第3章 鳥愛〈トリアイ〉編

第10話 波乱、鳥と年越し

10-01 みんなでパーティー

 十二月二十五日、クリスマスの夜。

 居間の一角には、カラフルな飾りのされたクリスマスツリーが輝いている。丸いこたつの上には、ギザギザした葉や赤い実が刺繍ししゅうされたテーブルクロスが敷かれ、その上に、ほかほかと湯気の立つ夕食が置かれている。ご飯にサラダにスープ、そして山盛りのフライドチキン。


「それじゃあ、始めるよ」


 こたつを囲み、わたしの隣にカーくん、その隣にカワセミくん、そして、わたしの向かい側にトキが座る。

 わたしはシャンメリーの入ったグラスを手に、みんなを見回した。


「メリークリスマス!」

「いっただきまーす!」


 今夜は、鳥たちとおうちでクリスマスパーティー。

 いつもは台所のダイニングテーブルで食べているけど、今日は飾り付けた居間で夕食を食べることにした。トキやカワセミくんも一緒にクリスマスを味わってもらおうと、みんなで計画していたのだ。

 わたしとカーくんは乾杯の音を鳴らし、早速、骨付きのチキンをつかんで一口。


「ん~っ、このチキン美味しい!」

「だろ? 朝から味を染みこませて、さっき揚げたばっかりだからな!」

「さすがカーくん、やっぱりクリスマスといえば、チキンだよね!」


 カリッと音を立てる衣に、ホクホクなお肉。何個でも食べられちゃいそうで、手が止まらない。カーくんと一緒に、汚れるのも気にせず、かぶりつく、頬張ほおばる、むしゃぶりつく。


「クリスマス、恐ろしいな……」

「ふたりとも、なんでも食べちゃうからね~」


 端から見ているトキがドン引いているけど、気にしない。だってわたしは、チキンが大好きだから!


 それからしばらく、わたしとカーくんはご飯を美味しく味わって、トキとカワセミくんはクリスマスツリーを眺めてつついて楽しんでいた。もちろん、二羽ともすでに外で食べ物を捕って、食べ終わっている。一緒に食事をするのは無理だけど、こうやって、一緒の空間にいるってことが大事な気がする。


 それに……。ご飯をおおかた食べたところで、わたしはハンドタオルで手をいて、傍らにある大きな紙袋を取った。


「なな、なんだそれ?」


 カーくんがチキンの骨をしゃぶりながらく。わたしは袋をひざの上に置いて、ツリーを見ているトキたちにも聞こえるよう、声を張って言う。


「実はね、みんなにクリスマスプレゼントを用意しましたー!」

「クリスマスプレゼント?」


 カーくんが訊き返す。トキとカワセミくんも、こっちを向いて小首を傾げた。


「うん。クリスマスはね、親からプレゼントもらったり、友だち同士で交換したりするんだよ」


 昨日も、わたしはゆうちゃんとひらりちゃんと一緒に、ゆうちゃんの家でパーティーをしてプレゼント交換をしていた。ちなみに本当は、サンタクロースが子どもたちへプレゼントを配ってくれるらしいけど、田浜たはま家は親から直接プレゼントをもらっていたので、サンタさん文化がない。


「へぇー。でもオレ、ななにプレゼントなんか準備してねぇぜ?」

「いいよ。カーくんは美味しいご飯作ってくれたでしょ? トキはこのテーブルクロス作ってくれたし、カワセミくんは飾り付け手伝ってくれたし、そのお礼だよ?」


 まぁ、お金もあんまりないから、大した物はないんだけどね。そう付け加えながら、袋の中へ手を入れる。まず一つ目、百均で買ったラッピング袋を取り出した。


「これは、カワセミくんへ」

「ボク? なになにー?」


 トキの膝に座っていたカワセミくんは、スキップするように駆け寄ってきた。袋を受け取り、中身を取り出す。


「わぁっ! ぼうし?」


 出てきたのは、半円の形をした白いニット帽。


「うん。わたしが昔使ってた物を、トキに仕立て直してもらったの。寒くなってきたから、これをかぶって、あったかくしてね?」


 カワセミくんから帽子を受け取って、頭に被せてあげる。ニット帽の上には、羽角うかくのような二つの白い突起が付いている。これはトキにお願いして、編み足してもらったものだ。


