10-04 ふたりで内緒話

 遅めの昼飯を済ませた後、オレたちは再び作業にとりかかった。

 一時間ほどで、中のあった物を全部外に出し終わる。続いてななは、オレとカワセミには納屋の中の掃除をするよう言って、トキには出した物の仕分けを一緒にしようと言った。


「オレがななと一緒にやりたかったってのに……。なんでアイツなんだよ……」


 納屋の一階でハタキを払いながら、愚痴をこぼす。

 この家にある物だから、ななが仕分けをするのはわかる。けど、オレのほうがヒトの使う物には詳しいのに、なんで針と糸しか知らないアイツが仕分けをするんだ。そう思って、文句を言ったが……。


『カーくんのほうが掃除得意でしょ? トキはすぐ疲れるから、座って作業するほうが楽かなと思って』

『なな、俺はひ弱ではない。すぐに疲れなどしない』

『だったら、掃除します? ほこり払ったり、掃いたり、ぞうきんでいたりするんですよ?』

『…………』

『ほらね?』

『テメェ、無言でわがまま言うんじゃねぇ!!』


 という話し合いの末、結局、軟弱なトキと優しいななが一緒に作業をすることになっちまった。


「トキ、壊れていたり、さび付いている物はこっちの『いらない箱』に入れてください。まだ使えそうな物はこっちの『残す箱』に。わからない物は、わたしにいてくださいね」

「あぁ、わかった」


 外から話し声が聞こえてくる。振り返ると、離れた場所に一人と一羽の姿が見える。玄関の前、物がたくさん置かれたビニールシートの隅で、肩を並べて座っている。


「なな、こういう物がいらない物なのか?」

「そうです。もうさびだらけなんで、このかまは『いらない箱』にですね」

「これは?」

「このスコップは、きれいでまだ使えそうですね。『残す箱』に入れてください」

「なるほどな。それなら、これはどうする?」

「ん? これ、なんですか? うぅ~ん……」


 トキの手に持つ謎の球体に、ななは顔を近づける。ななの肩が、トキの腕に触れる。

 近い! 距離が近いだろ、お前ら! ハタキを持つ手に力がこもる。ボフボフとほこりが舞い散らかっているけど、それどころじゃねぇ!


「きれいですけど、なんに使うんですかね? ちょっといいですか?」


 そう言って、ななは両手を伸ばし、トキの持つ球体を受け取る。

 あぁっ!? 今、手が、互いの手が触れただろ!?


いてるねぇ、カーくん?」

「ガァッ!?」


 突然、頭上から話しかけられ、思わず地声が出てしまう。二階に続くはしごの真上、天井の四角く空いた部分から、カワセミが顔だけ出してこっちを見ていた。かぶっている帽子の耳みたいなでっぱりを下に垂らし、上下逆さになった顔がクスクスと笑っている。


「そんなにとられたくないなら、早く求愛しちゃえばいいのに。カーくんって、意外に奥手だよね?」

「うっ!? うるせぇ……」


 あおるような言葉に、声が詰まり、顔が熱くなる。カワセミはそんなオレを面白がるように、笑い声を上げた。

 ななと旅行に行った後から、カワセミの性格が急に変わった。ななやトキに対してはいつも通り子どもっぽく接しているくせに、オレだけに対しては口調も態度もこんな感じだ。無邪気というより、飄々ひょうひょうとして、なにを考えているのか全然わかんねぇ。


「つーか、カワセミ! お前も最近、ななに近づきすぎだろ! 昨日だって……」


 わだかまる気持ちをぶつけるように、カワセミの鼻先へハタキを近づけてやる。けれどもカワセミはひょいと顔を引っ込めて、それをかわした。


「あぁ、昨日のほっぺキッスのこと? いけると思ったんだけど、あれでも気づかないなんて。ななもホントに、鈍いんだよねぇ」


 はしごを中程まで降り、踏み場の上に座って、もたれかかるようにして支柱に腕を預ける。バカにするような悪意は感じられない、まるでうぶなヒナ鳥をいとおしむような表情。そのままカワセミは身体を前のめりにして、弓なりに細めた目を外へ向けた。


「ホントはね、あの後もうちょっと攻めてみようと思ってたんだけど、ななが取り乱しちゃったから……。朝までずっと落ち込んでたけど、やっと、いつもの調子に戻ったみたいだね?」


 そう言って、開いたシャッターから外の様子をうかがう。オレももう一度ななのほうを見た。

 ななの表情は明るく、ときおり笑顔にもなる。その顔がトキに向かっているのは気にくわないが、それでも、昨日の泣きそうな顔よりはマシだ。


「そうだな」


 ななの元気そうな顔を見ていると、自然と肩の荷が下りる。

 本当のことを言うと、オレはこんな古くさい小屋で隠れるよりも、外でのびのび過ごしたいと思っている。あんまり寒かったら、バイト仲間の家に泊めてもらうって手もある。けど、ななに少しでも安心してほしいから、あえてここで大丈夫だって言って、大掃除をしているんだ。


