13-08 あっ……

 わたしはまだ、トキといっしょにいたいとしか言っていない。まだ、トキへの想いは伝えていない。それなのに、「俺を好きと言ってくれた」って? なんでわたしの想いをトキが知っているの?


 トキの目が、ぱちり、ぱちり、ぱちり。三度まばたきする。ゆっくりと視線が移り、素直に口が開いた。


「カラスが言っていた」


 衝撃の告発に、わたしは顔から火が出そうになるのをこらえて黒い鳥をにらむ。


「カーくんっ!! なんで言っちゃったのっ!?」

「はっ!? べ、別に、言いたくて言ったわけじゃ……」

「相談事を他人ひとにばらすなんて、絶対やっちゃダメなの! しかもトキに言うなんて……。もうっ、カーくんのバカ! 最低! 大っ嫌い!!」

「なな、そんなに責めるな。カラスもななが好きなんだ」

「好きだからって言って良いことと悪いことが、って、えぇっ!? そうだったの!?」

「ガァー!? テ、テメェ!? なにポロッと言ってんだよー!?」


 想いを明かしたトキに向かって、カーくんが顔を真っ赤にして飛びかかった。

 衝撃の告白に、わたしはトキから離れて後退あとずさる。わたしはカーくんを友だちのカラスだとずっと思っていたのに。カーくんはわたしのこと好きだったんだ。それなのにわたし、トキの相談なんてしちゃって……。


「ななー? ボクも忘れないでね?」


 と、足になにかが抱きついた。視線を落とすと、笑顔でこちらを見上げるカワセミくんが……。


「ボクが一番、ななのことが大好きなんだから」


 そういえば、カワセミくんもわたしが好きだって、ずっと言っていたよね。「ななはボクのものだ」って、怖いくらい真剣な顔で言っていたよね。

 ということは……。


うそっ!? みんなわたしを好きだってこと!?」


 トキだって、わたしが好きだって知ったうえであんなこと言ったんだから……。つ、つまり、そういうことだよね……。

 わたし、今まで人にモテた経験なんてないのに、なんでこんなに鳥にモテているの? 知らず知らずのうちに、なんでこんなハーレム状態になっているの!?


「ワ、ワシは違う! ワシはお嬢ちゃんが好きなわけやなくて、お嬢ちゃんのためを思うてやな……」


 わたしが「みんな」と言ったのを真に受けたのか、ミサゴさんが突然弁解を始める。

 さっきまで無表情だったのに、なんでそんなに慌てているんですか? なんでそんなに顔が赤くなっているんですか? ミサゴさんはわたしのなんなんですか?


「言わせてもらうが、ミサゴはいつも自分を棚に上げているから説得力がないんだ」

「そうだそうだ! だいたいてめぇ、ななのためだとか言って、ホントはオレたちがななとずっといるのに嫉妬しっとしてるだけだろ!」

「ししょー、ななのこと大好きだからね~?」


 トキとカーくんがいぶかしげに見やり、カワセミくんもカーくんの肩に飛び乗って口角をあげる。


「だから違う言うとるやろ! ワシは、お嬢ちゃんを思うてやな――!」


 またまた、鳥たちが口ゲンカを始めてしまう。

 いつもならすぐに止めるけど、今のわたしはそれどころじゃない。自分の顔を両手で覆い隠した。顔が熱い。耳まで熱い。身体も熱くて震えだす。恥ずかしくて恥ずかしくって、穴があったら入りたい!


「もう、やだっ! 助けて、オオタカーっ!」


 鳥たちをほっぽりだし、その場から逃げた。

 この状況で、唯一冷静な彼のもとへ行く。


「うるさい黙れ」


 オオタカが顔を上げ、走ってくるわたしに侮蔑ぶべつの眼差しを向ける。

 構わず駆け寄って、その腕にすがりついた。


「ねぇ、オオタカ! どうしよう!? どうすればいい!?」

「知らん」

「そんなこと言わないで! もうここにいたくないからどっか連れてってよー!」

「離れろ。ヒトの分際が」

「オオタカーっ!!」


 ひどい! さっきまで「おれが救う」とかなんとか言っていたくせに。ずっとわたしを放さなくて、抱いて飛び回っていたくせに!