「なな、ありがとー!」

「どういたしましてー! カワセミくん、ミミズクみたいで可愛かわいいよっ!」


 カワセミくんはうれしそうにその場で飛び跳ねる。そのたび、頭に付いた羽角がぴょこぴょこと揺れる。

 ちなみに羽角とは、ミミズクの頭の上にある耳のような羽毛のことをいう。耳のような形だけれども、実際はただの羽で、耳ではない。あと、ミミズクというのは、ワシミミズクやコノハズクなど、フクロウの仲間で羽角があるものをいう。ただ、アオバズクは羽角がないのに「ズク」が付いている。そしてカワセミくんはフクロウの仲間でもなんでもないけど、ミミズクみたいになって、ややこしいけどとっても可愛いっ!


「それじゃあ、これはボクからのだよ?」


 一人脳内鳥レクチャーをしていると、カワセミくんは不意に跳ねるのを止めて、こちらへ近寄ってきた。わたしの肩の上から、首を抱くように手を回してくる。

 次の瞬間、頬に柔らかい感触が伝わった。


「カッ、カワセミ!? それ以上ななにくっつくな!!」


 ずっと横目で骨をしゃぶっていたカーくんが、飛び上がるようにして、カワセミくんの首根っこを捕まえ引き離した。


「わっ!? カーくん、やめてよ~!」


 カワセミくんは頬を膨らませて、カーくんを見上げる。カーくんは口をへの字に曲げて、カワセミくんを膝の上にがっちりと抱える。

 わたしは首を傾げながら、自分の頬に指を触れた。さっきのは、頬ずりをされたのかな?


「それじゃあ次は、トキの分です」


 気を取り直して、また袋の中へ手を入れる。大きめの紙包みを取り出して、テーブルの上からトキに向かって差し出した。

 あきれ顔で二羽を見ていたトキは、紙包みへ視線を移す。それから、眉尻まゆじりを下げて、わたしを見た。


「いいのか?」

「もちろんです、さっき言ったじゃないですか。それに、いろいろ作ってくれたお礼です」


 そう言って、カーくんたちには見えないように片目をつむってみせる。

 トキは遠慮がちに、けれどもゆっくりと手を伸ばして、袋を受け取ってくれた。包装紙を観察するように回して、貼られたテープを丁寧にがしていく。その様子を、カーくんとカワセミくんがじれったそうに眺める。


「……これは」


 ようやく取り出した中身を、トキは目を丸くして見つめた。


「前にカーくんと買い物に行った時、見つけて買ってきたんです。換羽かんうしたトキにぴったりかなと思って」


 トキの羽、というか髪の毛は、夏から秋にかけて換羽をして、すっかりイメチェンしている。出会った頃は、全体的に黒髪で、前髪の一部だけがメッシュをかけたように赤く染まっていた。けれども今は、赤い前髪以外が白髪はくはつになっている。だから、服のほうも換羽というか、衣替えさせたいと思って探していたんだよね。


「あー、あの在庫処分のワゴンに入ってたやつな。微妙な色で、テメェしか着ねぇだろって話してた、うぐっ!?」

「ト、トキ! 着てみてください!」


 余計なことを言うカーくんの口を押さえて、トキに促す。この服、定価は高かったけど、八十パーセント割引で買えたというのは内緒。


「あぁ」


 トキは立ち上がり、着ていた灰色のそで無しカーディガンを脱いで、新しい服に着替える。

 プレゼントした服はロングコート。上半身部分は真っ白だけど、腰から膝まであるすそは徐々に朱色に染まっている。上から下へいくに従って、白から朱へきれいなグラデーションになっているのだ。この移り変わる色が、すごく朱鷺とき色っぽい。


「トキ、似合ってます! すごくトキっぽいです!」


 白髪に、くちばしの赤色を思わせる赤メッシュ。首には朱鷺色のストールを巻いて、白から朱へ移るロングコートを羽織り、足だって赤みのあるワインレッドのチノパンをはいている。

