8-05 「そんな、お留守番なのか!?」-⑤-

 右手にコンビニ弁当の入ったレジ袋をぶら下げ、左手にカワセミの手を握って、田んぼ道を歩いて行く。

 コンビニで猛禽もうきん野郎にばったり出会って、カワセミと一緒に帰ることになった。本当は、少し一羽になりたい気分だったけど。猛禽に「どうかしたんか?」と探られそうになって、急いでカワセミを引っ張ってきた。


「カーくん? なにかあったの?」

「別に。カワセミは、今日どうだったんだ?」


 話題をすり替えて、カワセミにく。

 ひとまず、今日あったことは、考えるのをやめよう。


「たのしかったよ! お魚もいっぱいたべた!」

「へぇー」


 前を見ながら、軽く相づちを打つ。

 昨日の夜は元気のなかったカワセミも、今はご機嫌みたいだ。船に乗って漁の手伝いをしたことや、食べた魚のこと、狩りの練習のことを楽しそうに話していく。


「でも……」

「どうした?」


 急に話が途切れて、オレは足もとを見た。

 カワセミはこっちをちらちら見ながらつぶやく。


「……あのね、カーくん。ボクたちって、まちがってるの?」

「はぁ?」


 急に変なことを言い出して、オレは間延びした声を出した。


「きょうね、ししょーがいってたの……」


 たどたどしい口調で、カワセミは話し始めた――。



   *   *   *



 それは、カワセミが海で狩りの練習をしていた時のこと。


『ねぇ、ししょー?』


 休憩中に、カワセミは空を見上げて、あることに気がついたらしい。頭上を飛ぶ一羽の鳥を指差して、隣に座る猛禽に訊いた。


『あの鳥、ししょーとおなじ、ミサゴだよね?』


 以前、野鳥公園でななに教えてもらったから、すぐにわかったらしい。

 猛禽は、カワセミが指をさす方向を、じっと見上げた。


『ずっとボクらの上を飛んでるよ? ししょーのなかまなの?』


 カワセミが見つけた鳥は、船に乗っている時も、狩りの練習をしている時も、ほとんどずっとカワセミたちの頭上を、弧を描きながら飛んでいたという。

 まるで、自分たちを追いかけているように。


『いや……』


 猛禽は、カワセミのことを見ずに、鳥を見ながら口を開いた。


『あいつは、ワシを地面から引きがそうとしとるんや……』


 呟かれた言葉に、カワセミは首を傾げた。

 けれども猛禽は、そんなカワセミを放って、さらに言葉を続けた。


『この姿になって、何度も何度も、ワシのことは捨ててどこへでも行けて、言うとるんやけどな……。けど、あいつはずっとここにおる。口もほとんど聞かんのに、ずっと、ワシのことを空へ誘っとるんや……』


 猛禽のひとみに、空を飛ぶ鳥の姿が映っていた。

 カワセミはそれを見て、急に寂しくなったらしく、猛禽の腕に抱きついた。


『どうした?』


 驚いた声で、ようやく自分に目を向けてくれた猛禽に、カワセミは問いかけた。


『ししょー、いってたよね? ななにであって、ボクたちにであって、うれしかったって?』

『あぁ、言うた。あれはうそやない』


 猛禽の、顔をほころばせた言葉に、カワセミはほっとした。

 けれどもその顔は、またすぐにさきほどと同じように、空を見上げた。


『けどな、言うてないことも、たくさんある。特にお嬢ちゃんには、知らんほうがいいことも、たくさんある……』


 猛禽の目は、空を見ているはずなのに、海の底へ落ちて行くようだった。そう、カワセミは感じたらしい。

 わからなくて、寂しくて、不安で。猛禽の腕をギュッと握った。

 けれども、自分の力ではどうしても引き上げられないように、猛禽の目はそのまま、カワセミへと向けられた。


『カワセミ。鳥の、姿を変える力は、確かに便利や。痛みは伴うけど、しばらくすれば引く。身体に慣れれば、自由に動かせる。思いを伝えられなかった相手と、話すことができる。けどな、これはあくまでも仮の姿なんや。姿を変える一番の欠点は、この姿のままやと、なにもみだせんことや』


 猛禽は自らの手に、目を落とした。五本指の手を、開いたり握ったりしながら、話を続けた。


『ワシらは鳥や。ヒトとは違う。生きて、繁殖して、子孫を残していくことが、一番の目的や。それができないこの姿で居続けることは、間違ったことなんや……』


 なんだよ、それ――。



   *   *   *



「はぁっ? 意味わかんねぇ! オレたちがヒトの姿でいることが、間違いなわけねぇだろ!」


 オレは手を強く握って、言葉を吐き捨てた。カワセミが、ビクッと身体を震わせる。

 カワセミに言ってんじゃねぇ、オレは、あの猛禽野郎に言ってんだ。


「大体、『間違っている』ってなんだよ! この姿でいたら、だれかに怒られるのか? 罰が当たるのか? 危険な目に遭うのか? オレはこの姿になって半年経ったけど、一回もそんなことなかったぜ!」


