12-03 おじゃまします

 たかさんの家は、海のすぐ目の前にあった。

 木もさくもない空き地のような広い庭に、車が雪を踏みしめながら入って止まる。木造二階建ての家は、周りに足場が組まれていた。

 脇にある細い坂道の先には、ミサゴさんの家も見える。


田浜たはまさん? ……あっ、困るよね? 無理やりこんなとこへ連れてきてしまって……。やっぱり帰るかい? それとも、美砂みさ君を呼んでこようか?」


 車から降りて突っ立っていたわたしを見て、たかさんはなにを思ったのか、慌てた様子でいてきた。


「いえ。大丈夫ですよ……?」


 首を振り、たかさんのもとまで歩いていく。

 家の横に軽トラが見えるから、ミサゴさんはいるかもしれない。けど、こんな朝早くに呼んでくるのは気が引けた。

 たかさんがわたしを見ながら、少しまゆゆがめて微笑む。差している傘を半分こっちへ傾けて、玄関へ向かった。


「リフォーム中だから散らかっているけど」


 そう前置きしてドアを開け、わたしを家に招いてくれた。


「おじゃまします……」


 玄関に入ると、横に長い土間があった。目の前の廊下は床が抜けて、土台がき出しになっている。左手側の客間らしい部屋も、戸や床がなくてスカスカ。散らかっているというより、なにもない。


「こっちからあがればいいよ? カッパはそこに掛ければいいから」


 右手側にはりガラスの入った戸があって、たかさんはその前で靴を脱いで、部屋へ入っていく。わたしも言われるままにあがる。借りたタオルで濡れたところをいて、ガラス戸の部屋へ入った。


「わぁ……っ」


 中から、新しい木の香りがした。床も天井も壁もテーブルも、全部木でできている。外観は普通の田舎の家みたいだったけど、ここはまるでログハウスの別荘にいるみたい。


「適当に座って? 変な部屋でごめんね。思ったようには上手くできなくて」


 たかさんは、部屋の隅にあるまきストーブに火をつけながら言った。

 なんでも、土台や外装は大工さんに任せて、内装は全部自分で建てる計画らしい。すごい。たかさんってDIYもできるんだ。


「どうぞ。好きなだけ食べて良いからね?」


 と、木目の見える一枚板のテーブルに、小さな風呂敷包みが置かれた。たかさんが結び目をほどくとアルミはくが出てきて、さらに開けるとおにぎりが三つ出てくる。それを、向かいに座ったわたしに差し出してくれた。


「あの、いいんですか……?」

「気にしなくていいよ? そっちはお昼用だったんだ。あとで向こうの家に戻って、また作れば良いだけだから」


 たかさんのかばんから、風呂敷がもう二つ出てきた。一つは、たぶん朝食用のおにぎり。もう一つは、おかずの入ったタッパー。


「そういえば、たかさんはどうしてこんな時間にここに……?」

「一昨日ここに来て、大事な書類を忘れてしまったんだよ。今日の仕事で必要だったから取りに来たんだ。向こうのほうは風がひどくなかったんだけど、ここに来たら急に荒れ始めてね。速度を落として走っていたら、田浜さんの姿が見えたんだ」

「そうだったんですね……」


 あんな場所でうずくまっているのを見られて、また恥ずかしさが込み上がる。


「あっ、そうだ、はしがなかったね。ちょっと待ってて」


 わたしが目を伏せると、たかさんは思い出したように言って、席を立った。隣の台所から赤い箸を持ってきて、わたしに貸してくれる。


「ひとまず食べようか? 僕もまだ時間に余裕があるから、ゆっくり食べなさい?」

「ありがとうございます……。それじゃあ、お言葉に甘えて……」


 わたしは箸を受け取り、たかさんと一緒にいただきますをした。

 海苔のりの巻かれたまん丸なおにぎりを一口いただく。握ったばかりだからか、まだ温かい。具材はなにも入っていなくて、ほんのり塩味が利いていた。


「美味しいです、とっても」

「それは良かった。おかずのほうも食べて良いからね?」


 たかさんは自分の分のおにぎりを頬張ほおばりながら、そっとタッパーをわたしのほうへ寄せた。わたしは箸を持って、手を伸ばす。中には玉子焼きやきんぴらごぼうや金時豆が入っている。


「金時豆……」


 一粒つまんで、口に含む。甘くて美味しい。けど、寂しくなる……。


「田浜さん、この前鳥見とりみから帰った時、元気がないようだったけど、どうかしたのかい?」


 たかさんがおにぎりをアルミ箔に置き、改まったように口を開いた。まるで自分の娘を見るような優しい眼差し。けれども言いづらそうに、目を泳がせた。


「車に酔っているようには見えなくて、もしかして僕が、なにか失礼なことを言ってしまったかなと、思ってね……」

「い、いえ、そんなことないです。あの時はとっても楽しかったです」


 わたしは慌てて首を振った。

 トキが行方不明だと聞かされて、確かにわたしはショックを受けていた。たかさんが帰るまでは明るく振る舞っていたつもりだったけど、気づかれていたんだ。


「ごめんなさい……」


 たかさんはなにも悪くないのに、余計な心配をさせてしまった。楽しいバードウォッチングだったのに、水をさしてしまったかな。


「こっちこそ、ごめんね。無理に言う必要はないから。……あぁっ、お茶をれてくるよ?」


 場の空気を取り繕うように、たかさんは立ち上がって台所へと向かった。

 誤解がちゃんと解けるよう、正直に話したい。けれども、トキの事情を言うわけにもいかない。

 わたしは気づかれないように小さなため息をこぼして、おにぎりを口に運んだ。


「あっ」


 ふと前を見ると、たかさんの座っていた背中側の壁に、写真が飾られているのが目に入った。おにぎりを置いて、そっちへ行ってみる。壁にコルクボードが掛けられていて、たくさんの写真がピンでとめられていた。


「それは僕の撮った写真だよ」


 きれいな鳥たちの写真を見ていると、戻ってきたたかさんが言った。

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