 鳥のトキは、換羽を終えた冬の時期がもっとも美しいと言われている。目の前にいる今のトキも、胸がドキドキするくらいトキっぽい。


「俺はもともとトキなんだが……?」


 わたしの興奮が伝わらないらしく、トキは頭の上に疑問符を浮かべてつぶやいた。

 それから、改めて自分の身なりを確認して、わたしをじっと見つめた。


「どうしました?」

「……いや」


 なにか言いたげに小さく口を開く。でも、出てきた言葉はそれだけだった。


「うぐぐっ……な、なな! オレは? オレのプレゼントはなんだ!?」


 と、我慢できなくなったのか、カーくんが押さえていた手から抜け出して、詰め寄ってきた。

 わたしは袋から、最後に残ったラッピング袋を取り出す。


「はい。カーくんのは、頑張ったんだよ?」

「サンキュー! なんだ? なんだ?」


 待ちきれない子どもみたいに、包装紙をバリバリ破って中身を開ける。出てきたのは、カワセミくんにあげたニット帽と似た、黒色のニット。けれども頭の部分に穴が空いていて、筒のような形になっている。


「なんだ、これ?」

「これはネックウォーマー、マフラーみたいに首を温める物だよ。カーくん、いつもご飯作ってくれたり、家事もやってくれるから。一番気合い入れて、手作りにしようと思ったの」

「マジか!? つ、つけていいか!?」

「うん、もちろん」


 カーくんは興奮気味に、頭からネックウォーマーを被って首に付けた。温もりを確かめるように口もとを埋めて、左右に小さく首を降る。その頬には、徐々に赤みが増していった。


「あったけぇー。さすが、ななの手作りだぜ」

「えっと、実はそれ、トキが作ったの」

「……は?」


 間延びした声とともに、カーくんの頬から色が消えた。

 わたしは恥ずかしさに指で頬をきながら、事情を説明する。


「その……、最初は手作りしようと思って編んでたんだけど、上手くできなくて……。トキに教えてもらいながらやってみたけど、やっぱりできなくて……。そのうち、トキのほうが完成しちゃったから……」


 昨日ギリギリまで、自分で作ろうって頑張ってはいたんだ。けれどもわたしは、ボタンも服に付けられない家庭科オンチ。初めての編み物は、得体の知れない毛糸の塊ができて、挫折ざせつしてしまった。


「まぁ、俺も、編み物は初めてやってみたんだが」


 コートを着たまま座っていたトキが、カーくんの首に視線をやり、その目をわずかに細める。


「自信作だ」


 力の入った声を発して、珍しく鼻で笑った。

 カーくんのネックウォーマーが上手くできたから、その後調子に乗って、カワセミくんのニット帽に羽角を付けてもらったんだよね。


「なにが、自信作だ! なんでななじゃなくて、テメェなんだよ!」

「や、やめろ!? ななからもらったじゃないか!?」

「ななからもらったから、複雑な気持ちになるんだよー!!」


 固まっていたカーくんが、突然トキに飛びかかり、いつも通りドタバタと騒ぎ出す。

 脱がないから受け取ってくれるみたいだけれど、複雑な気持ちって……? でも、正直わたしもちょっと複雑な気持ちかな。もっと余裕を持って練習していれば、ちゃんと作れて渡せたかな。


「どうしたの、なな?」


 二羽に注意もしないで考えていると、膝の上からカワセミくんがひょっこりのぞき込んできた。


「う~ん、来年は、もうちょっと頑張って手作りの物にしようかなって……」


 言いかけて、声を止めた。

 カワセミくんは数秒わたしの顔をじっと見つめた。それから思い出したようにパチクリまばたきをして、首を傾げる。


「なな?」

「あっ、ううん。なんでもないよ」


 そう言って、はしを手に取り、残っていたサラダのレタスを口に運ぶ。

 その時、テーブルの上に置いてあったスマホから、着信音が流れた。


「お母さんから?」


 左手で画面を操作する。どうせまた、おしゃれマダムなクリスマス会の写真でも送ってきたのだろう。

 そう、思っていたら……。


「えぇっ!?」


 思わず出た大声に、足もとにいたカワセミくんがビクンッを震えた。騒いでいたトキとカーくんも動きを止めて、こちらへ振り返る。


「なな、どうした?」

「なんかあったか、なな?」

「なな、どうしたの?」


 トキ、カーくん、カワセミくんは、それぞれわたしに声を掛けた。

 わたしは返事をするのも忘れて、画面を凝視する。お母さんから送られてきたのは、数行の短いメッセージ。けれどもその文章を読んで、頭の中が真っ白になってしまう。


「ごめん、みんな」


 にぎやかだったパーティーに、不穏な声が落ちた。


「この家から、出てってほしいの……」

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