13-09 決戦!

 これまでにわたしのした『鳥レクチャー』は計十回。脳内を含めると全部で十四回にのぼる。

 そんなにケンカがしたいのなら、わたしが熱く語った鳥についてどれだけ知っているか、その実力でバトルをしてもらおうじゃないの!


「というわけで始まりました! 第一回、田浜たはまななの鳥レクチャー試験クイズ! 司会はわたし、田浜ななです!」


 司会席に立ち、マイクを片手に叫んだ。

 目の前には色とりどりのボックスが五つ。向かって一番左から順に、手のひらで指し示す。


「まずは、選手紹介! 赤コーナー、トキ!」

「い、いつのまに俺はここに!?」


 ボックスは真ん中にひとの立てるスペースがあり、手前にはボタンのついた台があって、背後には得点パネルのついた壁がたっている。クイズ番組でよくある回答席だ。

 席に立つトキが、きょろきょろと辺りを見回している。

 さっきまで雪景色だった周囲も、それっぽい舞台に見えてきたね!


「黒コーナー、カーくん!」

「前から思ってたけどさ、ななのどこからともなくなんでも出す能力はなんなんだ?」

「緑コーナー、カワセミくん!」

「えっ? そこってツッコんじゃダメじゃないの?」


 カーくんとカワセミくんがなにか言っているけど、細かいことは気にしない!


「白コーナー、ミサゴさん!」

「こうなったお嬢ちゃんは、だれにも止められんからな……」

「青コーナー、オオタカ!」

「……」


 困ったように頭をくミサゴさんの隣には、激しい剣幕でこちらをにらむオオタカがいた。

 無視して、次はルールの説明をするよ!


「クイズは早押し十番勝負! 今からわたしが十問の鳥クイズを出すから、わかったらボタンを押して答えてね。一問正解するごとに一点獲得! 最後に一番得点の高かった鳥が……」


 言葉を区切り、つばを飲み込んだ。

 トキへちらっと視線を送って、大きく息を吸う。


「わ、わたしへの告白アタックチャンスをあげますっ!」


 言った瞬間、場がしんと静まり返った。自分の胸の鼓動が、聞こえてしまうんじゃないかって思うくらい。

 最初に静寂を破ったのは、カーくん。


「よくわかんねぇけどわかったぜ! ようは、順位の高いやつが一番強くて、ななのつがいになれるってことだな!」

「えっ、待って!? 告白だけで、つがいになるわけじゃ……」

「勝ったら、ななをボクのものにできるんだね!」

「カワセミくんまで、だからそうじゃないってば!?」


 カーくんが燃えながら手のひらにこぶしを打ちつける。カワセミくんも、ボタンに手が届くように備えられた踏み台の上で跳びはねて、目をキラキラと輝かせる。話をちゃんと聞いてよ。


「鳥の中には、『レック』ちゅう集団求愛場をつくるしゅがおるのは確かや。エリマキシギのオスは、繁殖期に一か所に集まってディスプレイで順位を競い、より順位の高いオスがメスに受け入れやすくなる。ようは、この場所がレックで、クイズがレックディスプレイちゅうことやな」

「ミサゴさんまで!? 納得したようにうなずかないでください!」


 ていうか、みんな、つがいとか求愛とか言っているけど、絶対に告白とプロポーズを一緒くたにしているよね? 恋人イコール夫婦になっているよね? 彼氏もいない高校生のわたしが、け、結婚とか……!?


