3-06 さくせん会議始めッ

「はぁっ!? カワセミがヒトの姿になってる!?」


 学校が終わって帰ってきた夜。

 わたしは居間にトキとカーくんを呼んで、第一回緊急会議を開いた。

 円卓テーブルを囲んで、トキは正座をして、カーくんはあぐらをかいて座る。テーブルの真ん中には、朝拾った羽根。わたしはそれを見ながら、首を縦に振った。


「うん。わたし、見たの。小さな男の子が翼を生やして、飛んで逃げていくのを。それにあの翼、間違いなくカワセミの翼だった」


 背中の鮮やかな青色よりも暗めの青で、見る角度によっては緑色にも見える翼。

 しかもあの子の服装も、髪色も、そして可愛かわいさも、一目でカワセミスタイルだと思った。


「トキとカーくんは気付かなかった? わたしが学校に行ってる間に、見たりしなかった?」

「いや、俺は見ていない……」

「オレも全然気付かなかったぜ……?」


 トキとカーくんはそろって首を横に振る。


「てことは、わたしに用があるのかな? 玄関先に物を置いてたのも、あの子なのかな? あの子、カーくんが拾ってきたカワセミなのかな?」


 次々と疑問が浮かんで、首を傾げる。

 カワセミを助けた覚えもないし、顔見知りのカワセミもいない。心当たりがあるのはやっぱり、前にカーくんが拾ってきて、トキに戻してきてもらったカワセミくんだけだ。


「でもなんで、こそこそしてるんだろう? 今日もすぐに逃げちゃったし……」


 腕を組んで考えてしまう。

 トキやカーくんは人の姿になってすぐに家にやってきた。それなのにカワセミくんは、どうして訪ねて来ないんだろう。玄関に物を置いていたのがあの子なら、もう四日も、人の姿で家の周りをこそこそしていることになる。


「巣立ったばっかりなのに人の姿になって……。ちゃんと親鳥にご飯もらえてるのかな? 大丈夫なものなの? ねぇ、……トキ? カーくん?」


 わたしは心配になってこうとした。けれども、トキとカーくんの様子がおかしい。お互いをちらちらと見て、わたしから目をそらしている。


「どうしたの? カーくん?」

「はっ!? いいい、いや……、べべ、別に……」


 カーくんの肩がビクッと上がって、目が泳ぐ。明らかに挙動不審だ。カワセミくんのこと、なにか知っているのかな。


「なな。実は、ななに言っていないことがある」


 もっと訊こうと思った。けどその前に、トキが口を開く。


「言ってないこと?」


 トキが目配せをするようにカーくんを見る。カーくんは目が合ってまゆをひそめたけど、なにも言わずに足もとに視線を落とした。

 トキはわたしに向き直って、こくりとうなずく。


「あぁ。カワセミを、もとの場所へ戻してきた時のことだ」


 それからトキは、その時の様子を詳しく話してくれた――。


『ここか?』

『うん。ほら、そこに土壁があるだろ。で、あそこに穴が空いてる。あれがカワセミの巣だ』


 とある荒れ地の中、草をき分けて巣の近くまで来たトキとカーくん。トキは辺りを見回した。けれども、他の鳥の鳴き声や気配がしなかったという。


『だれもいないな……』

『もう巣立っちまったんじゃねぇの? オレが拾った時には、穴の中からピーピー他のヒナの声が聞こえてたけどな』


 そう言って、カーくんは土の壁に空いた小さな穴をのぞき込んだという。


『もしも迎えに来なければどうする?』

『んなこと言ってもしょうがねぇだろ? そいつがピーピー鳴いてりゃ親鳥が迎えに来るんじゃねぇか? さっさと置いて、帰ろう……ぜ……?』


 その時、穴の中から突如、生き物の顔が出てきた。


『うわぁっ!?』


 カーくんが驚いて飛び退き、地面にしりもちをついた。

 穴の中から現れたのは、鳥ではなく、一匹のヘビ。


『うっ……、ま、まさか……こいつ……』

『…………』


 カーくんの声が震えた。トキも血の気が引いたという。

 巣から出てきたヘビの体は、まるまると太っていた、らしい――。


うそでしょ……」


 そうつぶやいて、わたしは言葉を失った。トキの顔が青ざめている。カーくんも目を伏せたまま、肩を震わせていた。


「で、あのカワセミくんは? どうしたんですか?」

「ヘビが見えなくなってから、近くの木の枝に乗せた。俺たちを見てじっと震えていたから、そのまま俺たちは帰ったんだ」

「そうですか……」


 呟くように言って、また言葉が出なくなる。部屋の中がしんと静まりかえる。

 ヘビはたぶん、カーくんがカワセミくんを拾った後にやってきたんだろう。巣の中は絶望的。親鳥はどうなったのかわからない。巣の外にいたとは思うけど、もうあきらめて逃げていったかもしれない。カワセミくんのことを迎えに来ていればいいけど、たぶんこの感じだと……。


「でも……それならなおさら、なんでカワセミくんが人の姿になったかわからない。自分だけ助けられたって、恩を感じてるってこと?」


 カーくんに拾われて、わたしの家に来て、わたしが返してきてって言って戻ったら巣が襲われていた。カワセミくんにとってみれば、危うくカーくんやヘビに食べられそうなところを、わたしが助けてくれたって勘違いしているのかな。

