4-04 カーくんのトリセツ①

 ハシボソガラス


〈分類〉

 スズメ目カラス科

〈学名〉

 Corvus corone

〈全長〉

 約五十センチメートル

〈特徴〉

 全身ほぼ黒色。紺色に見える光沢がある。

〈食性〉

 雑食性。昆虫類、小動物、種子、果実、動物の死骸しがいなど。

 人が出すゴミから残飯をあさることもある。

〈鳴き声〉

 「ガァー、ガァー」としわがれた声で鳴く。



   *   *   *



 わたしの家にやってきたハシボソガラスのカーくんは、元気でやんちゃで、すごく人懐っこい。

 好奇心旺盛で人の姿での生活もすぐに慣れ、よく外へ遊びに出歩いている。端からだと怖そうに見えなくもないけど、話すと気さくで面白くて、いつの間にか近所の人とも仲良くなっていた。

 たまにやりすぎて失敗することはあるけれど、めげることなく明るくて、わたしのことをいつも楽しませてくる。


「ななー、晩飯できたぞー」

「はーい」


 とある日の夜、わたしはカーくんの声に返事して、台所へ行った。

 ダイニングテーブルには、白米と味噌みそ汁と、豚の角煮とサラダ。

 今日も美味しそうなご飯が並べられている。


「「いっただきまーす!」」


 わたしとカーくんはいつものように一緒に合掌してご飯を食べる。

 カーくんの得意なことは料理。毎日、自慢の腕を振るってくれる。特によく作ってくれるのは、お肉料理。これは得意というより、自分が食べたいからなのかな。


「う~ん、この角煮美味しい! 柔らか~い」

「だろ? タレも一から作ったんだぜ?」


 わたしの顔を満足げに見つめて、カーくんも角煮をはしつつく。


「そうだ、なな。今度ハンバーグってやつ、作ってみたいんだけど?」

「ハンバーグ、いいね、美味しそう! あっ、でもタマネギは使わないでね。買ってないから、冷蔵庫にないと思うけど」


 カーくんは人と同じ雑食性でなんでも食べる。けど、あくまで鳥だから気を付けないといけないこともある。

 例えば、この味噌汁にはネギが入っていない。ネギやタマネギなどのネギ類は、鳥が食べると中毒を起こすことがあるらしい。他にも、アボカドやチョコレートなんかも危険らしいから、買わないようにしている。


「そんなに気を付けなくてもいいんじゃねぇか? 不味いと思ったら吐き出せばいいだけだし。鳥の時もあんまり気にしてなかったぜ?」

「そんなこと言って、食べて具合悪くなったらどうするの? ほら見てよ、最悪の場合、死に至るって書いてあるんだよ!? 絶対に食べちゃダメだからね?」


 スマホで調べたページを見せて、カーくんに念を押す。ちなみにこれは、インコとかペットの鳥について書かれたもので、カラスがどうなのかは正直わからない。捨てられたチョコレートをくわえていたカラスも、見たことはある。

 でも、でも、やっぱり怖いから、念には念を入れたい。


「はいはい。なながそこまで言うなら、気を付けるぜ? それなら、肉の中にゆで卵入れるのはどうだ? うまそうだろ?」

「わぁ! それいいね! 半熟卵にすればトロッとして……絶対美味しいよ!」


 真ん中を切った時にとろける黄身。想像しただけで、よだれが出てしまう。今も食事中だけど。


 カーくんは鳥だから、気を遣わないといけないことはある。けれども、家に来た鳥の中で一番人っぽくて、わたしと一緒に食卓を囲んでくれる。だれかと食べるご飯がこんなに美味しいってことを、わたしは改めて気付くことができた。


「それとさ、なな。後でちょっといいか?」

「うん、いいけど。どうしたの?」


 カーくんが最後の一口を食べて言った。鳥の時の癖で、ほとんど噛まずにみ込んでしまうから食べるのが速い。

 わたしがくと、カーくんは不敵な笑みを浮かべて言う。


「ちょっとさ、ななに見せたいものがあるんだ」



   *   *   *



 ご飯を食べ終えた後、わたしはカーくんの部屋に連れて行かれた。


「なな! この傑作、見てみろよ!」

「な……なに、これ……?」


 部屋に入った瞬間、目に入ってきたのは枝の山。いや、これは……。


「オレたちの愛の巣、ぐふっ!?」


 思わず、カーくんのほっぺたをつねる。


「カーくん! 最近木の枝拾ってくると思ってたら、こんなの作ってたの!?」


 畳部屋の真ん中に置かれていたのは、鳥の巣。しかも人サイズ。

 木の枝やハンガーやひもほうきまでささっている。さらに巣の真ん中には、羽毛布団が敷かれている。


「だ、だってもうすぐ繁殖期終わっちまうだろ!? 本気出して、急いで作ったんだぜ?」

「だからって家の中で作らないでよ!? しかもハンガーまで巣材に使って……探してたんだからね!」


 家に来た鳥の中で一番人っぽいカーくんだけど、たまに鳥らしいことをして、驚かされてしまうことがある。

 カーくんと言い合っていると、騒ぎを聞きつけたトキとカワセミくんも、部屋にやってきた。


「カーくん、巣、できたの? はいっていーい?」

「ほぅ、こんな物まで巣材に使うのか……」

「お前らやめろ! 触んじゃねぇ! これはオレの巣なんだからな!」


 巣に近づくトキとカワセミくんを止め、翼を見せてひらりと巣の中へ飛び移った。

 ふわふわな羽毛布団の上に陣取るカーくん。

 なんだか、気持ちよさそう……。


「ねぇ、ちょっとだけ、入ってみていい? わたし、よく小さい頃、鳥の巣に入ってみたいなって思ってたの」


 鳥の巣って、木の上にあって気持ちよさそうだし、羽毛や動物の毛やこけが敷かれていたりもする。もしも身体が小さくなったら、あの巣の中で眠ってみたいなって夢見ていた。メジロの巣とか、絶対気持ちいい。


「いいぜ、なな! ほら、来いよ!?」


 カーくんが満面の笑みを咲かせて、わたしへと手を伸ばす。

 初めての体験。ドキドキしながら、巣のそばへ行く。

 片手をカーくんへと伸ばし、もう片方の手を巣の端に置こうとした。

 その時。


 ウニッ。


 木の枝に置いた手に、嫌な感触。

 反射的に手を引き、視線を合わせる。

 そこには、毛の生えた虫が……!?


「いやぁああーっ!? やっぱり無理! 今すぐ外に出してきて!!」

「なな、落ち着けよ!? こんな虫くらい、食べればどうってこと……」


 そう言ってカーくんは、毛虫を手で摘まみ……。


「いやぁああああーっ!? カーくんのバカ! やっぱり絶対無理ーっ!!」


 わたしは三羽を置いて、泣きながら部屋を逃走した。

 人っぽいカーくんだけど、やっぱり鳥。理解できないこともある。わかり合えないことだってある!

 というかカーくん、ペアいないはずなのに、なんであんな巣作ったんだろう?


 そして、ここ最近一番びっくりしたことが、もう一つ……。


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