8-09 「そんな、お留守番なのか!?」-夢-

 目を覚ました場所は、暗闇くらやみだった。


「ここは、どこだ……」


 首をひねって見回すが、なにもない。

 自分の姿さえも、わからない。

 ただただ、真っ暗な空間が広がっていた。


は、なにをして……」


 その時。


 ザッ、ザッ。


 草をき分け、踏みしめる音が鳴る。

 しだいに、近づいてくる。


 息を殺し、周囲を見回した。

 だが、視界にはなにも映らない。


 ピチャ、ピチャ。


 近くから、液体の滴る音がする。


 カッ、カッ。


 遠くから、鳥の警戒音がする。


「――っ!」


 いてもたってもいられず、走り出した。

 ひたすらに、闇の中を進む。


 先に、小さな光が見えた。

 それに向かって、手を伸ばす。


 次の瞬間。

 光が、大きく


「――っ!?」


 目。


 大きなヒトの双眼が、凝視する。

 立ち止まり、後ずさる。

 振り向き、走り出そうとした。

 だが、行く先に見えたのは、手。

 ヒトの手が、暗闇から生えだしていた。


「――」


 声が出ず、息が止まる。

 背後から、ヒトの目が近づく気配がした。

 正面から、ヒトの手がこちらへ伸びてきた。

 顔面に向かって、五本の指が広がり、迫る。


「うわぁあああっ!!」


 恐怖が身を支配した。

 手を払いのけ、逃げる。

 何度もつまずき、何度も転び。

 行く当てもわからないまま。

 それでも、逃げることしかできなかった。


「ぐっ!?」


 突如、なにかが身体にまとわりつく。

 それは、無数の糸、いや、網。

 藻掻もがけば藻掻くほどに、絡まる。

 まるで蜘蛛くもの巣のように、自由を奪う。

 食い込む痛みに、悲鳴を上げた。

 途絶えそうな息を、必死に継いだ。


「暴れないで」


 その時。

 目の前で、柔らかな声が聞こえた。


「すぐにほどいてあげるから」


 そっと、ほおでる温かな感触。

 ふっと、優しげに微笑ほほえむ表情。

 彼女の身体が、網の上から、覆いかぶさる。


「なな……」


 柔らかく、温かい熱が伝わる。

 痛みが引いていく。

 震えが和らいでいく。

 恐怖が解けていく。


「なな……」


 こらえきれず、もう一度、名前を呼んだ。


「トキ」


 顔の横から、彼女が返事をくれた。

 背の翼に、彼女の手が添えられた。

 耳もとで、彼女のささやく声が聞こえた。


「――うそ吐き」


「っ!?」


 次の瞬間。

 彼女の姿は、消えて、なくなる。


「なな……? なな!」


 周囲を見回しても、叫んでも。

 もう、見えない。

 もう、聞こえない。


「なな! ななっ! ななぁあっ!」


 声の限り、叫ぶ。

 力の限り、足掻く。

 けれども、もうなにも、届かない。


 ――なな。


 網が、身体を締め上げる。

 息さえも、縛り上げていく。

 背中から、ヒヤリとした感触があった。

 背後から、無数の手だけが近づいてくる。


 ――来るな。


 一つの手が、網を握り。

 一つの手が、服を裂き。

 一つの手が、羽をむしる。


 ――来るな、来るな、来るな、来るな!


 そして。

 無数の手が。

 まるでけものが大口を開けるように。

 身体を、み込、


「うわぁぁぁぁあああああああああああ――

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