10-03 みんなで大掃除

 次の日の朝。

 わたしと鳥三羽は家の玄関を出て、隣にある納屋なやの前に来ていた。木造二階建てで、屋根にかわらが敷かれている。掘っ建て小屋というほど粗末ではないけど、蔵というほど立派でもない、古びた建物だ。


「ここなら、ななのちかくにいられて、かくれていられるよ?」


 隣にいるカワセミくんが、笑みを浮かべてこちらを見上げる。昨日、カワセミくんが思いついたアイデアというのは、この納屋の中でしばらくむというものだった。


「いよっ! と……」


 かけ声とともに、カーくんがシャッターを持ち上げた。薄暗い空間に光が照らされる。ほこりっぽい匂いに、トキが顔をしかめた。


「確かにここなら、出入りさえ気を付ければ身を隠せそうだ。だが……」

「汚ねぇな。足の踏み場もねぇぜ?」


 カーくんも、中をのぞき込みながら、肩をすくめる。

 一階は床がコンクリートで、軽トラを一台置けるスペースがあり、右手側には棚が置かれている。左手側には棚と、二階に続くはしごがある。……はずだけれども、中は散らかり放題。さびたくわやスコップ、段ボールや発泡スチロール、割れた花瓶や古びたおもちゃが転がって、ごみ屋敷みたいになっている。お父さんがいた頃は農作業道具の置き場として使っていたけど、今は物置状態で整理もろくにせず、この有り様になっていた。


「おそーじすれば、いいだけだよ! ねっ、なな?」


 カワセミくんは自信満々に言って、再びわたしを見上げた。


「う、うん……。お母さんが来るまで、まだ時間はあって掃除もできるけど……。でも、本当にこんな場所でいいの?」


 不安の声が漏れる。確かにここなら、お母さんも見に来ることはないだろう。昔、お父さんとお母さんがケンカした時、よくお父さんはこの納屋に隠れてやりすごしていたと聞いたことがある。

 けれどもやっぱり、中は寒そうだしほこりっぽいし……。こんなところにいて風邪でも引いたら……。


「大丈夫だって! 雨風しのげるだけでも十分だぜ。電気も通ってるみたいだしな」


 わたしの不安をぬぐいとるように、カーくんの明るい声が聞こえた。入り口のそばにあるスイッチを押すと、天井につるされた電球が点く。足もとにはコンセントも備わっていて、いちおうまだ使えるみたいだ。


「今のところ、野宿かここに潜むかしか選択肢がないからな。まずはここを片付けてから考えても、遅くはないだろう」

「ひみつきちみたいで、きっとたのしーよっ!」


 トキもこちらに向かって表情を緩め、カワセミくんも上機嫌な声で言って腕をパタパタさせる。

 なんだか今日はみんな、ずいぶんやる気に満ちている。


「んじゃ早速、大掃除やるぜ!」

「うんっ! きれいにするーっ!」


 カーくんとカワセミくんは、そのまま納屋の中に飛び込んでいった。

 けど、数秒後。


「あっ、カーくんそれひっぱっちゃ……っ!?」

「はっ?」


 次の瞬間、盛大に物が転がり落ちる音と悲鳴が響く。ほこりが舞い上がり、建物の外まで吹き出してきた。


「くしゅっ、くしゅんっ、もー、カーくんなんでもひっぱらないでよー!」

「ゲホッゲホッ、カワセミこそ、もっと、ゲホッ、早く言えよ!」


 ほこりだらけの中から、二羽の声が聞こえる。

 外にいたわたしは苦笑いしながらトキを見た。トキはあきれたようにため息を吐いて、それからわたしへ視線を向ける。


「なな、指示を。こういうのは、ななが得意だろう?」

「えっ、わたし、掃除あんまり得意じゃないですよ?」

「少なくとも、俺たち鳥頭よりは段取りがいい」


 そう言って、肩をすくめた。

 トキの言葉に思わず笑みがこぼれる。前にテレビで見た整理収納術を思い出し、わたしは納屋の中を覗いた。


「カーくん、カワセミくん、その上にある青いビニールシート取って? それを外に広げて、中にある物、いったん全部出そっか?」


 こうして、鳥たちの仮住まいを作るために、納屋の大掃除が始まった。

 まずは、家の前に大きなビニールシートを広げ、手分けして納屋にある物を外へ出していく。


「なな、ボクはなにをもっていけばいい?」

「カワセミくんは……じゃあ、これをお願い」

「おいトキ! テメェ、なにさっきから軽いもんばっか運んでんだよ!」

「軽い物ばかりではない! これも意外に重いんだ」

「こら、ケンカしない! これ、二羽で運んで?」

「うっ……、重そうだな」

「えー!? なんでコイツと、」

「いいから運んでっ!」

「「はい」」


 散らかっている物を段ボール箱にまとめて、鳥たちに渡していく。重そうな物は、トキとカーくんに頼んで出してもらう。一人では到底片付けられそうにないし、片付けようと思ったこともなかった。けれども、みんなのためと思えば頑張れて、みんなとやればワイワイ騒ぎながらできて、全然苦に感じない。


「そういえば、生けを作った時もこんな感じだったなぁ……」


 一階を一通り片づけて、わたしは二階に移動していた。屋根裏部屋のような二階は、ほとんど使われていないみたいで、左右の戸棚に古びた物がしまわれているだけだ。戸棚を開けて、段ボール箱に物を入れながら言葉を漏らした。


