13-14 変わらない時を歩む
屋根の上で、仰向けに寝っ転がりながらスマホをいじる。今朝の地方ニュースで、ある記事を見つけた。見出しには『行方不明のトキ、見つかる』と書かれている。
『――日、
文章の横には写真が載っていた。田んぼのあぜで体を正面に向け、カメラ目線で小首を傾げるアホ面。足環もばっちり映っている。
ヒトに見られるのが嫌いなくせに、よくもまぁ、こんな身分証明みたいな写真を撮る気になったな。見れば、
「カーくん、スマホ買ったの?」
頭の上から、カワセミがオレをのぞきこんできた。つやのある黒いスマホを
「きれいな指輪、たしにされちゃったね?」
「うっ!? うるせぇ……」
オレは唇を
「べ、別にオレのもんなんだから、オレがどうしたっていいだろ。こっちのほうが、ななと電話できるし、メールもできるし、繋がれるからいいんだ」
「でも今、トキのこと調べてたでしょ?」
「うっ!? うるせぇ! 見てただけだ!」
画面を消し、ポケットにしまう。
カワセミはなおも鈴を転がすように笑って、しばらくすると声を止めた。首だけ
「ねぇ、カーくんは、これからどうするの?」
首を傾げ、
「別にどうもしねぇよ。今日も飯作って、ななと食べて、洗濯して、掃除して……。スマホ代払わねぇとだから、バイトも続けねぇといけねぇしな」
「ふ~ん。フラれたのに、まだいるんだ?」
「うっ……。そ、そもそもオレは、
あの一件の後、好きってバレて気まずくなっちまったけど、ななは今までどおりオレたちを受け入れてくれた。「
「図々しいかもしれねぇけど……。でも、オレだって、まだここにいてぇんだ。言っただろ。オレは、みんなで一緒にななの家で暮らしてぇって」
視線を落とすと、裏庭が見えた。一画に花壇があって、色とりどりの草花が植えられている。
前のよりも一回り広くなっていて、カワセミが土をふかふかに耕してくれた。花壇を囲む赤茶色の四角いレンガは、ななとホームセンターで買ってきたものだ。花だけじゃなく、周囲に草も植えてコントラストをつけたのは、アイツの発案だったか。
ケンカしたり、怒られたり、泥んこになって騒ぎながら作っているうちに、オレの気まずい気持ちも吹き飛んじまった。
ななが好きなのは変わらねぇ。アイツに負けたくねぇのも変わらねぇ。
変わらねぇから、オレはこのままでいたい。
「いいんじゃない? カーくんのそういうところ、カーくんらしくって、ボク好きだよ?」
視線を上げると、カワセミがオレに向かってにっこり笑顔を見せた。
真面目に言ってんのか、皮肉で言ってんのか……。
オレは鼻で笑って、同じ質問を返す。
「カワセミは、どうすんだよ?」
カワセミは人差し指を
「ボクはどうしよう? ななにフラれちゃったし、みんなにメーワクもかけちゃったから、旅にでも出ようかな?」
「どっか行っちまうのか!?」
思わず身を乗り出し、カワセミの肩を
黒くてつぶらな
「ぷっ」
と、吹き出して、大笑いしやがる……。
「冗談だよ、ジョーダン。カーくんが寂しがるとイヤだから、ボクもおうちにいるよ?」
「べ、別に寂しがってなんかいねぇよ! おちょくるんじゃねぇー!」
オレはカワセミを抱き寄せて、頭をぐりぐり
カワセミは笑いながら、くすぐったそうにその場で翼を羽ばたかせる。それから上目遣いにこっちを見上げた。
「それにね、ボクはまだ、ななをあきらめてないんだよ?」
声を潜め、
手を止めると、耳もとへ唇を寄せてきて、さえずるような甘い声を出す。
「鳥の世界には、つがい
「はぁっ!? お、お前! そんなこと考えてんのか!? つーか、なんでそんなこと知ってんだ!? だれに聞いたんだ!?」
肩を思いっきり掴んで、ぶんぶん揺さぶってやった。カワセミはされるがままに首を揺らして、可笑しそうに笑ってやがる。
今度は爆笑しているだけで、冗談だって言わねぇ。否定しねぇところが不安でしょうがねぇ。
「それに……」
急に真面目な顔になったと思えば、動きを止めてオレから顔をそらす。背伸びをして見つめる先には、田んぼや畑が広がっている。目ざとくヒトの影を見つけ出し、黒い瞳が細くなった。
「ほっとけないでしょ?」
言って、楽しげに鼻を鳴らす。唇は柔らかな弧を描き、頬も淡く染まっていく。大切なものを見守るように優しい顔をしていて、決意のこもった瞳は、見つめるものを離さない。
オレも、カワセミの見ているほうを見て、小さく息を漏らした。
「そうだな」
一人の少女が、田んぼ道に立って、手にしている物を
探しているものは、まだ、見つからないらしい。
「つーか、アイツは本当に大丈夫なのか? 獣に食われたり、海に落ちたりしてねぇだろうな?」
「カーくん、ホントにトキのこと心配なんだね?」
「べ、別に心配なんかしてねぇ! なんかあったら、ななが悲しむだろ! だからとっとと帰って……、っ?」
その時、影がかかり、とっさに顔を上げた。
頭上と青空のあいだを、翼が通り過ぎていく。朝日を浴びて鮮やかな朱色に染まったそれは、朝露を帯びているのか、羽ばたくたびに輝く粒を散らした。
動きはのろいが、オレたちがさっき見ていたほうへと、まっすぐに飛んでいく。こっちに
「……」
光に照らされた翼を見送りながら、オレは言葉も出せずに、吐息をこぼした。
素直に思った。きれいだな、って。
「カーくん、泣いてるの?」
「うるせぇ」
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