10-02 みんなで会議

 テーブルの上を片付けて、わたしと鳥たちは再びこたつを囲んで座り直す。部屋の隅にあるクリスマスツリーが、場違いにチカチカと点滅していた。


「いおり『お正月、そっちに帰るからちゃんと掃除しておくのよ?』。なな『いつ!?』。いおり『? 三十一日から三日までよ』。よろしく~っ!」


 隣に座るカーくんが、わたしのスマホを片手に、画面のメッセージを読み上げる。

 ちなみに、『いおり』というのは、わたしのお母さんの名前。最後の『よろしく~っ!』は、お母さんから送られてきたスタンプの文字だ。


「なるほどな。ななのお母さんが、来週帰ってくるってことか」


 カーくんはスマホをテーブルに置いて、その手で頬杖ほおづえをつく。

 その隣にいるカワセミくんが、指を折って日にちを数え始めた。


「さんじゅういち、いち、にー、さん……四日いるってこと?」

「三泊四日。その間、俺たちはここにいられないな」


 わたしの向かいに座るトキがあごに手をそえ、思案顔で言った。

 メッセージが来た時、気が動転して「出てって」なんて言ってしまったけど、つまりはそういうことだ。


「ごめん……」


 わたしはみんなに合わせる顔がなく、正座をしてうつむいた。

 お母さんが実家に帰ってくること自体は、お盆とか、今まで何度かあった。でも、いつも日帰りだったから、鳥たちには日中外で過ごすようお願いするだけで済んでいた。けれども、今回は泊まり。もちろん、鳥が家に住んでいるなんて秘密だから、お母さんがいる間、鳥たちを家に置いておくわけにはいかない。


