3-05 はらん開幕とイコォ

 異変が起き始めたのは、カワセミを返した次の日の朝だった。


「いってきまーす」


 わたしはいつものように玄関で靴を履き、かばんを持つ。

 戸を開けて、一歩踏み出そうとした。その時。


「わっ!?」


 玄関先に、小魚が一匹落ちていた。


「もう、トキー! 魚、落としてますよー?」


 わたしはトキを呼んだ。今朝、食べ物を捕りに行っていたから、持ってくる途中にこぼれてしまったのかなと思った。

 トキが廊下から出てきて、魚を見て首を傾げる。


「魚……? いや、俺は……」

「気付かないうちに、飛び跳ねて落ちたんじゃないですか?」

「いや……」


 トキは不思議そうな顔をしながらも、魚を捕まえる。気付いていたらすぐに拾うだろうし、目に入っていなかったのかもしれない。

 ただ、玄関のすぐ手前なんて、裏庭に行く時は通らないと思うんだけど……。


「これからは気を付けてくださいね? 危うく踏むところでしたから」

「あぁ……」


 そう言って、トキはまた首を傾げて魚を見つめる。そして、口を開いて魚を……。


「そ、それじゃあ、行ってきます!」


 わたしは逃げるように、家を後にした。



 そして、また次の日。


「ヤバい、遅刻する! いってきまーす!」


 朝、わたしは慌てて玄関で靴を履き、鞄を持つ。

 戸を開けて、一歩踏み出した。その時。


「きゃっ!?」


 なにか硬い物を踏んで、バランスが崩れる。とっさに戸に捕まって、転ばずにすんだ。


「なな、どうした? 大丈夫か?」

「う、うん。なにこれ?」


 わたしの声を聞いたカーくんが廊下からやってきた。わたしは踏んだ物を確認する。

 玄関先に置かれていたのは、丸い小さな石ころ。


「もしかして、カーくんが拾ってきたの?」


 カーくんはたまに、道端で見つけた物を拾ってくる。キラキラした物とか、変な形の物とか、拾い癖があるらしい。この石も丸くてつるつるしているから、気に入って持ってきたのかな。


「こんな石見たことねぇけど……。でも、面白い形だな。もらっていいか?」

「うん。見つけて落として、忘れてたんじゃない?」


 ただ、一つ疑問に思ったのは、カーくんは普段、玄関から出入りはしない。

 男子が女子高生一人暮らしの家に出入りしているとご近所さんにうわさされないよう、トキとカーくんには裏口から人の様子をうかがって、外へ出るようにお願いしている。

 だから、そもそもこんな玄関先に、カーくんが物を落とすかな……?


「あっ、ヤバッ、遅刻しそうだったんだ! それじゃあカーくん、行ってくるね!」


 浮かんだ疑問はすぐに吹き飛び、わたしは慌てて、家を後にした。



 そして、またまた次の日。


「はぁ!? だからオレじゃねぇって言ってるだろ!」

「だったらなぜなくなっている。お前以外に心当たりがない」

「だからって、勝手にオレを犯人にすんじゃねぇ!」


 今日は朝早くからトキとカーくんがケンカをしていた。原因は、トキの捕った食べ物がなくなっていたこと。朝、いつものように金魚鉢に食べ物を入れて、裏庭のベンチに座って食べようとしたらしい。けれどもちょっと目を離したすきに、中にいた食べ物がいなくなっていたという。


「あの時裏庭にいたのは、俺とお前だけだ」


 トキが珍しく怒っていて、頭の髪をピンピン立てながらカーくんに言う。


「そん時オレは洗濯物干してただろ! てめぇと離れてたし、一瞬で捕って食えるわけねぇだろ!」

「だったら、なぜ俺のドジョウがなくなったんだ」

「知らねぇよ! だからオレじゃねぇって!」

「ストップ、ストップ! もう、朝からケンカしないで!」


 間に入って二羽を止める。二羽はお互いをじっとにらんで、フンッとそっぽを向いた。今から学校へ行かなきゃいけないのに、大丈夫かな。


「それじゃあ、行ってくるね。ケンカしちゃダメだよ?」


 心配だけど、もう出発する時間だ。わたしは念を押してから、玄関へ行き、靴を履いて戸を開ける。

 すると、また。


「えっ!? 今度は花?」


 玄関先に一輪のチューリップの花が置いてあった。引き抜かれたように根っこもついている。しかもこれって、お隣さんの花壇に植えられていた花かも。


「こんなことしたの、だれ!? トキ? カーくん?」

「俺ではない」

「オレでもねぇよ!」


 やってきた二羽にいても、首を横に振られる。だったら、なんでこんな物がここに?


 ガサガサッ!


 その時、家の前の生け垣が動いた気がした。顔を上げて見るけど、なにも変わった様子はない。


「あっ、もしかしてネコじゃねぇか? 隣の家の?」


 カーくんがポンッと手をたたいて言った。ネコが花を引っこ抜いて、持ってきたのかな。ひょっとしてトキの食べ物を盗ったのも、ネコの仕業かもしれない。


 その後、花のことはわたしがお隣さんへ謝りに行った。お隣さんでも最近、買ってきた魚がなくなる事件があったという。

 今日のことは結局、ネコが犯人かもということで、うやむやになってしまった。



 そして、またまたまた次の日。


「行ってきまーす……」


 わたしは靴を履いて、鞄を持ち、玄関の戸をゆっくりと開ける。

 まさかとは思っていたけど、やっぱり玄関先になにかが置かれていた。

 今度は、小さな羽根。


「これって……?」


 しゃがんで、その羽を手に取る。

 全体的に黒っぽいけど、見る角度によって青や緑に見える羽根。

 やっぱり変だ。なんで四日連続、玄関先に物が……?

 しかも、この羽根って……。


 ガサガサガサッ!


 その時また、家の前で物音がした。すぐに顔を上げる。

 一瞬見えたのは、人の影。しかも、子ども。

 

「えっ? 待って!」


 わたしは驚きながらも、その子を追って走った。家を出て、道路に出る。

 お隣さんの家の前にその子がいた。わたしは慌てて声をかける。


「待ってよ!」


 その子が立ち止まり、こっちを振り返る。

 小学校低学年くらいの男の子。

 まるで翡翠ひすいのような青緑色の髪が、ふわりと揺れた。

 前はオレンジ、後ろは青色をした大きめのパーカーをすっぽりかぶるように着ている。


「この羽、君が? あっ」


 訊こうとした、けれども男の子はなにも言わず、くるりと背を向けた。

 次の瞬間、その背中にふわりと翼が現れる。

 髪と同じ色をした翼をはためかせ、あっという間に飛んでいってしまう。

 わたしは、その場に立ち尽くした。


「ま、まさか、あの子……」


 手に握りしめていたカワセミの羽根が、ぽろりと落ちた。


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