8-06 「そんな、お留守番なのか!?」-⑥-



   *   *   *



 家に着いたオレは、いつも通り裏口へ回った。

 すると、新芽の芽吹き始めた柿の木の下に、「なな」が立っていた。


『カーくん、カーくん』


 オレの名前を呼んでいる。制服姿でこっちに背を向け、柿の木を見上げている。


「なな!? 帰ってきてたのか!?」


 びっくりした。けどそれ以上にうれしくて、その背中へ、いつものように飛びつこうとした。

 けれど。


「うわっ!?」


 なぜか「なな」の身体をつかめず、すり抜けて、木にぶつかりそうになる。

 わけがわからず、振り返る。

 「なな」はオレのことを気にもとめず、ずっと木の上を見ていた。


『ねぇカーくん、約束して? カーくんは、どこにも行かないって……』


 オレは顔を上げ、「なな」の見ているほうを見た。

 そこには、一羽の、真っ黒な鳥がいた。


『お願い。ずっとここにいて……。ずっと、わたしのそばにいて……』


 羽に覆われていて、翼があって、うろこのついた細い足があって、とがったくちばしがある。目の前の「なな」とは、大違いの姿。

 オレは視線を戻した。と同時に、息が止まりそうになる。


『カーくん、紹介するね』


 「なな」の隣に、いつの間にか「ヤツ」が立っていた。

 服を着ていて、羽のない腕があって、すらりとした真っ直ぐの足があって、髪の生えた平坦な顔がある。「なな」と同じ、ヒトの姿をした鳥。


 「なな」は「ヤツ」に向かって、微笑みを浮かべる。

 「ヤツ」も「なな」に、微笑を向けた。

 そして、オレに背を向けて、腕を組んで歩いていく。


「待て! 待てよ、なな!」


 オレは「なな」に向かって手を伸ばした。けど、その手は黒く、五本の指もなく、大きな風切羽かざきりばねのある翼に変わっている。


 ――なな! ななっ!


 オレは叫んだ。でも、耳に入るのは、濁った鳴き声だけ。


『これからどうなりたいのか、少しは考えてみたらどうだ?』

『この姿で居続けることは、間違ったことなんや……』


 姿は見えないのに、店長の声と猛禽もうきんの声が、頭の上から降ってくる。

 その間にも「なな」と「ヤツ」は、青い草原を、スキップしながらどんどん遠ざかっていく。


 ――嫌だ! 約束したんだ! オレはななのそばに……。いや、オレななのそばに……!


「カーくん、カーくん」


 その時、不意に後ろから、また声が聞こえた――。



   *   *   *



「カーくん、カーくん? ねぇトキ、カーくんおきないよ?」

「おい、カラス。こんなところで寝るな、」

「ななっ! ななーっ!!」


 オレは身体を起こし、もう絶対に離すまいと、目の前の「なな」に飛びついた。今度はすり抜けずに、しっかりと感触がある。なんだ、修学旅行で少し痩せたのか。ほっそりしてて、骨ばってて、あれ、いつもあごを乗せる肩がない。背が伸びたのか……、って……。

 顔を上げると、目が合ったのは、ヤツ。ほおを引きつらせて、片まゆをピクピク動かしている。

 畳の部屋で、互いにひざを着けた状態で、オレはヤツの腰に腕を回していた……。


「うわぁぁぁああああああああっ!?」


 掴んでいた身体を押し飛ばし、後ずさりする。


「なっ、なに抱きついてんだよっ!!」

「それはこっちのセリフだ!」


 オレは翼をばたつかせて威嚇した。倒れたヤツも、すぐに起き上がって声を上げる。オレたちのそばで、カワセミはオロオロと首を左右に振っていた。


 どうやら、オレは居眠りをしていたらしい。今日はなながいないから、居間でテレビを見ながら弁当を食べていた。テーブルの上には空の弁当パックが置いてある。テレビは消されている。さっきまで薄暗かった外は、もう真っ暗になっていた。


「疲れているなら、もう寝ろ」


 ヤツは、汚れを落とすように服を払いながら言う。


「疲れてなんかねぇよ! カワセミ、風呂行こうぜ?」


 言いながら、カワセミの手を掴んで、こっちへ引き寄せた。

 カワセミはオレに抱きついて、顔を上げていてくる。


「ねぇ、カーくん? さっき、ななのゆめ、みてたの?」

「う、うん。まぁ、ちょっとな……」


 あんまり良い夢じゃなかったけど……。

 首を傾げるカワセミを抱いたまま、オレは立ち上がった。

 ヤツは座ったまま、なにか言いたげにこっちを見てくる。

 眉をひそめ、「なんだよ」と言おうとした、その時だった。


「っ!?」


 身体に悪寒が走り、身震いが起こる。

 ヤツの冠羽かんうが立ち、動きが止まる。

 カワセミが、小さな声を上げる。

 次の瞬間。


「うわっ!?」


 家が、揺れた。

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