11-08 465の行方

うそだろ……」


 家の裏手にある林。適当な木の枝にオレとカワセミは座って、ななのスマホを見ていた。

 映し出されているのは、トキの情報が書かれたサイトのページ。んでいる地域と、それぞれの番号と、どんな足環あしわがつけられているかが記されている。

 そんなページの一番下。灰色に塗りつぶされた枠内に、その番号はあった。


『――行方不明――№465』


「アイツ、行方不明になってんのか……?」


 味のない三桁の数字がアイツを言っているのだとは信じたくねぇが、これがヒトから呼ばれているトキの名前らしい。首に掛けられた足環に記されていたって、カワセミから教えられた。どおりで、やたらとアイツの首もとをいじっていると思ったぜ。


「トキはね、六ヶ月以上姿が確認されないと、行方不明扱いになっちゃうんだって」


 カワセミがオレの腕にもたれかかり、スマホをのぞき込みながら言った。

 アイツがななの家にやってきたのは、春の四月だった。もう九ヶ月になる。六ヶ月は、とっくに過ぎている。


「なんだよそれ……。トキはいるぜ? 生きて、ここにいるじゃねぇか!?」


 わだかまりが膨らむ。どこにぶつけていいかわからず、スマホに向かって叫んだ。

 カワセミがピクリとまゆを動かして、オレを見る。


「そんなこと言っても。鳥の姿が見られてない以上、トキの存在は知りようがないんじゃない? ヒトの姿のまま『自分がトキです』なんて言っても、信じてもらえないだろうし、もし正直に話しても、大騒ぎになっちゃうよ?」

「そりゃ、そうだけど……」


 別にオレたち鳥は、正体をばらすなって決まりなんかない。現にななはオレたちを鳥だと知っている。でも、もしも他人に知られたら、うわさが広まって、面倒くさくなるのはなんとなくわかっている。だからオレは、なな以外には自分が鳥だって隠している。

 トキだってそうだろう。ヒトの姿でいる以上、他人に自分がトキだとは言えない。もしおおっぴらで翼なんか見せたら、拡散されてテレビに出ちまうぞ。


「つーか……、アイツって、こんなにずっと見られてたのか?」


 オレは画面に戻ってスクロールして、過去のページを見ていった。たまにななから借りてゲームしたりレシピ動画見たりしてるから、使い方には慣れている。昨年四月のページで、ようやくアイツの番号を見つけた。しかも、小さな記事が載っている。

 カワセミが目をすがめ、前のめりになってオレの手もとを見つめた。


「ずっと見られてるってわけじゃないだろうけど。でも、どこにいるのかはちゃんと把握されていたみたいだね」


 記事は、№465が佐渡から本州に渡って、各地を転々としているという内容だった。今日あの町にいても明日には別の県で見つかったりして、神出鬼没な個体だと書かれている。隣には写真もあって、翼を広げ、田んぼに降り立つ直前のアイツが、鳥の姿で映っていた。


「トキはそれだけ、ヒトにとって大切な鳥なんだよ」


 カワセミが、独り言のようにささやいた。

 珍しい鳥だとは知っていたけど、こんなにヒトの手が掛かっているってのは知らなかった。足環を見て、だれがどこにいるか、逐一まとめられている。アイツだけじゃなくて、トキという鳥全体が、そうやってヒトによって調べられている。

 オレはうなりながら、首を大きく横に傾けた。


「わかんねぇ……。あんなヤツのどこが大事なんだ? 強くもねぇし、賢くもねぇし。もしもハシボソガラスオレらの数が少なくなったら、オレもアイツみてぇな扱いになるのか?」

「それボクも思った。絶対にボクのほうがきれいで可愛いんだから、カワセミボクらのほうこそ大切にすべきだよ」

「カワセミ……、それ、自分で言うなよ……」


 って、どうでもいい愚痴をぼやいてる場合じゃねぇんだった。

 オレはスマホから顔を上げて、家のほうへ目をやった。ここに来た時、金魚鉢を持って裏口から出て行くトキの姿が見えた。たぶん今頃、近くの田んぼで食いもんを探している。ななもまだバードウォッチングから戻ってきていない。けど、雪が降ってきたから、トキもななもそろそろ帰ってくるはずだ。

