4-05 カーくんのトリセツ②
それは、平日の学校帰りのことだった。
今日はゆうちゃんが部活だから、一人の帰り道。ちなみにわたしは帰宅部だ。
電車を降りて、自転車置き場へ行き、自分のを引っ張り出す。
「今日は天気も良いし、コンビニ寄って、バードウォッチングしよっかなー」
なんて独り言を
駅前にある、町で唯一のコンビニ。小腹が空いたときは、よくそこでお気に入りのおやつを買って食べて、バードウォッチングをしながら帰る。
駅を出て、道を渡ってすぐ目の前。ここのコンビニはなんだか雰囲気が良くて、お店の前には鮮やかなプランター花壇が置かれている。そこで一人の店員が水やりをしていた。
わたしは自転車を止めて、その人の横を通り過ぎ、お店に入ろうとした。
「いらっしゃいませー」
お
……って、この声!?
「えっ!? カーくん!?」
「はっ!? なな!?」
自動ドアは開いたけど、わたしは手前で立ち止まり振り返った。
コンビニの制服を着て、花に水をやっていたのは、カーくん。
わたしは辺りを見回した。駐車場に車はない。お店の中にもお客さんは見えない。
改めてカーくんへ向き直り、
「な、なんでこんなところにいるの!?」
「い、いや……。実は、ここでバイト始めたんだ」
カーくんも驚いた様子で、苦笑いを浮かべながら頭の後ろをポリポリ
カラスがコンビニでバイトなんて。カレドニアガラスもびっくりだよ。
「なんでバイトしようと思ったの?」
「だって、ヒトの姿だと、金がないといろいろ不便だろ? 店とか行ってもなんも買えねぇし。ななからもらうわけにもいかねぇからな……」
買い物は基本、カーくんに作る料理を訊いてからわたしが買いに行く。だから食べ物のことは困らないと思うけど。
「なにかほしい物、あるの?」
「それは~……、秘密だ」
そう言って、カーくんは肩をすくめた。
「それにさ、なながいない家であの二羽といるの退屈なんだよ。だからその時だけ、
わたしたちはお店の中に入りながら、詳しいことを聞いた。
カーくんは平日の日中、わたしが学校に行っている間にバイトをしているらしい。一週間前から始めたそうだけど、全然気付かなかった。
「でもカーくん、面接とか大丈夫だったの?」
バイトをやったことはないけど、履歴書を書いたり、面接をしたりしないといけないんだよね。ここはよくあるチェーンのコンビニ店。採用審査とかは、しっかりしているだろう。
「面接? 軽く店長と話はしたけど、どうってことなかったぜ?」
「で、でも、名前とか、履歴とか……」
そもそも、カーくんはカーくんで、人の名前なんてないはず。まさかあの、端細雅羅須にしていないよね……。
わたしはカーくんの胸についた名札を見ようとした、その時。
「こら、リキヒト! なにさぼってるんだ!」
よく通る女の人の声が聞こえ、レジの奥からだれかが出てきた。
「あっ、店長!」
カーくんがその人を見て言った。
背はトキよりも高く、すらりとして気品がある。きれいな黒髪で、きっとロングだろうけど、今は後頭部にまとめてアップにして、紺色の光沢を放つコームを差している。確かこの髪型、夜会巻きと呼ぶってゆうちゃんが言っていた。派手すぎず地味すぎない化粧を施していて、着物とか絶対似合いそうな女性。
いつも来るコンビニだから何度か見たことある。この人、店長さんだったんだ。
「あら、いらっしゃい。君、たまに来る子だよね? この子の知り合い?」
店長さんはカーくんのそばへ来ると、わたしに気付いてそう言った。
普段は通り一遍の会話しかしないから意識していなかった。けど、こんなきれいな人に見つめられて、しかもわたしのこと覚えていたなんて、胸がドキドキしてしまう。
上手く言葉が出ずに、こくりと首を縦に振った。
「店長、紹介するぜ? 前に言ってた、ななだ。どうだ? 結構店長に似て、」
「こら、リキヒト。紹介します。どうですか。だろ? 敬語、使えるようになりな」
「うぐっ!?」
店長さんはカーくんの頭を
ところで、さっきから店長さんが言っている名前だけど……。
「リキヒト……?」
まったく知らない単語に戸惑いながら、カーくんの名札に目をやる。
『はしぼそ』
名字だけ。でもハシボソなんだ。だったら、下の名前が……?
