8-08 「そんな、お留守番なのか!?」-⑧-

 そして――。


「なぜこうなる……」


 オレとカワセミの部屋で、ヤツは口をへの字に曲げた。寝間着代わりの白装束を身につけ、両腕には二階から持ってきた自分の布団を抱えている。それを、入り口近くにポスンッと落とした。


「ったく、なんでテメェと風呂に入って、同じ部屋で寝なきゃなんねぇんだよ!」


 ヤツの言葉を無視して、オレはグチった。寝間着の黒タンクトップを着て、自分の布団の上で横になる。

 押し問答の後、結局、風呂に三羽で入ることになった。その後もカワセミは「トキといっしょにねたいっ!」なんて言い出して、ヤツがオレたちの部屋に来ることになっちまった。


「それはこっちのセリフだ……」


 ツッコむのも疲れたのか、ヤツはこちらを見ずにつぶやいて、布団を広げる。

 オレとヤツの間には、青チェックのパジャマを着たカワセミがいた。今日はここで寝るらしく、押し入れから布団を引っ張り出して並べている。

 ヤツは広げた布団の上に正座して、横目でオレを見据えた。


「そんなに嫌なら、俺はカワセミと二階で寝てもいいんだが……」

「ダ、ダメだ! カワセミは、ここでオレと寝るって決まってんだよ!」


 言い返すと、ヤツはため息で返して、天井を見つめた。


「まぁ……、俺の部屋は、さっきの揺れで少し物が落ちていたからな……。カワセミが寝るには、危なかっただろう……」


 そう呟き、傍らに座ったカワセミの髪に、ポンッと手を置く。

 カワセミは、まだ元気がなくて目も潤んでいるけど、でられて翼をパタパタと動かした。ヤツに対して、甘えるように身体を預ける。

 ななはヤツの話ばっかりして、カワセミまでヤツに懐きやがって……。オレは身体をひねって、ヤツとカワセミに背を向けた。


「ねぇ、トキ? なな、ホントにかえってくるかな……?」


 畳のささくれをいじっていると、背後からカワセミの声が聞こえた。自信のない、弱くて、心細い声。

 その声を聞いた瞬間、胸に小さな痛みが走った。

 少しだけ間が空いて、ヤツの返事が聞こえる。


「帰ってくるだろう。ここはななの家だ」

「で、でも……。もしも……、ななに……」


 カワセミの声が震え出す。

 なんだよ、「もしも」って……。胸の鼓動が大きくなっていった。まるで、さっき突然家の中が揺れたみたいに。心がざわつく。


「ななはヒトだ。ヒトは俺たちほど、危険な目には遭わないはずだ。生き残る確率も高いだろう」


 ヤツはカワセミを励ましているつもりらしいが、「だろう」とか「はずだ」とか、はっきりしない言葉ばかり。

 確かに、オレたち鳥に比べて、ななには天敵もいないし、食べ物もたくさん手に入る。乗り物に乗ってくるから、途中で力尽きるってこともないはずだ。でも……。こんな時に限って、いつもは気にもとめないニュースが、頭をかすめる。


「でも、でも……、もしもななに、なにかあったら……」

「もうやめろ、カワセミ! そんなこと言うんじゃねぇ!」


 起き上がって、叫んだ。

 カワセミが驚いたように大きく震えた。唇を結び、まゆゆがめ、顔をしかめる。目尻めじりから、あふれそうだった涙が、ついにこぼれた。


「急に怒鳴るな!」


 ヤツは強い口調で言って、オレをにらむ。


「うるせぇ! ななは絶対帰ってくる! 絶対に、絶対……、帰ってこねぇと……、寂しいじゃねぇか……っ!」


 声が詰まり、震える。目頭が熱くなり、唇を噛んだ。カワセミを見ていると、こっちまで泣きそうだ。こみ上げる涙を、首を振って抑える。


「オレは最初っから、なながいないのは嫌で、反対してたんだ! なのに、ななは行っちまって……。楽しいことして紛らわそうと思ったけど、やっぱり寂しくて……。面倒くせぇことばっか起こって……。地面揺れるとか、よくわかんねぇことまで起きて……。これでもしもななが帰ってこなかったらオレは……、オレは、寂しくて死んじまうじゃねぇかっ!」


 こらえきれない気持ちを、言葉にして吐き出した。

 カワセミは、涙目でオレを見つめている。その髪を撫でながら、ヤツは、半目になって口をポカンと開けていた。


「……はぁ?」

「テメェ、ぶっ飛ばすぞ!!」


 こっちは涙堪えて真剣に語ったのに、なんだよそのドン引きの反応は!

 もしもカワセミがいなかったら、つかみかかってぶん殴ってやりたかった。能面の顔に、歯をき出して威嚇いかくしてやる。

 すると、ヤツの腕の間からカワセミがあごを上げた。


「ねぇ? トキは、さみしくないの?」


 真っ直ぐにヤツを見上げて、カワセミはく。

 ヤツは視線をオレから落とし、口を開く。


「寂しくない……」


 その目は、カワセミもとらえていない。うつむき、部屋の隅を見ながら話を続ける。


「俺たちは鳥だ。ヒトがいなくても生きていける。ヒトが一人いないだけで、寂しいと思うほうがおかしい……」

「なんだよそれ! まるで寂しがってるオレたちが、バカみてぇじゃねぇか!」

「そうは言っていない!」

「言っただろ! 今、おかしいって言っただろ!」


 我慢できず、詰め寄ってヤツの胸倉を掴んだ。

 大体、ななはヒトだけど、オレにとってはそんな、ざっくりとした存在じゃねぇ。ななはななだ。オレにとっては特別だ。それを急に「ヒト」って言い出して、ムカつくんだよ。


「け、ケンカしないでよっ!」


 続けざまに、怒りを吐こうとした。けどカワセミが間に入って、オレの手とヤツの服を掴む。

 まるで、なながいつもしている仲裁みたいだと、思っちまう。


「なな……」


 カワセミも同じことを思ったのか、オレから手を離し、俯く。その目からまた、涙が零れた。


「ななみてぇに言うなよ、カワセミ……」


 オレはヤツから手を離し、言った。また、息の詰まる感情が、のどの奥からせり上がってくる。それを堪えて、視線を横に向ける。

 カワセミの、鼻をすする音だけが部屋に響いた。

 しばらくして、ヤツの落ち着いた声が聞こえる。


「もう寝るぞ。明日にならないと、ななが帰って来るか来ないかは、どのみちわからないんだ。今どうこう言っても仕方ない」


 オレはなにも言わずに、自分の布団に潜った。ヤツとカワセミに背中を向ける。

 ヤツは電気を消したのか、部屋が暗くなる。布のれる音が聞こえ、すぐに止んだ。


「おやすみ、カーくん……」

「うん。おやすみ……」


 いつもしている挨拶を素っ気なく返して、目を閉じる。


 先のことなんか、わからない。だから考える意味もない。そう思っていたはずなのに。ななのいない未来を考えて、不安になって……。なにしてるんだよ、オレ……。


 オレは目を一度、固く閉じる。今日は、ななの夢を見たい。さっき居眠りしていた時に見たのじゃなくて、ヤツにもカワセミにも邪魔されない、オレとななだけの夢が見たい。

 そう思いながら、オレは考えるのを止めた。


「ねぇ、トキ?」

「なんだ?」

「トキの手、ふるえてるよ?」

「……そうか。ここは二階よりも、少し寒いのかもしれないな……」


 まどろみの中、ヤツとカワセミの話し声が聞こえた、気がした――。

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