 オレは視線をスマホに戻して、画面を消した。


「とにかく、ななにこの話はまだ、」


 しないほうが良いだろう。そう言おうとした。けど。


「ねぇ? この話、ななにしたら、なな、トキをどうするかな?」


 オレの言葉にかぶせるように、カワセミが言う。

 目を合わせると、まるで悪戯いたずらを仕掛けるつもりでいるみてぇに、楽しそうな表情を浮かべていた。その口が、嫌に曲がった弧を描く。


「カワセミ、冗談だろ? んなことしたら、なな、アイツを……」


 悪い予感しかしなくて、オレは言葉を詰まらせた。

 鳥の立場だったら、どうでもいい知らせだ。ヒトに生きていると思われようが死んでいると思われようが、自分には関係ない。勝手にしろってなるだろう。

 でも、ななはヒトだ。トキを見守っているヒト側の立場だ。例えばもしも、オレのバイト先の仲間が行方不明になったら、オレは心配して探すだろう。いや、今は逆か。もしも行方不明になっているヤツがそばにいたら……。だれかが必死に探しているヤツが、目の前にいたら……。


「どうしたの、カーくん? カーくんだって、トキがここからいなくなればいいって思ってるでしょ?」


 最悪の答えを、カワセミがさらりと口にした。

 音もなく枝から飛び立ち、オレの周りを一周する。真正面で止まり、顔を覗き込んでくる。


「んなこと、オレは……」


 逃げるようにオレは横を向いた。

 カワセミが逃がさないと言うように、真横にやってきてまた顔を仰ぎ見る。


「なんで? さっきあんなにトキを軽蔑けいべつしてたじゃない?」

「ちげぇ! あれは……ちょっとイラッとして、ヘコませてやりたかっただけで……」


 オレは首を反対側にひねって、視線をかわした。

 さっきのは、ただ、魔が差しただけだ。しばらく落ち込んでろって思っただけで、別に追い出すつもりなんかなかった。


「ふぅん?」


 カワセミが、今度は背後に回り込んだ。オレの首に手を回して、肩にあごを乗せてくる。


「トキがいなくなれば、カーくんがななの一番になれるんだよ?」


 一番……。


「ななを独り占めしたくないの?」


 独り占め……。


 至近距離で、カワセミが細めた目を向けてくる。その深い黒の目に、一瞬引き込まれそうになる。オレはそこから目をそむけ、揺れる気持ちと一緒に首を横に振った。


「でも……」

「でも、なに? なんでトキをかばうの?」

「庇ってなんかねぇ! けどよ……」


 考えがまとまらず、自分の頭をかきむしった。なんで今日はややこしいことばっか起こるんだ。オレはトキなんか嫌いで、ななと仲良くしてるのも許せねぇ。だから、初めてアイツと会った時、オレはヒトの姿になるって決めたんだ。だけど……、だけど……。


「そうだ! だいいち、アイツはまだ翼が……」


 カワセミに向き直って、オレは答えを思い出したように言った。

 ななの家に来た最初、オレはアイツを追い出そうとした。けど、ななにめちゃくちゃ怒られてできなかった。怪我けがが治るまでは、追い出したくても追い出せない。ななだって、アイツの体調をいつも心配してたんだ。怪我が治らないまま追い出すなんて、ひどい真似まねしないだろう。


「翼、ねぇ?」


 肩の荷が降りたみてぇに、オレは小さく息を吐いた。

 同時に、カワセミのつぶやき声が聞こえる。


「ボク、後から来てよく知らないんだけど、カーくんはトキの怪我のこと、どのくらい知ってるの?」

「どのくらいって……。あの怪我は、オレと群れのやつらが負わせた怪我で」

「えっ、そうだったの?」

「う、うん……」


 あの頃は、なんとも思ってなかったんだけどな。なぜか感じる後ろめたさに、オレは目を伏せた。

 部屋にいた時、オレの一言で言葉を失ったアイツの顔も、さっきから脳裏にちらつく。別に、謝る気なんかねぇけど……。オレ、ちょっと言い過ぎたよな……。


「ねぇ、カーくん?」


 不意に、耳もとであおるような甘ったるい声がささやかれた。

 背筋に走った寒気とともに、考えていたことが消される。オレの注意が一気にカワセミへと戻る。


「その話、ボクにも詳しく聞かせてよ?」


 口角を上げて楽しそうにく表情は、まだ、悪戯をあきらめていないようだった。

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