「ふふっ、そうだね。ななといっしょになにかをするのって、すごくたのしい」


 独り言のつもりでつぶやいた言葉が、やってきたカワセミくんに聞こえていたらしい。わたしの隣にしゃがんで、顔をほころばせる。

 春の終わり頃にも、こうやってみんなと一緒に水槽を洗ったり、レイアウトを考えたりしていた。ちなみにあの水槽は今も裏口にあって、トキとカワセミくんの大事な食料源になっている。


「なんだなんだ? なに話してんだ?」


 と、二階のガラス窓からカーくんが顔を覗かせた。はしごから上るよりも、羽ばたいて窓から出入りしたほうが、楽に行き来できるらしい。

 窓から入ってきたカーくんに向かって、カワセミくんはいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「カーくんには、ナイショだよっ」

「はぁっ!? なんだよ? なに話してたんだよ、なな?」

「えっと、内緒かな?」


 わたしも同じことを言って、カワセミくんとクスクス笑い合う。カーくんはすぐにツッコんでくるかと思ったけど、なにも言わずにこちらを見つめた。


「カーくん?」

「ううん。なんだよ、それ!」


 タイミング悪く言い返して、なぜかうれしそうにほおを上げる。


「お前ら……なぜサボっている……」


 と、今度は窓の反対側から声が聞こえた。トキがはしごの上から顔を出して、恨めしい目でじぃっと見ている。ずっと働きっぱなしだったから、顔には疲れがくっきり浮かんでいた。


「トキ、大丈夫ですか? もうお昼だから、休憩にしましょうか?」


 はしごを上ってきたトキは、がっくりとひざをついてうなだれる。わたしの言葉に、声も出さずにコクコクと首を縦に振った。


「ったく、昨日は外へ出されても生きていけるとか言ってたくせに、軟弱だな。……ん? なな、この窓についたの、なんだ?」


 窓の枠に腰掛けていたカーくんが、ガラスに貼られた鳥のステッカーを見つけてまゆをひそめた。たぶん、お父さんが貼った物かな。わたしもカーくんに言われる今の今まで気がつかなかった。


「それは『バードセイバー』っていうの」

「ばーどせいばーってなんだ?」

「ふふふ、それはね……」


 ここで突然の、田浜たはまななの鳥レクチャー!

 久し振りに現れた黒板を前に、指差し棒を持って白衣を羽織り、始めるよ!


「『バードセイバー』っていうのは、鳥が窓ガラスにぶつかるのを防ぐために貼るものなの。窓ガラスに空や風景が映っていると、鳥はガラスがないと勘違いしてぶつかっちゃうことがあるんだよね。ひどい場合は、ケガをしたり死んじゃうこともあるの。だから、ここにはガラスがあるから近づかないでねって知らせるために、『バードセイバー』を貼るんだよ」

「へぇー、でも、なんで猛禽もうきんの形なんだ?」


 カーくんが『バードセイバー』をじっとにらみながらく。さっきから嫌そうな顔をしているのは、貼られているステッカーがオオタカのシルエットをしているからだろう。


「猛禽類の形だと、小鳥が怖がって寄ってこなくなるらしいよ。まぁ、窓ガラスがあるって認識されればいいから、別の物を貼ったりカーテンを閉めたりしてもいいみたいだけどね。鳥の形のステッカーを貼ることで、人に対しての啓発の意味も込められているんだって」


 たまに公共の施設とかで、窓ガラスにステッカーが貼られている。あなたの身近にもあるかな? お出かけの際は、ぜひ、『バードセイバー』を探してみてね!


「なな……、そろそろ、休まないのか、」

「あれ? ななー、ここに鳥がいっぱいいるよ?」


 か細い声をき消すように、カワセミくんの声が横から聞こえた。まだ開けていなかった戸棚を開けて、中を見ている。そこにはたくさんの鳥の置物が。


「それは!? 『バードカービング』!」

「ばーどかーびんぐ?」


 わたしは一番手前にあった物を取り出した。木のザラザラとした触感が手に伝わる。扉付きの棚にしまわれていたから、ほこりはかぶっていない。青や緑に塗られた置物は、正直、上手といえるほどの出来栄えではないけれども、カワセミだとわかる形をしている。


「『バードカービング』っていうのは、木でできた鳥の彫刻のことをいうんだよ。木を鳥の形に削って、色を塗るの。もとは『デコイ』からきた物なんだって」

「でこいって?」

「『デコイ』っていうのは、鳥の形をした模型のこと。外国では鳥の猟をする時、それをおとりとして置いて、仲間だと思って近寄ってきた鳥を狩っていたんだって。そこから、観賞用として鳥の姿をリアルに作るようになったのが、『バードカービング』だよ」


 というか、こんな棚の中に『バードカービング』が隠されていたなんて。もしかして、お父さんがお母さんとケンカした時、ここでこっそり作っていたのかな。


「なな……、休み……」

「あっ、ほかにもいろいろある! これはウグイス笛! こっちは水飲み鳥!」


 棚のさらに奥には、いろんな鳥グッズが置かれていた。なるほど。納屋の二階はほとんど使っていなかったから、どうやらお父さんが隠れてグッズを置いていたらしい。

 野外でバードウォッチングをするのはもちろん楽しいけど、こういった鳥雑貨を作ったり集めたりするのも、楽しみ方の一つだよね!


「なな、スイッチ入っちまったな」

「しばらくは止まらないね~」

「腹が……減った……」


 次から次に出てくる鳥雑貨を前に、止まらない鳥レクチャー!

 それから小一時間、わたしはテンションを上げたまま、鳥たちの前で鳥についての熱弁を振るっていたのだった。

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