3-07 いざ鳥男子キャッチ

 次の日の朝。

 日が昇ると同時に、作戦は開始された。


「よっしゃ! 第一作戦、開始だぜっ!」


 場所は玄関。

 カーくんはドアのそばで、外から見えないように壁に背を付けて立っている。

 わたしとトキは廊下の角で、そんなカーくんを見守る。


「本当に大丈夫なの、カーくん?」

「まぁ、見とけよ? 一瞬で片付けてやる」


 カーくんが捕まえる前からドヤ顔で言った。

 なんだかわたしは、カーくんよりもカワセミくんのほうが心配になってきた。


「来たぞ」


 その時、わたしの頭の上から、ドアを見ていたトキが声を潜めて言った。

 りガラスの向こうに、人影が動いている。こっちへ近づいてくる。

 はっきりとは見えないけど、小さな子ども。服の色はオレンジ。たぶん、昨日のカワセミくんだ。


「よし、来い……」


 辺りに走る緊張。

 カーくんが小声で言って、ドアの引き手にそっと手を置いた。

 人影がどんどん大きくなる。

 ドアのすぐ前まで来て、止まる。

 なにか持っているのか、両手を胸の前に抱えている。

 影が、ひざを折り、その場にしゃがみこんだ。


 その刹那せつな


「覚悟しやがれぇっ! カワセミィィィイイイイイ!!」


 カーくんがドアを思い切り開けっ放し、えた。


「っ!?」


 開いたドアから見えたのは、予想通り昨日の男の子――カワセミくんだ。

 びっくりした様子で、ぱっと顔を上げてカーくんを見る。

 カーくんの手が、カワセミくんの身体へと伸びる。


「捕まえ、たっ!?」


 けど、その手が触れるよりも早く、カワセミくんは翼を広げて後ろへと飛び退いた。

 まるでバク宙をするように、くるりと一回転をして家の前にふわりと着地する。

 カーくんは虚空をつかみ、バランスを崩して前方へ傾く。


「っと!? てっめぇ! 待てっ!」


 地面に手をついて、カーくんは前を見た。

 クラウチングスタートをきるように、起き上がって走り出す。

 けど。


「ガァッ!?」


 一歩目でなにかを踏んで、また前のめりにこけた。

 カワセミくんがさっき置いた物。

 しかも、り上げられたそれが、わたしに向かって飛んでくるっ!?


「きゃっ!?」


 わたしはとっさにしゃがんで、それをかわす。


「タァッ!?」


 代わりに後ろにいたトキの顔が、犠牲となった。


「ト、トキ!? ごめん、大丈夫? ……って、これ、ナマコ!?」


 トキの足もとに落ちたのは、いぼのようなものがぶつぶつ付いている茶色い一塊。地元の地味な名産品だ。

 やっぱり、こんな物を持ってくるなんて、嫌がらせなのかな……?


「くすくす……」


 鈴を転がすような声が聞こえて、前を見る。倒れたカーくんの先で、カワセミくんが長めの袖口そでぐちを口もとに当てて笑っていた。その姿は、可愛かわいいけど一物ありそうで怖い。


「な……、めた真似まねしやがって……!」


 カーくんが怒り心頭に発した様子で起き上がり、カワセミくんへと飛びかかる。

 けれども、カワセミくんはジャンプをして真上に飛んだ。


「くっ!?」


 カーくんはまたも空気を掴まされる。


「速い……」


 顔を押さえながらトキがつぶやいた。カーくんは後ろを振り返り、頭上を見る。わたしとトキも外へ出て、カーくんと同じ、屋根の上を見た。

 カワセミくんが屋根の上に立ち、先ほどと同じように、口に袖口を当てて笑っていた。


「ぐぅっ……バカにしやがって……!」

「あっ!? カーくんダメ!」


 カーくんの背中からふわりと翼が揺れる。わたしの制止も聞かずに地を蹴って、屋根の上に飛び乗った。

 カワセミくんはすぐ近くに来たカーくんをひらりとかわす。そのまま、屋根の上をトトトンッと身軽に走り出した。カーくんも、その後を追う。


「待てっつってるだろっ! ……ガァッ!?」


 けど、こっちは三歩も走らないうちに、かわらに足を滑らせた。そのまま。


 ドサッ!!


「いってぇっ!?」

「カーくん、大丈夫!?」


 こけて、飛ぶ暇もなく玄関先に落ちる。

 カワセミくんが屋根の上から顔を出す。またくすくすと笑って翼を広げ、お隣さんの家の上を飛んで逃げて行ってしまった。


「くっそぉっ! こうなったらオレの群れ総出で捕まえて、」

「カーくん待って! そんなことしたら怪しい上にいろいろダメだから!」


 片手を上げて群れを呼ぼうとするカーくんを止める。男の子が路上でカラスの群れに取り囲まれるなんて、目立つ上に鳥的にも人的にも問題がありすぎる。

 あえなく、第一作戦は失敗に終わってしまった。



 続いては……。


「俺の出番だ。第二作戦を始める」


 玄関先で、トキがキリッと宣言した。


「……てめぇなんかが、あんな速いやつ捕まえられるわけねぇだろ?」


 カーくんが地べたに座って、あきれ顔で言う。わたしは家から救急箱を持ってきて、カーくんの腕に絆創膏ばんそうこうを貼っていた。トキがカーくんをにらみながら、言葉を返す。


「むやみに追えば逃げられるだけだ。だったら、こちらへおびき寄せればいい」


 そう言って取り出したのは、いつも持っている金魚鉢。中には水が入っていて、一匹のドジョウが泳いでいる。


「なるほど! エサで釣る作戦ですね!」

「あぁ。だが、このドジョウをやるつもりはない」


 あくまでドジョウは、食べられたくないんだ……。


「でも、カワセミはもう行っちまったぞ? そのままずっと待ってんのか?」

「いや。呼べば来るだろう」

「「呼ぶ?」」


 わたしとカーくんは同時に首を傾げた。

 トキが自信ありげにうなずく。足もとに金魚鉢を置き、足を肩幅に開き、おもむろに両手を筒状にして口に当て、息を吸った。


「るーるるるるー!」


 わたしはとっさに、声を出さないよう口に手を当てた。


「ブブブーうぐっ!?」


 ついでに隣で吹き出したカーくんの口も押さえる。


「るぅーるる、るぅー!」


 ダ、ダメ! トキは真剣にやっているんだから、笑っちゃダメ!

