4-03 トキのトリセツ②

 わたしは朝食を食べ終えて、トキと一緒に外へ出た。

 カーくんがなぜか「オレも行きたい!」って駄々をこねていたけど、カワセミくんも家にいるから、二羽でお留守番するよう説得してきた。


「…………」


 道を歩いていると、トキが後ろを振り返って顔をしかめる。


「トキ、どうしました? ……カラス?」

「いや、なんでもない……」


 そこにいたのは、一羽のハシボソガラス。トコトコとわたしたちについてきている気がするけど、きっと気のせいだよね。

 田んぼ道をしばらく歩いて立ち止まり、わたしは持ってきた地図を広げた。


「えっと、ここは叔父おじさんの友達の田んぼらしいので、入っていいそうです。あと、隣と、その向かいもいいみたいです。あとは――」


 自分で作った地図を見ながら、トキに説明する。

 トキはおもに、田んぼやその周辺で食べ物を捕っている。でも、今は人の姿だから、勝手に他人の土地に入ると怒られてしまう。だからこの前、兼業農家の叔父さんに話して、入っていい田んぼを教えてもらった。


「なるほど……。この色の塗られた場所なら、入っていいんだな?」

「はい。この地図はトキにあげます。もしわからないことがあれば、またいてください」

「あぁ、わかった……」


 トキは難しい顔をしながら、地図と辺りの田んぼを見比べた。

 鳥なら自由にどこでもいけるだろうに、人の姿をしているから不自由をお願いすることが多い。それでもトキは文句を言わず聞いてくれる。そんな素直なところが、感謝すると同時に、申し訳なく感じてしまう。


「あっ、あと、稲は踏んじゃダメですよ? それに、人が来たらちゃんと挨拶あいさつしてくださいね?」

「挨拶?」

「『こんにちは』って、相手を見て言うんです」

「こ、こんにちは……?」

「はい。それを言っておけば、ひとまず怪しまれることはないですから。それと、なにしてるか訊かれた時は、学校の活動で生き物採ってるって言ってください。いちおうトキの設定は、わたしと同級生で、生き物研究部に入ってて、田んぼの生き物調査をしてるっていう……」

「……………?」

「あっ、トキ、ごめんなさい!? あとで紙に書いておきますね?」


 いきなりたくさんのことを言ってしまい、トキがフリーズしてしまう。

 本当、いろいろ苦労を掛けてごめんね、トキ……。



   *   *   *



 田んぼの場所を教えた後、わたしはバードウォッチング、トキは食べ物を捕ることにした。

 そういえば、トキはどうやって食べ物を捕まえているんだろう。最初の頃、捕り方で悩んでいたのを思い出す。くつを脱いですそを上げ田んぼの中に入ったトキを観察してみることにした。

 すると……。


「やめろ、コサギ。俺の背中に乗るな」

「ギャ?」

「おい、チュウサギ、ダイサギ、金魚鉢をのぞくな。俺の食べ物を盗るな」

「ガァ?」

「グァ?」

「アオサギ、いい加減、俺の前でうろつくのはやめ、」

「グワァーッ!?」

「な、なんでもない、です……」


 トキが田んぼに入って間もなく、どこからともなくシラサギ三兄弟とアオサギがやってきた。

 わたしのことはチラチラ見て警戒しているけど、人の姿のトキには構うことなく近づいている。鳥には、人の姿でも鳥ってすぐにわかるのかな。


「トキのお友達、なのかな?」

「違う。こんなやつら、仲間と思ったことはない」


 わたしが離れたところからつぶやいた疑問に、トキが即答する。


「ギャーギャー!!」


 サギたちがトキの周りを取り囲んで、抗議するように鳴きだした。

 トキはまゆをひそめ、無視して食べ物をまた探す。

 腰を折り、手を水の中へ入れ、ゆっくりと進みながら泥の中を探っていく。


「へぇ、サギみたいにねらってズバッて捕るんじゃないんだ」


 周りのサギたちは、水中にいる獲物を見つけた瞬間、くちばしを突っ込んで捕まえる。アオサギなんか、大きな魚をくちばしでぶっ刺したりする。

 それに比べてトキは、最初からくちばしを水中に入れて獲物を探すんだ。今は手だけど。


 バシャッ。


 手先になにか感じたのか、トキが腕に力を入れる。そして、ゆっくりと握った手を水中からあげた。

 手の中には、好物のドジョウがビチビチともがいていた。


「おぉっ! トキ、すごいです!」


 思わずパチパチと拍手する。

 でも、大変なのはここからだった……。


「ギャー」

「ガァー」

「グァー」

「グワァー!」

「や、やめろ、お前ら。これは俺が捕まえたドジョウだ」


 周りのサギたちが一斉に騒ぎ始める。食べ物を横取りするつもりなのかな。でもトキは人の姿だから、まるでエサを持ってきた飼育員さんに集まる鳥たちみたいな図になっている。

