12-08 それより掃除?

 ななが学校に行った後、バイトへ行くまでに居間の掃除をしておくのがオレの日課だ。

 掃除機は壊れちまったから、ほうきを使ってカーペットの上を掃いていく。ザッザッと、静かな部屋に空しい音が鳴っては消える。


「なな、まだあのテンションで学校行ってんのかな……?」


 昨日、神社でちょっと笑ってくれたけど、帰ったら夕飯もろくに食わずに部屋に閉じこもっちまった。朝はオレが起きる前に出掛けたらしく、台所に「いってきます」の書き置きだけが残っていた。

 いつもみたいに相談してくれねぇし、愚痴さえ言ってくれねぇ。完全にオレは眼中に入っていない。


「カワセミもどっか行っちまったしな……」


 二日前の一件以来、カワセミとはほとんど話していない。たまに家の中や裏庭で見かけるが、なにをしてんのか、すぐいなくなる。夜は挨拶あいさつもせずに押し入れにこもっちまう。

 今朝だって台所に行ったら、ななの書き置きを見ているカワセミがいて、オレに一目もくれずに外へ出ていった。


「アイツも帰ってこねぇし……」


 トキは家を出たっきり、まったく姿を見せない。カラスたちの見たっていう噂も聞かない。本当の行方不明になっちまった。


「はぁ……」


 ため息を吐いて、着けているネックウォーマーに口もとを埋めた。

 いつもだったら、トキがこたつの上に手芸道具広げてて、うるさいだの糸を捨てるなだの言ってくるのにな。こたつをめくるとカワセミが丸くなってて、どかすのに一苦労するのにな。

 だれもいなくて、はかどるどころか、同じところばっかり掃いて全然進んでいない。


「これからどうなっちまうんだ……?」


 言ってもしょうがねぇのに、口から言葉がこぼれる。

 今日辺り、カワセミがななになにか仕掛けるはずだ。そしたらなな、カワセミとつがいになっちまうのか? オレはあいつらの召使いになっちまうのか?

 でも、ななはずっと「トキトキ」ってうわごとみたいにつぶやいてる。まだトキを忘れないでいる。つーか、頭ん中はトキしかない。

 カワセミの想いはたぶん届かない。ななはトキばかり想ってる。けど、トキはもういない。どこにも交わらない想いは、どこに行っちまうのか。


「オレ……なにしてんだろ……」


 自分を棚に上げて、他のやつらのことばっか考えて。

 なんにもできず、なんにもしないで、ただ、朝起きて、飯食って、皿洗って、洗濯して、掃除して。

 ポケットには、リングが今も入ったまま……。


「って、急がねぇと、バイトだったぜ……」


 こんな日でも、何事もないみてぇに時間が過ぎていくんだな。

 今日店長に会ったら、なんて言われるか。気が重くなってため息を吐きながら、トキの座っていた場所を掃いていく。いつもなら糸くずくらい落ちてるが、昨日も掃除したからまったく汚れてない。

 もうなにをしたって無駄な気がした。トキだって、二日も姿が見えないんだ。今頃鳥の姿に戻って、どっかに飛んでいっちまったんだろう。


「ったく、アイツ、自分の物くらい片付けてからいけよな……」


 洗濯物はカゴに入れっぱなし。自分の部屋もほったらかし。この部屋にだって、手芸道具置きっぱなしになってたじゃねぇ……か……?


「あれ?」


 オレはようやく、違和感に気づいた。

 こたつの上を見る。部屋の中を見回す。ほうきを投げ捨て、いつくばってカーペットの上を見回す。こたつをめくって中も見る。

 ない。あったはずの物が、ない。


「アイツの手芸道具、どこいったんだ……?」


 針や糸や編み棒なんかが入っている四角い菓子箱。なにか縫うつもりだったのか、二日前にはこたつの上に置かれていた。けれどもアイツは出ていって、箱は放置された。だれも手を付けず、昨日まで確かにここにあった。

 それが今、なくなっている。

 ななかカワセミが持っていったのか? でも、ななはボタン付けもできない。カワセミだって針も糸も扱えねぇし、今朝はなにも持っていなかった。


「まさか……」


 オレは部屋を出て、階段を駆け上った。二階に行って、アイツの部屋の戸を開ける。


「やっぱり、ない……」


 ガチャガチャした部屋の隅に、小さなちゃぶ台が置かれている。その上にあったはずの、作りかけの薄紅色のマフラーがない。寝間着代わりに着ていた白装束もなくなっている。

 昨日の夜まであったのは間違いない。洗濯して乾いた白装束を、オレはこの部屋に持ってきて投げ捨てたんだ。その時確かに、きちんと畳まれたマフラーがあったのをこの目で見た。

 ってことは、もしかして……。


「アイツ、昨日ここに来たんじゃねぇか……?」


 アイツの性格だ。なんとなく想像できる。ななにプレゼントするつもりだったマフラーを作りかけで置いてきて、気になってしょうがなかったんだろう。のこのこ帰ってきたのも見られたくなくて、夜中にこっそり持ち出したんだ。

 家に忍び込んで箱とマフラーと服を持っていったなら、まだ鳥には戻ってねぇはずだ。それに、道具を持っていったなら、マフラーを完成させるかほどくかするつもりだ。だったらまだ、この近くにいる。


「ガァ! ガァーッ!」


 家の外から、カラスたちの騒ぐ声が聞こえだした。

 様子がおかしい。オレは階段を降り、走って裏庭へ出た。


「お前ら、どうした?」


 いつもつるんでいる四羽のハシボソガラスが、屋根の上で飛んだり跳ねたりしていた。全員がガァガァわめいてて、なんて言ってんのか聞き取れねぇ。一羽がオレのもとへやってきて、足につかんでいた物を渡してくる。


「これ、ななのスマホじゃねぇか!?」


 見覚えのあるスマホは、画面が派手に割れていて、どこを押しても反応しなくなっていた。

 この時間だったら、ななはもう電車に乗って学校へ向かっているはずだが……。

 一羽がオレの肩に飛びのり、慌てた様子で頭を振る。


「ガァー! ガァーガァーガァー!」


 こんな日でも、何事もないみてぇに時間が過ぎていくんだな、……んなこと呑気のんきに言ってたのは、どこのどいつだよ!


「ななが、鳥にさらわれた!?」


 わりぃ店長、今日のバイトさぼるぜ。

 オレは翼を広げて、裏庭から飛び立った。

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