 わたしは突き放そうとする腕にしがみつく。熱くなっている顔をあげ、涙の出てきそうな目で助けを訴える。


「…………」


 向こうでは、ギャーギャーと鳥たちが騒いでいる。

 オオタカはまゆをひそめながら面倒くさそうにわたしを見下みくだす。鼻から短く息を吐き、視線をそらした。片翼を前へもってきて、前縁ぜんえんをくわえて羽繕いを始める。

 こんな時に、はむはむしないで助けてよーっ!


「言っていただろ。どうしても想いを伝えたい相手がいると」


 オオタカが翼から口を離し、こちらを見ずに言った。

 そういえば、木の上にいた時に話していた。言うことは聞かないのに、言ったことはちゃんと覚えているんだ。


「ならば伝えればいいだけだ。相手を選ぶのはメスだ。お前が決めろ」

「で、でも、今言ったら……」


 わたしは騒がしく言い合っている鳥たちのほうを見た。これはまたケンカが始まってしまう予感。こんな殺気だった中で「わたしはトキが好き」って告白なんかしたら、トキがどんな目に遭うか……。


「ならば一番強い相手を選べ。だれも文句はないだろ」


 オオタカが醜い争いから目を閉じて、投げやりな口調で言葉を吐く。


「より広い縄張りを維持できる強いオスをメスは選ぶ。常識だ」

「えー……」


 鳥の常識を言われても、困るんだけど……。

 それに、トキはたぶん一番弱い気がする。この中で一番強い鳥といえば……。


「そしたら、オオタカになるよね……?」


 見つめながらつぶやいた。

 オオタカの目が開く。だいだい色のひとみが嫌悪感をあらわにしてわたしをにらみつけた。

 と、その時。


「ああー! オオタカがななをたぶらかしてるー!」


 カワセミくんがこちらを指さして、わざとらしく声をあげた。


「なんやて!? お前、なにまたお嬢ちゃんに手ぇ出しとるんや!」

猛禽もうきん二号! 抜け駆けしてんじゃねぇ!」


 ミサゴさんが鉤爪かぎづめを構えて、カーくんも握りこぶしを作る。

 気づけばわたし、オオタカのたくましい腕に自分の腕を絡めて、ぴったりと胸をくっつけていた。肩の上にあごを乗せて、吐息がかかるくらい顔も近づけている。


「なな……、気が変わったのか……」


 この光景を見て、トキまでショックを受けて固まってしまう。


 ピキィッ。


 すぐそばでなにかが割れる音がした。オオタカの手にしているスマホに、親指の爪が食い込んでヒビができていた。顔色をうかがうまもなく、壊れたスマホが投げ捨てられ、わたしは突き放される。


 ――これはヤバいっ!?


 どうしようもいかなくなったこの状況で、ヤケになって叫んだ。


「あーもうっ! わかった! わかったからみんな! そんなにケンカがしたいなら、だれが一番強いか勝負すればいいじゃないっ!!」


 右手を天に向かって高く挙げる。

 すると、どこからともなく、空に影が現れた。色とりどりの大きなボックスが五つ。それらが丘の上に並んでドンッと落ちてくる。


「ただし、わたしの好きな『鳥』で競ってもらうからね」


 雪が巻きあげられ、風に翼をあおられながら鳥たちが呆然ぼうぜんと立ち尽くす。

 伸ばしていた手のもとへ、どこからともなくなにかが降ってくる。白衣でも眼鏡でも指差し棒でもない。

 パシリッと手にしたマイクを握りしめ、宣言する。


「始めるよ! 田浜たはまななの、鳥レクチャー試験クイズ!!」

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