「おっと、リキヒトはもう上がる時間だ。支度して、この子と一緒に帰りな」
「はーい。なな、ちょっと待ってろな?」
「う、うん……」
カーくんが店長さんの手から解放されて、店の奥へと姿を消す。
残されたわたしと、店長さん。彼女の黒い
「不思議そうな顔をしてるね」
どこからともなく漂う大人な匂いに、またドキッとしてしまう。
「ななちゃん、だっけ? リキヒトがいつも世話になってるみたいだね」
「い、いえ……、り、りき、ひと……くん……?」
「ふふっ、いいよ。君は彼のこと、カーくんって呼んでるんだろう?」
そう言うと、店長さんはレジの奥へ行った。紙とペンを取り出して、台の上でなにかを書き始める。
『端細 力一』
達筆な漢字が四文字。
「『ハシボソ リキヒト』。彼の名前だ。これで、カタカナで『カー』と読める。いい名前だろう?」
そう言って、店長さんは微笑む。
わたしはなにも言えずに、紙に書かれた文字と店長さんを交互に見た。
名前の
「あ、あの、もしかして、カーくんのこと……っ!?」
言おうとした、けれどもその瞬間、レジ奥から彼女の人差し指が伸び、わたしの唇の前に添えられる。
「大丈夫。あたしはコンビニの店長をしている、ただの人さ。あの子とは、たまたま会ってね。バイトしたいって言ってたから、ここで雇ってあげたのさ。細かなことは、知り合いに詳しい人がいるから、頼んで根回ししておいた」
そう言って、店長さんは片目をつぶって、ウインクを見せた。
もうわたしは、いろんな意味でドキドキが止まらない。
まさかこの人、カーくんが鳥だってこと知っているのかな。カーくん、もしかしてばらしちゃったのかな。
店長さんはなおも微笑を浮かべてわたしを見つめ、話を続ける。
「なにかあったら、相談に来な? まっ、悪い子じゃないからさ。記憶が戻るまで、長い目で見守ってあげなよ?」
「は、はい……って、えっ? 記憶!?」
わたしのツッコミに、店長さんは目を丸くし、きょとんと首を傾げた。
「あれ、違うのかい? あの子、あんまり自分のこと話さないから、そんな事情かなって思ってたんだけど……」
「あ、あぁっ!? い、いえ! えっと……そ、そうかもしれないです! わ、わたしにも、あんまり話してくれないから……ははは……」
そう、しどろもどろに言葉を濁した。
その時、カーくんがようやく店の奥から着替えて出てくる。
「ななー、お待たせ! あとこれ、買いに来たんだろ?」
カーくんは手になにか持ってやってきた。
あっ、わたしが買おうと思っていたチョコプリン。
「なんで知ってたの? わたしがそれ好きって」
「群れのやつに聞いたんだ。いつもこれ買って、裏の公園で食べてんだろ?
そう言って、持っていた二つをレジ台の上に置く。
その瞬間、またも店長さんの手が、カーくんの頭に伸びてきた。
「こら、
「うぐぐっ!?」
怒られ、頭をグリグリされて
カーくんは、気になるものがあると、なんでも開けたり
「あ、あの、なんか、ごめんなさい……」
「ななちゃんが謝ることないよ。しつけはこっちでしとくから。はい、一点で百五十円になります」
「はっ!? 店長、オレの分は!?」
「あんたはチョコ食べたらダメだろ? 代わりに見切りのバナナ奢ってやるよ」
「マジで!? サンキュー店長!」
「本当ですか。ありがとうございます。だろ?」
話しながら、店長さんは手際よくお金の精算をして、渡したエコバッグに商品を入れていく。自動ドアから別のお客さんも入ってきて、お馴染みの挨拶をかける。
「お疲れ様。気を付けて帰りなよ」
最後にそう小声で言って、わたしにバッグを渡してくれた。
自動ドアをくぐると、「ありがとうございました」と馴染みの挨拶で、店長さんは見送ってくれた。
「いい人に会えて良かったね、カーくん」
「だろ? 飯奢ってくれたり、いろんな店の案内もしてくれたんだぜ?」
「そんなにお世話になってるの!? ……本当に、鳥ってばらしてないよね?」
「もちろん! 翼も見せてねぇし、鳥っぽいことは言ってねぇから」
「そう……? これからも気を付けてよね?」
「うん! わかってるって!」
カーくんと話しながら、裏の公園へと歩いて行く。
ふと、自転車の前かごに入れたエコバッグが目に入った。
中には、チョコプリンとバナナが一つずつ。
……あれ、そういえばあの人、なんでカーくんがチョコ食べたらいけないって知っていたんだろう?
* * * * *
またここで、『田浜ななの脳内妄想ミニ鳥レクチャー』!
*カレドニアガラス(ニューカレドニアガラス)
オーストラリア東方のニューカレドニア島に生息するカラス。
道具を使って、食べ物を捕ることができる。
例えば、木の中にいる虫の幼虫を捕まえる時。
・棒を穴の中へいれ、幼虫が噛みついたところを引っ張り出す。
・先が
・縁がギザギザの葉を使い、虫を掻き出す。
といった行動が見られるらしい。
特に、ギザギザの葉は使いやすいように、曲げたり縁を切り取ったり加工をするという。
道具を「作る」というのは、ヒトやチンパンジーくらいしかできないと考えられていたため、ここにカラスが飛び込み一躍有名になった。
……こんなに器用なカレドニアガラスが人の姿になったら、たぶんDIYで家くらい建てられると思う。
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