12-11 返せ

 それはもう、いつものカワセミくんじゃなかった。


「ななを返せ」


 まばたきを忘れてしまったかのようにオオタカをにらみつけ、曲がった口から威圧的な声が吐き出される。

 わたしは思わず震え、すがりついていた服をさらに強く握りしめた。

 オオタカは動じない。わたしを両腕に抱えながら、カワセミくんを睨み返す。


「ななはボクのものだ! 返せ!」


 なにも言わない相手にしびれをきらしたように、カワセミくんが叫んだ。


「しずくはおれのものだ」


 冷淡に、威圧を込めて、オオタカが答えになっていない言葉を吐いた。


「ま、待ってよ……」


 張り詰めた空気の中、わたしは声を絞り出した。このままじゃいけない。ケンカする直前みたいになっている。なんとか二羽を止めないと。


「みんな、落ち着いて? カワセミくん、わたしは大丈夫だから怖い顔しないで? オオタカも、カワセミくんは悪い鳥じゃないから、」

「貴様はしずくを傷つけた」


 こっちが話しているのに、オオタカが話の腰を折る。


「今もしずくは震えている。貴様らはいずれこいつを悲しませるとあいつは言っていた」


 確かに今、わたしは怖くて手が震えているけど、半分はオオタカのせいだからね。誘拐して悲しませようとしているのも、オオタカだからね。ていうか、あいつって?


「ならばおれが、しずくを救う」


 オオタカが決意のこもった目で、カワセミくんを見据える。


「だから、わたしはしずくさんじゃ、」

「邪魔しないでよ!」


 言いたいことがたくさんあるのに、今度は横から声が飛んできた。


「あいつらを利用して、ハメて、切り捨てて、やっとなながボクだけのものになったのに……なんでお前みたいなヤツが来るんだよ! なんでボクからななを奪うんだよ!」


 カワセミくんが吠えるようにオオタカに言葉を浴びせる。

 あいつらって? 利用したって?

 ひまを与えず、カワセミくんは怒りをたかぶらせるようにグッと全身に力を込めた。


「ボクにはもうななしかいないんだ! もう後には引けないんだ!」


 覚悟を決めたような目で、オオタカを見据える。

 カワセミくんはオオタカの話を聞いていないし、オオタカもカワセミくんの話を聞いていない。どちらの目にも、わたしの姿はまったく映っていない。


「やめて……」

「ななを返せ!」

「やめてよ……」

「しずくは渡さない」

「お願いだからやめて……!」

「だったら奪い返す!!」

「やめてって!! あっ!?」


 カワセミくんが手を伸ばし迫ってきた瞬間、身体が急上昇する。オオタカが枝から離れ、別の木の枝に飛び移った。

 カワセミくんの声が追いかけてくる。そっちを見る暇もなく、オオタカはまた飛び立つ。木や枝を避けながら逃げているんだろうけど、上下左右、縦横無尽に身体が浮いたり沈んだり回されたりする。


「ちょっと!? 止まって! オオタカ!!」


 カワセミくんとケンカしないでほしい。そしてお願いだから止まってほしい! この予測不能な動きは酔うから! 気を失うから!


「うるさい。黙れ」


 オオタカが後ろを気にしながら、わたしの言葉を一刀両断。

 くるりと身体を回転し、迫ってくる雄叫びをかわすように真上へ飛んだ。空気の重みを全身に受けたかと思えば、フワッと身体が上へ持っていかれそうになる。飛行機で離陸する感覚。気を失いかけた時、トンッとオオタカが枝の上に軽く足をつけた。


「ここにいろ」


 あろうことか片腕を下げ、わたしの足を枝の上に置く。ここはさっきまでいたマツの木の枝。太くてゴツゴツしているけど、それでもわたしの足くらいの幅しかない。


「えぇっ!? いやっ無理っ! 放さないで!?」


 肩まで放そうとするオオタカに抵抗して、服にすがりつく。オオタカは無慈悲にわたしの手首をつかんで引きがした。押されて背中に木の幹が当たり、そこにへばりつく。下は学校三階分。


「はあぁぁぁああああああああっ!!」


 その時、斜め下からカワセミくんが突進してきた。枝の真ん中に立つオオタカは自身の左肩を掴んだかと思うと、着ていたコートをカワセミくんに向かって脱ぎ捨てる。


「うっ!?」


 灰色のコートはカワセミくんにかぶさって、その姿を隠す。不意に視界を遮られて体勢を崩し、カワセミくんはそのまま下へと落ちていく。


「カワセミくん!? オオタカ、やめて! ケンカしないでっ!」


 幹に掴まりながら、わたしは言った。

 オオタカはカワセミくんの落ちていった先を見つめている。中に着ていた白のタートルネックはノースリーブで、筋肉の浮き上がった腕の先に、鋭利な爪が黒く光っている。

 わたしに一目もせず、獲物に狙いを定めたタカが、枝から飛び立った。


「ダメっ!!」


 止めたいのに。蹴られた反動で揺れる枝の上でしがみつくことしかできない。


『狩りでは待ち伏せをしたり、後ろから追いかけたり、上から急降下したりして、鳥や小動物を捕らえるんだよ』


 さっきやった鳥レクチャーどおり、オオタカは翼をすぼめて真っ逆さまに、まるでハヤブサのごとく急降下していく。

 このままだと地面にぶつかるんじゃないかと思った矢先、翼を広げて身体を起こす。身体にブレーキがかかる一方、片腕が後ろへ引かれて勢いをつけ、投げ捨てたコートごと掴みかかった。

 直前、カワセミくんがコートから抜け出し、オオタカの足もとを飛んでいく。掴んだコートは、クシャリと雪の中にめり込んだ。


「どうしよう……」


 わたしは一人木の上で、二羽を見るしかできないの?

 オオタカが地に足もつけず翼を羽ばたかせ身をひねり、わたしの下を通り過ぎて、池のほうへ逃げるカワセミくんを追いかける。

 その光景は、もはやケンカじゃなくて、狩りの攻防。


「お願いだから、もうやめて!!」


 こんな場所に取り残されるのも怖いけど、それ以上に、なにもできないのが辛い。

 止めたいのに止められない。なにを言っても聞いてくれない。鳥だから、当たり前なんだけど。でも、今までのみんなは、ちゃんと聞こうとしてくれたから。優しかったから……。


「お願いっ!! やめてっ!!」


 無力な言葉を叫び続ける。

 カワセミくんとオオタカは、雪の丘を滑るように飛んでいく。その距離が、どんどん縮まっていく。飛んでいく先に、木が一本。ギリギリまで近づいて、カワセミくんはほぼ直角に右へ曲がった。

 でもその頭上には、すでにオオタカが。先読みをして、上空に舞い上がり回り込んでいた。カワセミくんは頭上に気づいていないのか、後ろにいたはずの追っ手が見えなくてわずかにスピードを緩める。そのすきを突き、オオタカが鉤爪かぎづめを突き出し急降下する。


 わたしは思わず、目を閉じた。


「だれか……助けて……っ」


 ぽたりと、涙がほおを流れ落ちる。

 わたしを助けてほしいんじゃない。オオタカを止めてほしい。怖いカワセミくんも止めてほしい。オオタカがカワセミくんを傷つける前に、だれも傷つけずに、お願いだから二羽を助けて……。


 叫んでも届かなかった願いは、木の上でつぶやいて、だれかに届くのかな――?

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