 声が棒読みな上に、かなり音が外れているけど、絶対笑っちゃダメ!

 ていうか、それ、本当に来るのかな? キツネでも来ないと思うけど……。


 ヒョコ?


「「来た!?」」


 家の前にある生け垣から顔を出したカワセミくんに、わたしとカーくんは同時にツッコんだ。


「やはり、動物はこうして呼べば来る。施設で教えてもらった通りだ」


 トキがこくこくと頷きながら呟く。そんな知識、だれに教えてもらったんだろう……。


「それで、これからどうするんですか?」


 わたしは気持ちを落ち着かせて、トキに小声で訊いた。

 トキが金魚鉢を持ち上げて、答える。


「あとは食べ物を見せながら、ゆっくりと近づけばいい。極力目を合わせず、敵意を向けなければ、相手も警戒を解くはずだ。ななたちはそこで見ていろ」


 そう言って、トキは金魚鉢を両手に抱えてゆっくりと歩いて行く。

 カワセミくんが顔を上げたり下げたり、トキの顔と金魚鉢を交互に見ている。

 金魚鉢のドジョウが気になるのか、逃げる気配はない。


「カワセミ」


 トキがカワセミくんのすぐそばまで行く。ゆっくりひざを折って、その場にしゃがむ。

 カワセミくんは、トキの顔を見てカクッと首を傾げた。


「俺はお前に、きたいこと、」


 ビシャッ!!


「がっ……!?」


 カワセミくんが金魚鉢に両手を突っ込み、ドジョウを掴んで逃げていく。

 後に残されたのは、水だけが入った金魚鉢と、水浸しになったトキの顔。


「プッ!? てめぇ、鈍すぎるだろ!?」


 もはやカーくんがこらえきれずに、お腹を抱えて笑い出した。


「…………俺の、ドジョウ」


 前髪からポタポタと水を垂らしながら、トキが恨めしい目でカワセミくんが消えた空を睨んだ。



 そして、続いては……。


「こうなったらわたしが本気を出すよ! 第三作戦、始動!」


 まさかわたしの出番になるとは! 腕まくりをして気合いを入れる。


「なな! オレたちの分まで頼んだぜ!」

「それで、これはなんだ?」


 トキがわたしの持ってきた物を見て首を傾げる。

 大きめの段ボール箱と木の棒と縄。

 わたしは自信満々に、両手を腰に置いた。


「ここは人間らしく、頭と道具を使うんです!」


 そう言ってわたしは、仕掛け作りに取りかかる。

 段ボール箱の開いた側を地面にかぶせ、箱の一辺を上げてY字の棒を立てかける。棒には長い縄を結び付ける。そして、箱が被さっている地面の上には、さっきトキに捕ってきてもらったドジョウを、また金魚鉢の中に入れて置いた。


「これで、食べ物に釣られてカワセミくんが箱の中に入ったら、縄を引っ張るんです。そうすれば棒が取れて、箱が被さって、捕まえることができる!」

「ほぅ。さすがヒト」

「すげぇぜ、なな! 天才すぎ!」


 図工は苦手だったけど、我ながらに上手くできたわな。トキもカーくんも褒めてくれて、ちょっと調子に乗ってしまう。

 準備はすべて整った。罠を玄関先に置いて、わたしたちは家の角でカワセミくんが来るのを待つ。


「段ボール箱は軽いから、開けて逃げられるかも。だからもし掛かったら、すぐに箱を押さえに行ってね?」

「OK! わかったぜ!」

「……俺のドジョウ」

「トキ、一匹くらいあきらめてくださいよ? カワセミくんを捕まえるためですから」

「一匹ではない。二匹だ……」


 トキ、食べ物のことになると結構こだわる、というか根に持つんだ……。


「おい、なな? 箱、動いてるぞ!」

「えっ!? 本当だ!」


 カーくんに言われて、わたしは罠を見た。段ボール箱が揺れている。カワセミくんが入ったんだ!

 わたしは手にしていた縄を思い切り引っ張った。棒が外れ、箱が被せられる。


「捕まえた! 早く押さえて!」

「よっしゃ!」


 わたしたちは走って罠のもとへ行く。トキとカーくんが段ボール箱の底を押さえた。中ではガサゴソと暴れる音がする。わたしたちは箱の周りを取り囲んだ。


「逃げられないように、でもそっと捕まえてね?」

「わかってるって! カワセミ、おとなしくしろよ!」


 カーくんが地べたに座って、箱の下から手を伸ばす。

 箱の中から声が聞こえた。


「おい? 今の声……」

「あれ? お前、なんでこんなにフサフサして……」


 人でも鳥でもない。カーくんが、首根っこを掴んで引っ張り出してきたのは……。


「ニ゛ァァアアアアッ!!」


 怒ったお隣さんのネコ――トラちゃん!?


「「う、うわぁぁあああああああ!?」」


 二羽の断末魔のような悲鳴が、辺りにこだました。


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