすと笑い声が聞こえる。


「べ、別にオレのもんなんだから、オレがどうしたっていいだろ。こっちのほうが、ななと電話できるし、メールもできるし、繋がれるからいいんだ」

「でも今、トキのこと調べてたでしょ?」

「うっ!? うるせぇ! 見てただけだ!」


 画面を消し、ポケットにしまう。

 カワセミはなおも鈴を転がすように笑って、しばらくすると声を止めた。首だけひねって見てみると、早朝のまだ薄い青空をどこか遠い目をして見上げている。それからこっちへ向き直り、空に浮かぶ白い三日月のように口を曲げた。


「ねぇ、カーくんは、これからどうするの?」


 首を傾げ、翡翠ひすい色の少し長くなった髪が揺れる。あとで切ってやらねぇとなと考えながら、オレは起き上がってあぐらをかいた。


「別にどうもしねぇよ。今日も飯作って、ななと食べて、洗濯して、掃除して……。スマホ代払わねぇとだから、バイトも続けねぇといけねぇしな」

「ふ~ん。フラれたのに、まだいるんだ?」

「うっ……。そ、そもそもオレは、求愛こくってねぇからフラれてもねぇんだ! ななだって、居ていいって言ってんだし、別にいいだろ!」


 あの一件の後、好きってバレて気まずくなっちまったけど、ななは今までどおりオレたちを受け入れてくれた。「夫婦つがいとか、そういうのまだ早いからね!」って、なぜか口を酸っぱくして言われた。


「図々しいかもしれねぇけど……。でも、オレだって、まだここにいてぇんだ。言っただろ。オレは、みんなで一緒にななの家で暮らしてぇって」


 視線を落とすと、裏庭が見えた。一画に花壇があって、色とりどりの草花が植えられている。

 前のよりも一回り広くなっていて、カワセミが土をふかふかに耕してくれた。花壇を囲む赤茶色の四角いレンガは、ななとホームセンターで買ってきたものだ。花だけじゃなく、周囲に草も植えてコントラストをつけたのは、アイツの発案だったか。

 ケンカしたり、怒られたり、泥んこになって騒ぎながら作っているうちに、オレの気まずい気持ちも吹き飛んじまった。


 ななが好きなのは変わらねぇ。アイツに負けたくねぇのも変わらねぇ。

 変わらねぇから、オレはこのままでいたい。


「いいんじゃない? カーくんのそういうところ、カーくんらしくって、ボク好きだよ?」


 視線を上げると、カワセミがオレに向かってにっこり笑顔を見せた。

 真面目に言ってんのか、皮肉で言ってんのか……。

 オレは鼻で笑って、同じ質問を返す。


「カワセミは、どうすんだよ?」


 カワセミは人差し指をほおにあて、考えるように目を泳がせる。


「ボクはどうしよう? ななにフラれちゃったし、みんなにメーワクもかけちゃったから、旅にでも出ようかな?」

「どっか行っちまうのか!?」


 思わず身を乗り出し、カワセミの肩をつかんだ。

 黒くてつぶらなひとみが大きく見開く。まゆゆがめるオレの顔を、いっぱいに映して。


「ぷっ」


 と、吹き出して、大笑いしやがる……。


「冗談だよ、ジョーダン。カーくんが寂しがるとイヤだから、ボクもおうちにいるよ?」

「べ、別に寂しがってなんかいねぇよ! おちょくるんじゃねぇー!」


 オレはカワセミを抱き寄せて、頭をぐりぐりで回してやった。

 カワセミは笑いながら、くすぐったそうにその場で翼を羽ばたかせる。それから上目遣いにこっちを見上げた。


「それにね、ボクはまだ、ななをあきらめてないんだよ?」


 声を潜め、悪戯いたずらをする気でいるようにささやいた。

 手を止めると、耳もとへ唇を寄せてきて、さえずるような甘い声を出す。


「鳥の世界には、つがいがい交尾っていうのがあるんでしょ?」

「はぁっ!? お、お前! そんなこと考えてんのか!? つーか、なんでそんなこと知ってんだ!? だれに聞いたんだ!?」


 肩を思いっきり掴んで、ぶんぶん揺さぶってやった。カワセミはされるがままに首を揺らして、可笑しそうに笑ってやがる。

 今度は爆笑しているだけで、冗談だって言わねぇ。否定しねぇところが不安でしょうがねぇ。


「それに……」


 急に真面目な顔になったと思えば、動きを止めてオレから顔をそらす。背伸びをして見つめる先には、田んぼや畑が広がっている。目ざとくヒトの影を見つけ出し、黒い瞳が細くなった。


「ほっとけないでしょ?」


 言って、楽しげに鼻を鳴らす。唇は柔らかな弧を描き、頬も淡く染まっていく。大切なものを見守るように優しい顔をしていて、決意のこもった瞳は、見つめるものを離さない。

 オレも、カワセミの見ているほうを見て、小さく息を漏らした。


「そうだな」


 一人の少女が、田んぼ道に立って、手にしている物をのぞき込んでいる。きょろきょろと辺りを見回して、立ち止まり、覗いていた物を下ろして、空を見上げた。

 探しているものは、まだ、見つからないらしい。


「つーか、アイツは本当に大丈夫なのか? 獣に食われたり、海に落ちたりしてねぇだろうな?」

「カーくん、ホントにトキのこと心配なんだね?」

「べ、別に心配なんかしてねぇ! なんかあったら、ななが悲しむだろ! だからとっとと帰って……、っ?」


 その時、影がかかり、とっさに顔を上げた。

 頭上と青空のあいだを、翼が通り過ぎていく。朝日を浴びて鮮やかな朱色に染まったそれは、朝露を帯びているのか、羽ばたくたびに輝く粒を散らした。

 動きはのろいが、オレたちがさっき見ていたほうへと、まっすぐに飛んでいく。こっちに一瞥いちべつもくれず、よそ見もせず、一直線に飛んでいく。


「……」


 光に照らされた翼を見送りながら、オレは言葉も出せずに、吐息をこぼした。

 素直に思った。きれいだな、って。


「カーくん、泣いてるの?」

「うるせぇ」

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