12-09 タカいところ
――やはり似ているな、あいつに。
真っ暗な世界で、ささやくような声がした。
どこだろう、ここ? なんだか温かい。お布団の中で寝ているのかな?
――あいつはおれのすべてを狂わせた。おれは、あいつを許さない。
耳もとで聞こえる声は、淡々としている。
でも冷たさはすぐなくなり、柔らかいなにかがそっと肌を
――しずく。――しずく。
繰り返される声が、しだいに小さくなっていく。
わたしの身体はいつまでも、温かいものに包まれていた。
* * *
「うぅ~……ん?」
夢を見ていた気がする。いつのまに寝ていたんだろう。
なんだか変な姿勢のまま、うっすらと目を開けた。そばに白っぽい羽があって、奥には風と一緒に吹き荒れる雪が見えた。
首をずらすと、人の顔が……?
「起きたか」
不機嫌そうな切れ目がさらに鋭くなって、わたしを見下ろす彼は言った。
って……!?
「きゃぁぁぁあああああああーーーーー!?」
そうだ、思い出した。わたし、カワセミくんと一緒にトキを探していたら、いきなり彼にさらわれたんだ。それで気を失ったんだ。
あの時の体勢のまま、肩と
「いやぁっ! 放してください! 離れてください!」
足をバタバタさせ、手で彼の服をベシベシ
下へ向けた目が、飛び出そうになってしまう。
「きゃぁぁぁあああああああーーーーー!?」
視線の先にあると思っていた地面は、はるか遠く。わたしは高い木の枝にいた。辺りは森で、地面を覆う雪までの高さは、学校の三階から見下ろしたくらい。こんなところから落ちたら……。
「いやぁっ! 放さないで! 離れないで!」
また反対側に身を捻って、彼のほうへ向いた。とにかくこの命綱を離してはいけない。足をピタリと止め、手で彼の服にギュッとすがりつく。
目線を上げると、
「黙れ」
こっちは必死なのに……。ひどい……!
「な、なんでこんなところにいるんですか? 降ろしてくださいっ……」
怒らせないように努めて小声で訴えた。
彼はなにも言わずに顔を上げ、降りしきる雪を見つめだす。
風上に背を向けて、バランスを崩さずに真っ直ぐ枝の上に立っている。腕の上からは、まるでわたしを雪や風から守るように、広げた翼を覆い被せている。
今さらだけど、このひと、鳥だったんだ。
「あなた、だれなんですか?」
恐怖を紛らわすためにも
手の先にはミサゴさんのような
ポイントは、横じまの入った白い翼。そして、白い眉。
「オオタカ……?」
鳥の名前を口にすると、彼は目だけをこっちへ向けた。
「そう呼ばれているな」
興味なさげに言って、視線を戻す。ハイタカと迷ったけど、どうやら当たりみたい。
それじゃあここで恒例、
「…………」
と、始めようとしたら、きつく睨まれた。まだなにも言っていないのに。ていうか、こんな場所だから、いつもどこからともなく現れる白衣と黒板と指差し棒が出てこない。
鳥レクを止められるなんて初めてでショック……。でも脳内でやる!
――日本では、山奥に棲んでいる希少なイヌワシやクマタカから、街中にもいるお馴染みのトビまで、いろんな種類のタカが見られるの。イヌワシのように翼を広げれば二メートルにもなる大型のものもいれば、ツミというハトより小さい小型のものもいる。北のほうではオオワシやオジロワシが見られて、南西諸島では特別天然記念物のカンムリワシが生息している。たくさんいるけど今回は、わたしの独断と偏見で三種を紹介するね!
ちなみに、大きいのをワシ、中くらいのをタカとよく呼ばれているけど、ワシとタカは同じタカ目タカ科の仲間。ここではワシもまとめてタカと言っておくね。
タカっぽいハヤブサは実はタカと遠縁らしいとか、ミサゴはタカ目だけどタカ科じゃなくて仲間外れなんだよねとか、ややこしい分類は置いておこう。
――まず一種目はサシバ! たかさんの家で見た写真のタカだよ。サシバは渡りをするタカで、本州では夏に南からやってくる夏鳥なの。ハシボソガラスくらいの大きさで、「ピックイー」という独特の鳴き声が、「
たかさんが写真を撮っていたけど、サシバは秋に南へ向かう途中、群れになって飛んでいく姿を見ることができて、各地にタカの渡りで有名なスポットがある。たくさんのタカが上昇気流に乗って空を舞う姿は「
んんんーっ、わたしも生で見てみたいっ!
――続いて、サシバと一緒に紹介したいのが、ハチクマ! ハチでもクマでもなくてタカだよ! ハチクマも渡りをする夏鳥のタカで、秋になるとサシバに混じって飛んでいるところを見られるの。その名の通り、ハチの巣を襲って幼虫やさなぎを食べているんだよ。
ハチクマの頭の羽は、うろこのように密に生えていて、ハチの攻撃から身を守るのに役立っているといわれている。
巣を襲われたハチは反撃するんだけど、しばらくするとなぜかおとなしくなってしまうらしい。ハチクマがどうやってハチの動きを沈めているのかは、まだ謎に包まれていてミステリアスなタカなんだよね!
――そして最後にオオタカ! 日本では一年中見られる
タカの仲間は、ぱっと見似たような姿が多かったり、速くて飛んでいる姿しか観察できなかったり、そのうえ巣立って間もない
――それでも! 魅力はなんといってもカッコいい姿と巧みな狩り! オオタカは短めの翼と長めの尾を使って、小回りを利かせて林の中でも自在に飛ぶことができるんだって! 狩りでは待ち伏せをしたり、後ろから追いかけたり、上から急降下したりして、鳥や小動物を捕らえるんだよ!
棲んでいるのはおもに森や林だけど、最近では街中に現れる個体も出てきたらしい。ムクドリやハトなどの獲物を狙い、時にカラスを捕らえることもあるんだとか。
もしかしたら、あなたの身近にもいるかもしれないオオタカ! バードウォッチングの際はぜひぃっ、
「興奮するな。目障りだ」
脳内で熱い鳥レクチャーを繰り広げていたら、また睨まれた。いいところだったのに……。このオオタカ、ちょっと声を出したり動いたりしたら、すぐ眉をひそめてくるんだけど。神経質なのかな。そして冷たい。怖い……。
「きゃっ!?」
不満を目で訴えていると、不意に身体がくるりと水平に回った。風向きが変わったからか、オオタカがわたしを抱えたまま身体の向きを反対にした。
さっきまでは森しか見えなかったけど、こっちは木があまりなくて開けている。おっかなびっくり首を傾けると、視線の先に大きな池が見えた。真下には雪の積もった丘が広がっている。わたしたちがいるのはマツの木だった。
ここって、見覚えがある。あの池でオシドリを観察した。たかさんとミサゴさんと一緒にバードウォッチングをした山だ。
「あの、なんでこんなところに連れてきたんですか?」
わたしは鳥レクチャーから現実に戻って、首も戻し、訊いてみた。
オオタカから返事はこない。吹きつける雪を背中に受け、前を見つめている。
「なにか答えてくださいっ。わたしをどうするつもりなんですか?」
じれったくなって、ちょっと声を強めて訊いた。
オオタカはやっぱり答えない。けれども視線を、わたしへと向ける。
「た、食べるつもりですか?」
「ヒトなど喰わん。バカか」
勇気を振り絞って訊いたのに、バカにされた。やっぱりひどい……!
「しずく――」
と、オオタカの口から、今までと違う、ささやくような声が落ちた。
わたしの肩を
「貴様は、しずくになれ」
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