12-12 本音はどこ

 ―― 数十分前。


 風と一緒に吹き荒れる雪の中、オレは何度も足を取られつまずきながら、雪道を走っていた。


「なな! なな!」


 近所の田んぼは全部回った。神社も行った。駅も行った。海沿いも探した。

 けれども、ななは見つからねぇ。手掛かりさえないまま、家まで戻ってくる。


「なな! いるか!?」


 もしかして、帰ってきてねぇか? 淡い期待を抱いて裏口を開けたが、返事はこない。家の中は薄暗く、シンとしていて、だれの気配もない。

 ドアを閉め、足を引きずりながら、裏庭へと引き返した。


「ガァーッ!」


 頭上から声が聞こえた。一羽のハシボソガラスが飛んできて、肩にとまる。


「見つかったか?」

「ガァー」

「だったらもっと探せ! 群れ総出で探しやがれ!」

「ガ、ガァーッ!」


 カラスは慌てて肩を離れ、風にあおられながら飛んでいく。

 こんな天気じゃ飛ぶのも危険だ。視界も悪くて、探すどころじゃねぇのはわかってる。


「くそっ!」


 近くの壁にこぶしたたきつけた。

 腰を曲げ、ひざに手を置く。肩が上下するくらいに息が切れている。やみくもに動かしていた翼も足も、痛いくらいにしびれている。


「なな、どこ行っちまったんだよ……」


 自分の口から、頼りない声が漏れた。

 カラスたちの話によると、ななはカワセミと一緒に田んぼ道を歩いて、「トキトキ」言っていたらしい。雪が降り始め、小さな林に入っていったそうだ。しばらくして突然、ヒトの姿をした鳥がななを抱えて飛んでいったという。


「カワセミも、見つからねぇし……」


 カワセミはななを追うように飛んでいったらしい。けど相手は速くて、すぐ見えなくなった。カワセミも、カラスたちが気づくといなくなっていたそうだ。


「アイツも、なんでいねぇんだ……」


 ついでに探してたが、近くにいるかもしれねぇのに見つからねぇ。こんな時にどこでなにしてんだ。


「くそっ……」


 悪態を吐き、もう一度探しに行くためきびすを返そうとした。

 ……足に力が入らねぇ。膝が折れ、その場に座り込んじまう。

 そのまま立ち上がることもできず、うなだれた。


「なんなんだよ……。どいつも、こいつも……」


 つぶやいた声が震える。

 なんでななは、オレになにも言わないでトキを探してたんだよ。なんでカワセミは、オレに黙ってななと一緒にいたんだよ。なんでトキは、出てこねぇんだよ。しまいにわけのわかんねぇ新手まで出てきやがって。

 オレはただ、いつも通り、飯食って洗濯して掃除してただけだってのに。

 なんで……。


「もう……嫌だ……」


 むなしさが胸をえぐる。オレだけ取り残された気分だ。置き去りにされた気分だ。

 両手で冷たい雪を握った。ほとんど真っ白な視界がぼやけた。


「鳥に……戻りてぇ……」


 鳥に戻れば、こんな思いをしなくて済むのか。

 鳥に戻れば、こんな場所から飛んで逃げていけるのか。

 鳥に戻れば、こんな面倒事に巻き込まれなくなるのか。


 ――鳥に戻れば、ななと、カワセミと、……アイツとも、もう関わらなくていいのか……?


 視界の隅に、一つだけ、白とは違う黒い塊があった。

 首を曲げて、両目でそれを見る。四つんいになってそっちへ行き、かぶさっている雪をどかす。

 あったのは、ただの石。

 その石の隣には、同じような形の石がある。その隣にも石がある。ぐるりと、ちょっとゆがんだ四角い形で土を囲んでいる。ただの石が並べられた中には、雪が降る前まで、色とりどりの花が咲いていた。

 いつだったか。ななのために、トキとカワセミと、一緒に作った花壇だ。


「…………」


 オレは顔を上げて、辺りを見回した。

 家の軒下には水槽が置かれている。ななとカワセミと作った生けだ。

 この裏庭で、拾ったカワセミをななに見せて怒鳴られた。その後いろいろあって、カワセミと一緒に住むって決まったのもここだった。

 そばには柿の木がある。ななとオレが再会した場所。なながオレに「約束」をお願いした場所。トキとオレが出会った場所。オレがヒトの姿になるって決めた、忘れられない場所。


「オレは……」


 思い出が頭を巡り、胸がうずき出した。

 唇を噛み締める。何度も首を横に振る。胸の痛みをこらえるように、こぼれそうな涙を払うように、弱音を否定するように。何度も首を振る。


「オレは……っ」


 左手で、ポケットの上から固いリングを握った。

 なにも言えなかった昨日を思い出す。なにもできなかった一昨日を思い出す。

 オレはまた首を二、三度と大きく振って、ポケットから離した手を花壇の真ん中へ突っ込んだ。


「そうじゃねぇんだ……。そうじゃねぇだろ! カーくん!!」


 雪の下にある、輝くリングとはほど遠い、茶色の土を握りしめる。

 このままでいいのか? バラバラになったまま、オレまでいなくなっていいのか? ななは今、苦しんでるかもしれねぇんだぞ? 泣いてるかもしれねぇんだぞ? そんなななをオレは見捨てて、いいわけねぇだろ!!

 ななだけじゃねぇ! カワセミだってこのままにしておけねぇ!

 それに、アイツだって……。


「オレが、やんなきゃいけねぇんだ……!」


 土から手を離し、立ち上がった。足の痛みは感じねぇ。感じる暇もねぇ。

 今が正念場だ。踏ん張りどころだ。オレが頑張らねぇで、だれが頑張、


「グワァァアアアアアーーーッ!!」

「がぁあぁー!?」


 なんの前触れもなく、背後から恐竜みてぇな叫び声が聞こえた。

 なんだ、なんだ!? 心臓が飛び出そうになって、跳ね上がっちまったじゃねぇか。こっちが真剣になってる時に、邪魔すんじゃねぇ!


「だれだ!?」


 声のしたほうへ振り返った。

 屋根の上に一羽の鳥がいる。カラスじゃねぇ。長い首に、肩が黒くて、薄い灰色の翼。黄色いくちばしをこっちに向け、頭の後ろには黒い冠羽かんうが揺れている。


「アオサギ?」


 トキといつもつるんでいるサギの一羽が、なんでこんなところに?

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