 さらにわたしの後ろから、違う鳥の鳴き声が聞こえてきた。


「ケッケッケッケッケッケッケッケッケッ!!」

「あっ、ケリが来た」


 チドリの仲間で、翼の先から黒、白、灰色とコントラストが強い鳥が、けたたましく鳴きながら飛んできた。わたしの頭上を越え、トキとサギたちのもとへ突っ込んでいく。


「ケリ、落ち着け。俺はお前の巣を襲う気はない」

「ケッケッケッ!! ケッケッケッ!!」


 ケリはトキの頭をかすめて飛ぶ。今は繁殖期だから、きっと近くの田んぼのうねで巣を作っているのかな。それで、サギたちが騒がしいから、怒ってやってきたみたいだ。

 トキの周りをサギたちとケリがギャーギャーわめく。もはや収拾がつけられないようで、トキが頭を抱えた。

 トキの手の中で必死にもがいていたドジョウが、ポトリ。九死に一生を得て、逃げていった。



   *   *   *



「食べ物捕るのって大変なんですね、トキ……」

「そういうものだろう。もう慣れた……」


 田んぼでの食べ物探しを切り上げて、わたしたちは家路についた。

 トキはふぅっとため息を吐いて、手もとに目を落とす。

 いろいろ大変そうだったけど、金魚鉢には捕ったドジョウや魚が入っている。

 それを見て、トキの表情が少し和らいだ。


「家に帰ったら、ゆっくり食べてくださいね?」

「そうだな」


 せめて家に帰った時くらいは、だれにも邪魔されずに落ち着いて食べてほしい。

 トキは顔を上げ、わたしを見た。


「お前は、食べていけるのか?」

「えっ? は、はい。お金があれば、お店で食べ物が買えるんです。お金は、お母さんが仕送りしてくれるので困ってないですし、ご飯は、カーくんが作ってくれますし……」


 不意に訊かれて答えたけど、食べる物に困らないのかって質問の意味で合っているよね?


「……そうか」


 訊き返そうとしたら、トキがそう言って前を見た。

 どうやら質問の意味は合っていたみたい。けど、どうして急にそんなこと訊いたんだろう。


「ななー、トキー、おかえりー!」

「遅かったな。なにしてたんだ?」


 首を傾げていると、家の前からカワセミくんが出てきた。その後ろにはカーくんもいる。わたしたちの後ろをずっとついてきたハシボソガラスが飛び立ち、カーくんの肩の上にとまった。


「ただいま、カワセミくん。田んぼ回って、そのあとトキが食べ物捕ってたら、遅くなっちゃった」


 家の敷地に入り、わたしはそばに来たカワセミくんの頭をでてあげる。

 ハシボソガラスがカーくんの耳にくちばしを近づけ、コソコソと耳打ちするような仕草をする。カーくんが、持っていたお菓子のビスケットをハシボソガラスへ渡す、振りをして自分で食べた。


「トキー、お魚とってたの?」


 カワセミくんが、金魚鉢を抱えて裏庭へ行こうとするトキを呼び止める。

 トキの肩が、ビクッと上がった。


「おさかな……?」


 カワセミくんがじぃっとトキの背中を見つめた。

 視線に負けたかのように、トキがゆっくりとこちらへ振り返る。


「おしゃかな……?」


 カワセミくんのささやくような可愛かわいい声。

 金魚鉢を見る目が、うるうるとうるんでいる。


「おしゃかな、たべたい……」

「お前、朝食べさせてやっただろう……」

「おしゃかな、もっとたべたい……」

「や、やめろ……。俺をそんな目で見るな……」


 こ、この求めるような甘い声。訴えかける悲しげなひとみ

 今すぐご飯をあげなきゃいけない! あげなきゃっ!

 カワセミくんから発せられるかぎ刺激に、わたしの本能が反応する!


「トキ! カワセミくんに食べ物あげてよ! ちょっとくらい分けてあげてもいいじゃない!?」

「そうだぞ、てめぇ! カワセミが……カワセミがかわいそうだろ!!」

「お、お前ら……」


 わたしはさっき言ったことも忘れて、トキに詰め寄った。

 カーくんも泣きそうな顔でトキの肩をつかんで言う。


「トキー。おしゃかな、たべたい……」

「カワセミ……。くぅっ…………」


 トキは真面目で優しい。けれどもその分、苦労も多いみたい。



   *   *   *   *   *



 ここでわたし、『田浜ななの脳内妄想ミニ鳥レクチャー』!


*アオサギとシラサギ三兄弟

 ペリカン目サギ科

 アオサギは、日本のサギ類の中で一番大きい(約九十三センチメートル)。

 バードウォッチングをしていると、たまに「あそこにつるがおるぞ?」と知らない人に言われ、見てみたら……アオサギでした。ってなることがある。

 ダイ・チュウ・コサギは、大きさが違う三種類のシラサギ。

 ダイとチュウは足が黒いのに対し、コは足指が黄色いのが識別ポイント。

 そして、ダイとチュウの違いは口。口角が目よりも後ろ側にあるのがダイ。口角が目の下で止まるのがチュウ。つまり、より口裂けなのがダイ。

 ……と、図鑑には書いてあるが、これを野外で双眼鏡を使って識別するのは、意外と難しい。


*鍵刺激

 動物に本能的な行動を起こさせる特定の刺激のこと。信号刺激ともいう。

 鳥では、例えばツバメのヒナは、親鳥がエサを持ってくると勢いよく口を開ける。口の中は鮮やかな黄色をしていて、その色が鍵刺激となり、親鳥は「なんだかものすごくエサをこの中に突っ込みたい! 突っ込まなきゃいけない!」となるらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る