「めんどくせぇなー、こっそり部屋で隠れてるってできねぇのか?」

「無理だろう。四日間も物音を立てずにじっとしていられるのか?」

「カーくんだったら、ぜったいにがまんできないね?」

「ぐっ……」


 わたしの声は聞こえなかったのか、トキたちはどうするのか話し合いを始めている。

 原因を作ったのはわたしなんだから、ちゃんと考えないと。頭を振って顔を上げ、思いついたことを口にする。


「ねぇ、ミサゴさんの家に泊めてもらうのは、どう?」


 ミサゴさんなら同じ鳥だし、事情もわかってくれるだろう。一軒家でひとり暮らししているから、お願いすれば快く泊めてくれると思う。

 けれども。


「はぁ!? ゼッテーやだ! あんな猛禽もうきん野郎の家なんか、だれが行くかよ!」


 カーくんが怒鳴るように声を上げて、プイッとそっぽを向く。


「俺も、ミサゴとはあまり関わりたくないな……」

「ししょーは好きだけど、ボクはななのそばにいたいな~?」


 トキは冠羽かんうを揺らしながら、視線を外して言った。カワセミくんは微笑みを浮かべながら、やんわりと反対する。


「そっか……。ごめん……」


 わたしはまた俯いて、みんなに聞こえるかわからない声を出してしまう。

 そうだよね。わたしにとっては優しくて頼りになるミサゴさんだけど、鳥たちにとっては猛禽だから、ずっと一緒にはいたくないか。


「だから、カワセミ、ななのそばにはいられねぇって言ってんじゃねぇか。どうすんだよ?」

「う~ん、どうしよう? トキはどうする?」

「どうもこうも、この家にはいられないんだ。しばらく外で野宿するしかないだろう」


 トキの言葉に、ズキリと胸が痛んだ。今は十二月。雪こそまだ降っていないものの、外はかじかむほど寒い。夜になれば、なおさら。

 そんな中へみんなを追い出すなんて、やっぱりわたし……。


「なな、どうした?」


 スマホを引っつかんで、画面を開く。文字を打とうとするけど、思うような文章ができない。


「やっぱりわたし、お母さんに来ないでって連絡する。みんなはこの家にいてっ。なんなら、わたしがお母さんのところに行けば……」

「お、おい、ちょっと待てよ、なな?」


 不意に、手首をカーくんに掴まれた。戸惑った表情で、わたしに向かって首を傾げる。


「どうしたんだよ? なんか、変だぜ?」


 言われて、気づく。スマホを持つ手が、かすかに震えている。胸が苦しくて、思うように息ができない。視界に映るカーくんの顔が、ぼんやりとにじんで見える。

 わたしはスマホを持つ手を力なく下ろして、俯いた。


「だって……、できないよ……。みんなを追い出すなんて……」


 つぶやいた声が震えていた。込みあがってくる思いをこらえ、目をつむる。


「なな、」

「なな、だいじょーぶだよ?」


 その時、わたしの頭にポンっと柔らかい感触が伝わってきた。

 目を開け、前を向いた先にいたのは、カワセミくん。


「ななは、ボクたちのことをしんぱいしてくれているんだよね。でも、だいじょーぶ。ボクはななにおいだされるなんて、おもってないよ?」


 カワセミくんは優しくわたしの頭をでで言った。


「で、でも……、修学旅行と同じでまた三日もだよ? カワセミくん、さみしくない?」

「へいきだよ。だってこんどは、ななはおうちにいて、どこにもいかないんでしょ? なながおかあさんとあえて、わらっていてくれるなら、ボクはさみしくなんかないよ」


 そう言って、口の端を持ち上げ、温かい笑顔を見せてくれる。

 その顔を見て、胸がいっぱいになる。わたしは、腕を大きく広げた。


「カワセミくっ、ん!?」


 カワセミくんを思い切り抱きしめようとした。けれどもその直前、カーくんがまたカワセミくんを掴んで引っ張っていく。おかげでわたしは、スカッと空気を抱いた。


「……ったく。まぁでも、カワセミの言う通りだぜ」


 カワセミくんをひざの上へがっちり抱き寄せながら、カーくんはわたしに顔を向ける。


「オレもななに追い出されるなんて、これっぽっちも思ってねぇよ。ちょっと外でブラブラしてれば、また戻ってこられるんだろ? そんなの、ななが修学旅行でいなくなった時に比べれば、どうってことねぇぜ」


 そう言って、ニッと歯を見せて笑顔を浮かべる。


「ちょっとブラブラって……。その間カーくん、ご飯作れないんだよ?」

「作れねぇけど、そこらへんにあるもん食えばいいだろ」

「でも、家は? 外は寒いし、暗いし、雨とか雪とか降ったら……」

「なな、言っとくけど、オレは鳥だぜ? 今までずっと外で暮らしてきたんだから、それくらい普通だ」


 そう、事もなげに言う。


「なな」


 と、向かい側からトキの声が聞こえた。視線を移すと、複雑そうな顔をしながら、こっちを見つめている。

 一度ゆっくりとまばたきをして、口を開いた。


「ななが俺たちに気を遣っているのは理解している。だが、カラスの言った通り、俺たちはあくまで野鳥だ。お前に飼われているわけではない。外に出されたところで、生きていけないほどひ弱ではない」


 にらむ、というほど鋭くはないけど、トキの視線が真っ直ぐにわたしを射抜く。その目は、わたしを諭しているようで、少し怒っているようにも見えて。自分がさっき言ったことを反省する。


「ごめん……。そうですよね……。みんな、鳥だもんね……」


 人だったら、こんな真冬に外へ追い出すなんて、ひどい仕打ちだと思ってしまう。けれども鳥にしてみれば、外にいるのが当たり前のことなんだ。むしろ、家にいてって、とどめておくほうが間違い……。

 再び俯きかけたわたしの視界で、トキはなにか言いたげに口を開いた。けど、その横から手が伸びてくる。


「なぁーにが、野鳥だ! この温室育ちが!」

「いっ!? やめろ、カラス!」


 カーくんがトキのほっぺをつねり、トキは迷惑そうに身を引いた。カーくんはトキから離れた手を目の下に当てて、ベーっと舌を出す。


「つーかテメェ、外で冬越したことあるのか?」

「あぁ。去年の秋に施設を出たから、一度は越した。そもそも施設自体、ネットやさくはあったが野ざらしだ。温室ではない」

「へぇー。てっきり、ガラス張りの小屋で見世物になってたかと思ったぜ?」

「施設は動物園ではない。勘違いするな」


 からかうカーくんに向かって、トキは冠羽を立てて睨みつける。


「おんしつ……しせつ……こや……」


 二羽の言い争いを尻目しりめに、カワセミくんがカーくんの膝の上で呟いていた。そして突然、頭の上に電球が灯ったように、両手をポンっとたたく。


「そうだっ! おうちにはいられないけど、ななのそばにいられるほうほう、わかったよ!」

「ん?」

「はぁ?」


 疑問符を漏らして、トキとカーくんはカワセミくんのほうへ向く。カワセミくんはカーくんの腕をするりと抜け出て、わたしのもとへ飛び込むようにやってきた。


「カワセミくん?」


 なにを思いついたのか、わたしもわからず首を傾げる。目の前で、カワセミくんは目と口を弓なりに曲げた。


「これなら、ななもしんぱいしなくてすむよ? あのね――」


 わたしの耳へ、そっと小さな唇が近づく。温かく甘いささやきが、鼓膜を揺すった。

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