「カーくん、一途で健気だねぇ? まぁ、ボクもななのために、ここがいいって言ったんだけどね」


 クスクスと笑いながら、まるでオレの心を見透かすようにカワセミが言った。


「もしかして、カワセミもななのために、わざとここにいようって言い出したのか?」

「ふふっ。ななのためなら、ボクはなんだってするよ?」


 カワセミはウインクを一つして、唇に人差し指をそえる。食えない態度に、オレは片眉かたまゆをピクリと動かした。

 一方、カワセミはすぐに表情を変え、片手を口にそえて、声を潜める。


「そんなことよりも。カーくんは気づいてる? ななと、それにトキも、最近なにか隠してるみたいなんだ」

「隠してるって、なにをだ?」

「やっぱり気づいてないよね。ボクもわからないんだけど……。なにか言いたいけど言えないことが、ふたりともあるみたいだよ?」


 そう言って、険しげな目つきになって、再びななたちを見る。その目はななを案じているようにも見えるが、獲物にねらいを定めているようにも見える。

 本当にこいつは、なにを考えてんのかわかんなくなっちまった……。


「ところでさ、前にも訊いたけど、どうしてカーくんって、ななのことが好きになったの?」

「はぁ?」


 カワセミはぴょんっとはしごを飛び降りて、また話を変えた。ほおが熱くなるのを感じながら、オレは首を傾げる。カワセミはオレの足もとまで来て、普段のような子どもっぽい目を向けた。


「ずっと気になってたんだよ? だって、ボクはさみしくてななのそばにいたかったからヒトの姿になって、トキは、ななに恩があるからヒトの姿になった。けれども、カーくんがヒトの姿になった理由って、ボクらとは違うんでしょ?」

「う……うん……、まぁな」


 カワセミに、オレがヒトの姿になってななの家にやってきた経緯を話したことがあっただろうか。オレは、トキがヒトの姿でななのそばにいるのが許せなくて、だからヒトの姿になったんだ。


「カーくんって、鳥の時から、ななのことが好きだったんだよね? それって、どうして?」


 カワセミは足もとから飛び上がり、オレの前でホバリングをして目を合わせる。オレの目線のちょっとだけ下から、上目遣いをして訊いてくる。

 オレはその目から避けるように、視線をそらした。


「べ、別に……好きになったから、好きになったんだよ」

「一目れってやつ?」

「そう、それだ!」

「相手はヒトなのに?」

「ぐっ!? 鳥とかヒトとか、どうだっていいだろ!」


 オレはカワセミに背を向けながら叫んだ。顔が沸騰しちまいそうなほど熱い。

 昔、裏庭でななの笑顔を初めて見た時、オレはななのことが好きになった。自分が鳥だってことぐらいわかっている。けれども、あれからオレは、仲間のメスに興味も持てず、他の仲間からバカにされても、ずっと、どうしても、ななのことが頭から離れなかったんだ。


「わかんねぇけど……、たまに、思うんだ……」

「なにを?」


 すかさずカワセミは問いを掛ける。カワセミには見えていないが、オレは目を泳がせた。着けているネックウォーマーに口もとを埋め、いつもよりも小さな声が出る。


「オレ、ななに初めて会った時、初めてじゃねぇ感じがしたんだ。上手く言えねぇけど……。でもオレ、ななのこと――」

「わたしのこと、なに?」

「ガァアッ!?」


 突然、そばでななの声が聞こえて、飛び上がってしまう。いつの間にかシャッターの下に立っていて、こっちを見ていた。


「ななな、なな!? な、なんで!?」

「なにしてるのかなって、様子見に来たんだよ。カーくん、さっきから突っ立ってブツブツ言ってたけど、どうしたの?」


 ななは不思議そうな顔をして、首を傾げる。その後方では、トキが変わらずビニールシートの上に座っていた。こっちを一瞥いちべつして、また作業に戻る。


「い、いや、オレは……、カ、カワセミが話しかけてきたんだよ、なぁ?」

「カワセミくん?」


 オレとななは、はしごの下へ視線を移す。けれども、さっきまでいたはずのカワセミがいない。代わりに、その上から声が降ってくる。


「なな? どうしたのー?」


 普段通りの甘えた声を出して、カワセミははしごの上から顔を覗かせた。


「カワセミくん、さっきカーくんとおしゃべりしてたの?」

「ううん。ボクはずっと、上のおそーじしてたよ」

「もうっ、カーくん! うそいてカワセミくんのせいにしたらダメじゃない!」

「は? はぁっ……!?」


 ななは腰に両手を当て、怒った顔をしてこっちに詰め寄ってくる。

 ななの見ていない頭上で、カワセミが目と口を弓なりに曲げた。


「もう、カーくんってば。サボってたら、ななにきらわれちゃうよっ?」


 とぼけた声を出して、オレだけに向かってペロリと舌を出す。

 カワセミ、あとでゼッテェ覚えてろよ!!


 こうして、納屋の大掃除は夕方まで続けられた。

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