 ヒトが決めた「間違ったこと」なら、オレにだってわかっている。

 この姿でえさ場の袋をあされば、ななに絶対怒られる。店の物を勝手に食ったり持ち帰ったりすれば、店長に絶対殴られる。道路の真ん中に出たら、車に絶対かれそうになる。

 ヒトの世界には、ルールや決まりがある。それを守らないことが「間違ったこと」で、間違ったことをすれば必ず、怒られたり、罰が与えられたり、危険な目に遭う。だからオレは、そんなことしないようにしている。


 けど、オレたちがヒトの姿でいることが、「間違ったこと」だなんて、だれも決めていない。

 止められてもいない。怒られてもいない。仲間外れにもされていない。むしろ襲われる危険が少なくなって、食べ物も手に入りやすくなったくらいだ。


「それに『一番の目的』ってなんだよ! オレたちのゴールを、てめぇが勝手に決めてんじゃねぇ!」


 相手がいなくても、沸き上がった思いを空へぶちまけた。


「カーくん……」


 カワセミは、ずっと震えていたけど、目をそらさずにオレのことをしっかりと見ていた。話が終わると、どこか安心したように声を漏らす。

 オレも言いたいこと言ってすっきりして、ちゃんとカワセミに、顔を向ける。


「カワセミはどう思うんだ?」

「ボクも……、うまくいえないけど、ししょーのいってること、ちょっとちがうとおもった」


 自信なさげの声だけど、カワセミはまっすぐこっちを見て言う。


「だろ? もうあんな猛禽の言うことなんか、真に受けるなよ」

「で、でも! ししょーのことは、ボク、大好きだよ」

「オレは、大嫌いだけどな」


 あんな、よくわかんねぇ話ばっかりして、こんがらがった糸くずみてぇな考えした鳥。何年もヒトの姿になっているせいで、ヒトかぶれしているだけだぜ。あんなやつの言うことに、毒されてなんかたまるか。


「オレは鳥だ! ヒトの姿をしてたって、オレはハシボソガラスだ! 仮の姿でも、間違った姿でもねぇんだよ!」


 自分自身にも言い聞かせるように、オレはもう一度空へ向かって声を上げた。

 夕暮れの空に、オレの声が響く。息を吸って、ゆっくりと吐く。オレの言葉は、夕暮れの空に消えていく。


 こうやって、声を大にして言えるのに。

 この胸の引っかかりは、なんだ……?


「あっ、トキだ」


 と、カワセミの声に顔を向けると、家の前の田んぼに人影があった。稲が刈られて乾いた田んぼのあぜに、ヤツが立っている。食べ物を捕っているようには見えない。ボーッと突っ立って、空を見上げていた。


「なにしてんだ、アイツ……?」


 オレはヤツの見ているほうへ顔を上げてみた。けれども、あるのは雲一つない空だけで、特に見るものもない。もう一度首を戻し、ヤツのほうを見る。

 身動き一つしないで、髪を風に揺らしている。焦点の定まらないひとみが、ずっと上を向いていた。

 こっちはいろいろあって大変なのに、呑気のんきなもんだな。


「ねぇ、トキはさっきのこと、なんておもうかな?」

「知らねぇよ。あんなヤツなんか」


 オレたちは話ながら、ヤツのいる田んぼの近くまで来た。それでもヤツは、こっちに気付かない。地面を強く足で蹴る。その音で、ようやく冠羽かんうを立てて、ハッとこっちへ顔を向けた。


「カラス、カワセミ。帰ったのか」

「なにしてんだ?」

「見ればわかるだろう。食べ物を捕っている」


 ヤツはまゆをひそめる。さっきまで空を見てたくせに。


「トキもいっしょにかえろー?」

「いや、もう少し食べ物を探す。今日はあまり捕れていないからな」


 ヤツは足もとに置いてある金魚鉢へ目を移した。中にはわずかに水があるだけで、ほとんどなにも入っていない。


「どうした? 調子でも悪いのか?」


 訊くと、ヤツはびっくりしたように、目を見張ってオレを見た。


「心配、しているのか……?」


 いぶかしそうな目つきで、引き気味に訊いてくる。


「はぁ!? ちげぇよ、バカ! だれが心配なんかするか! ななにテメェの観察日記つけろって頼まれてるだけだ!」


 さっきの言葉を後悔しながら、声を荒げた。

 なながいつもコイツにしている健康チェックを、オレは頼まれていた。ご丁寧に、チェックシート式の日記まで渡されている。とはいえ、まったく書いてないから、あとでまとめて書かないと怒られるんだよな。

 そういえばコイツ、ここ最近、なにしていたんだ。オレもカワセミもほとんど家にいなかったから、全然見ていなかった。ずっと一羽で、家にいたのか?


「……ジロジロ見るな」


 疑問符を浮かべていると、ヤツは心底嫌そうにこっちをにらんだ。

 そういえばコイツ、観察されるの嫌いだったな。


「見てねぇよ! カワセミ、行くぞ」

「えー、ボク、トキとたべものとるのてつだう!」


 そう言って、カワセミはオレの手から離れ、田んぼへと降りていく。


「カワセミ……。お前は俺の分を食べたいだけだろう?」

「ち、ちがうもん! ボク、じぶんでお魚、とれるようになったんだよ?」


 そばに来たカワセミに、ヤツは眉をひそめながらも、その髪をでる。

 オレはその光景から目をそらし、舌打ちを残して、家へ帰った。

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