「なんだよ! 猛禽もうきん野郎も、結局ななとつがいになりてぇんじゃねぇか?」

「違う言うとるやろ! ワシはお嬢ちゃんとつがいになるつもりはない。お前らがお嬢ちゃんとつがいになるのが、認められんだけや!」


 いろいろツッコみたいところがあるのに、勝手に話が進んでいく。

 ミサゴさんが腰に手を当て、鋭く細めた双眼を鳥たちへ向けた。


「この勝負でワシが勝ったら、お前ら全員鳥に戻ってもらうからな。お嬢ちゃんにける想い、ワシに見せてみぃ!!」


 立ちはだかる強敵の雄叫び。

 その隣で、オオタカがさっときびすを返し、回答席から降りた。


「おれはやらん」


 不機嫌そうに言って、席から離れていく。

 あれ? 今更だけどわたし、なんでオオタカの分の席も出したんだろう? 巻き込んじゃってごめんね、オオタカ。

 と、謝ろうとしたら、ミサゴさんが後ろ姿を呼び止めた。


「待つんやオオタカ、始末つけろ言うたやろ! 散々好き勝手して、今ぐらいワシに協力しろや!」

「付き合いきれん」

「はぁっ!? だ、だれがお嬢ちゃんと付き合わせる言うた! お前、一夫一妻のくせになにあのヒトとお嬢ちゃんとで二股ふたまたかけて、」

「黙れ腰抜け!」


 かみ合っていない会話に、怒ったオオタカがミサゴさんを睨む。


「ししょー、残念だったね? こんな能なしタカを拾ったししょーがいけないんだよ?」

「まっ、ななとどっかのだれかを同じにするような頭のわりぃザコ猛禽二号なんか、いてもいなくても変わんねぇだろ!」


 いがみ合うそばで、カワセミくんが薄笑いを浮かべながらミサゴさんをたしなめ、カーくんが席から身を乗り出して言わなくてもいい野次を飛ばす。

 その瞬間。


 ピキッバキィッ!


 なにかが割れて砕ける音が響き、空気が一瞬にして冷たくなった。

 そういえばあそこ、ミサゴさんのスマホが投げ捨てられたところだよね……。

 足もとになにがあるかなんて見向きもせず、オオタカが踵を返して戻ってくる。


「借りを返す」


 だれに向かって言ったのか。つぶやききながら、回答席にスッと上がった。


「おれが勝ったら、貴様ら全員狩る」


 鉤爪かぎづめと同じくらい鋭利な眼光が、鳥たちを貫いた。不機嫌だった表情は怒り心頭に発していて、殺気に満ちている。

 なんでみんなしてオオタカ怒らせるの! デスマッチになっちゃったじゃない!


「じゃあ、ボクが勝ったら、み~んな、ボクの下僕になってもらうからね!」


 殺気を満面の笑みで跳ね返して、カワセミくんまでしれっと怖いことを言ってくるし……。


「アイツに本当のことを話した時、オレはほとんどあきらめてたんだ……。でも、オレは腹をくくった! ななのくれたチャンスを無駄にはしねぇ! 全員ボコボコにして、ゼッテェつがいになってやるぜ!」


 カーくんは一羽でよくわかんないことを熱く語っているし……。だからボコボコにしないで……。つがいにもならないってば……。


「なな」


 剣呑けんのんとした空気が立ち込める中、トキが声をかけてきた。

 胸に手をあてて、こちらをまっすぐに見つめながら告げる。


「俺はすべてを賭けてこの戦いに勝ってみせる。だからそこで、待っていてくれ」


 胸が、トクンッと跳ねた。

 あまりにも純粋な眼差し。

 あまりにも純粋な誓いの言葉。


「トキ……」


 お願いだから、今の状況を自覚して……。

 向かって右側から、敵意と悪意と嫉妬しっとと殺気に満ちた視線がトキに集中している……!


「もうっ! みんな、正々堂々真剣勝負だからね! 怪我けがさせたら即失格だよ!」


 クイズで怪我をさせるなんて、どう考えてもないと思うけど。念を押し、どこからともなく問題の書かれた用紙を取り出した。


 殺伐とした賭けが繰り広げられてしまったけど、そもそもこのクイズは、みんなが危険なケンカをしないために開いたんだからね。

 強いていえば、ケンカでは弱いトキだって勝てるように。勝って、他の鳥たちに強さを認めてもらえるように……。


 主催者が言うのもなんだけど、わたしはトキに勝ってほしい。


 も、もちろん、ズルはなし。わたしだって真剣に問題を考えた。

 出題範囲がレクチャー内だから、ちゃんと聞いていれば答えられるはずだ。オオタカは受けていないから心配しなくていいだろう。ミサゴさんが強敵だけど、ケンカよりは対等に戦えるはず。カーくんやカワセミくんにだって、負けないはず。


 大丈夫。わたしはトキを信じている!


「第一問!」


 祈るようにマイクを握りしめ、戦いの火ぶたが切って落とされる。


 みんなも一緒に考えてみてね!

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