 でも、それはいくらなんでも見当違いだ。わたしはカーくんにやっちゃいけないことをしかっただけで、カワセミくんを助けるためにあんなことを言ったんじゃない。


「いや、もしかしたら、その逆かもしれねぇ……」


 ずっとうつむいていたカーくんがぼそりと呟く。手をあごに添えて、浮かない表情を浮かべている。


「逆って?」

「恩じゃなくて、その逆。恨みを持ってるかもしれねぇってことだよ……」

「う、恨み!?」


 わたしはぎょっとしてカーくんを見た。トキの髪の毛もピンと立つ。

 カーくんが眉をゆがめながら、話を続ける。


「前に言っただろ? 鳥は強い想いの力で変化へんげができるって。でも、想いってのは恩とか情とかだけじゃねぇ。憎しみとか恨みとか、そういう想いだってある。強い想いを感じた鳥は、その想いを返すために変化をして、相手のもとへやってくるんだ」


 いつもは軽く楽しげにしゃべるカーくんなのに、今は怪談を話すように口調が重々しい。カーくんの声色にまれ、部屋がどんどんと暗くなる。


「『舌切りすずめ』って話を知ってるだろ?」

「う……うん」

「あの話で、雀はじーさんに助けられた恩を返すが、それだけじゃ終わらなかっただろ? ばーさんに舌を切られた恨みを晴らして、ようやく雀は満足する。あの話は、じーさんへの恩返しの話でもあるが、ばーさんへの仇討あだうちの話でもあるんだ」


 まぁ、あの話も、結局はヒトが作った話だけどな……。

 カーくんはそう付け加えるけど、全然フォローになっていない。


「そ、それで、なんでカワセミくんは、恨みを持ってるの?」

「あのカワセミはオレに捕まって、ななに戻れと言われて、巣に戻ったら他のヒナや親鳥がいなくなっていた。だから、家族がいなくなったのは、全部ななの仕組んだことだって勘違いして、ヒトの姿になって恨みを晴らしに来たんじゃねぇか?」


 部屋に漂う陰湿な空気。カーくんは悪寒が走ったのか、ぶるぶると身震いをする。トキは顔面蒼白そうはくで、今にも倒れてしまいそうだ。わたしは震える声を絞り出す。


「そ、それじゃあ、玄関先に物を置いたのも、恨みを晴らすための嫌がらせってこと?」

「たぶんな……」


 今まで玄関先に置かれた物を思い出す。

 一日目の魚は、もしも踏んだら大惨事になっていた。二日目の石は、実際に踏んで転びそうになった。三日目の花は、お隣さんの花を抜いて、罪をなすりつけようとしていたのかな。そして今日の羽根は、きれいで正直拾ってうれしかったけど、自分の身体の一部を抜いて置いたってことだよね。人で言うと、髪の毛の束が玄関先に置かれていたら……、まさか、呪術的ななにかなのかな!?


「もう、どうするの!? カーくんのせいだよ!」

「なっ、なんでだよ!? ななだって自分も悪かったって言ってたじゃねぇか!」

「そうだけど……、そうだけど!」


 まとめると、カワセミくんは、家族がいなくなったのはわたしのせいだと思って、人の姿になって恨みを晴らそうとしている。だから、こそこそと家の前に変な物を置いて、嫌がらせしている。……かもしれないってこと。

 鳥に、しかもカワセミに恨みを持たれるなんて、これからバードウォッチングが怖くてできない。というか、怖くて今夜眠れないじゃない!?


「落ち着け。今のはカラスの推論でしかないだろう? カワセミ自身がなにを考えているのかは、今の段階だとまだわからない」


 トキが真っ青な顔をしながらも、自分に言い聞かせるように口を開く。


「ヒトの姿になったということは、恩であれ恨みであれ、ななに伝えたいことがあるはずだ。それを直接、カワセミに訊くしかないだろう?」

「そ、そうですね……」


 トキの言葉で、わたしとカーくんは少し落ち着く。

 カーくんが腕組みをして、またなにか考え始めた。


「こうなったら、明日カワセミを捕まえて訊いてみるか?」

「で、でも、鳥を捕まえるのは……」

「んなこと言っても、相手はヒトの姿になって、ななに嫌がらせしてるかもしれねぇんだぞ。このままにしとけば、どんどんエスカレートするかもしれねぇだろ」


 カーくんの言葉に言い返せなくなる。続けてトキも、口を挟む。


「それに、あの姿のまま外にいるのは、ヒトとしてもまずいことだろう? どこに隠れているかわからないが、もしもヒトに見つかったり、翼を見られたりすれば、カワセミ自身が危険かもしれない」


 確かに、小さな子どもが一人で外をうろうろしていたら、たとえ田舎町だとしても危ない。悪い人に捕まるかもしれないし、良い人に見つかっても、もし今日みたいに翼を使って飛んでしまったら……。『翼の生えた男の子現る!?』って大騒動になってしまう。


「うぅ~ん……、わかった。でも、どうやって捕まえるの――?」


 こうして、カワセミくんの捕獲作戦が、スタートしたのだった。

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