1-03 時に再開

「はぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろう……」


 客間で座り込み、わたしはため息と独り言を吐く。

 視線の先には、畳の上で横になっている不審者。

 結局、不審者といえども気を失った青年を放置するわけにもいかず、引っ張って玄関から一番近いこの部屋に寝かせてあげた。


「ネコであれだけの悲鳴を上げるって、大のネコ嫌いとか、ネコアレルギーとかなのかな? でも、命狙われてるって言ってたよね……。やっぱりだまされたのかな? でも……」


 不審者は未だに目を覚まさない。額が赤くれているから、れタオルをかぶせておいた。救急車を呼ぼうか考えたけど、出血はしていないみたいだし息も規則正しいから、ひとまず様子を見ることにする。


「警察も……起きて話を聞いてからにしようかな……」


 正当防衛とはいえ、加害したのはわたしのほうだし……。


「凶器とか怪しい物も、持ってない、よね……?」


 首を伸ばしたり縮めたりして、キジバトみたいに観察してみる。着物のたもとを揺らしてみたり、懐をつついてみたり。けど、なにもない。財布とか携帯電話さえ、持っていないみたい。


「あれ?」


 調べていると、首に巻かれたストールの下に光る物が見えた。

 気になって、布をそっとめくってみる。

 首に掛けられたのは、赤いひも。そこには、四つのリングが付けられていた。

 一つ目は、なにか文字が刻印された金属製のリング。二つ目は、三桁の番号が書かれた平たい筒状のリング。そしてあとの二つは、白と黄のプラスチック製のリング。


「これ、どこかで見たことあるような……」


 おしゃれなネックレスとは言い難い、無骨な首飾り。でも、なぜかわたしには見覚えがあった。金属製のリングになにが書かれているのか見ようと、手を伸ばす。

 その時。


「うぅ……」


 不審者が薄らと目を開ける。


「あっ、気がつきましたか?」


 わたしは伸ばした手を引っ込めようとした。

 不審者のひとみにわたしの手が映る。

 その瞬間。


「うわぁっ!?」


 突然不審者はバネがついたように飛び退く。後ずさりをして、壁に背中を押しつけた。さっきまではペタンと平らだった頭頂部の髪の毛が、妖気を感じたヤツガシラみたいにピンと立っている。


「な、なぜヒトがここに……!? 俺は……はっ、そうか……俺はこの姿になって……」


 不審者は自分の手を見て、その手で顔を押さえて、ブツブツと独り言をつぶやく。


「あ、あのー?」


 わたしは恐る恐るもう一度声を掛けてみた。

 不審者がはっとわたしを見る。


「お前は……。ここは? あのネコはどうした?」

「ここはわたしの家です。あのネコは帰って行きましたよ」

「そうか……。また、助けられたな」


 不審者はようやく落ち着いたらしく、肩の力を抜いた。


「ネコくらいで大げさなこと言わないでください。というか、またって? あなた、一体だれなんですか?」


 わたしは頭の中が疑問符だらけで、不審者に詰め寄るようにいた。

 不審者が、困ったようにまゆをひそめる。


「……正体を、言う約束だったな」

「はい。言わないと、本気で警察に通報しますからね」


 そう言うと、不審者は小さく息を吐いた。居住まいを正して、意を決したように口を開く。


「俺は、トキだ」

「……えっ?」


 一瞬「トキ」さんって名前の人かと思って訊き返す。

 けれども目の前の不審者は、大分真面目な顔で言い放つ。


「俺は、昨日お前に助けられた鳥の、トキだ」

「……へ?」


 間の抜けた声を出すわたしに、不審者は説明を始める。


「『つるの恩返し』という話を知っているだろう?」

「あ……はい」

「あの話で語られている通り、俺たち鳥は、なにかに対して強い恩を感じた時、その恩を返すために姿を変えることができる。鶴がヒトの姿となって恩を返したという話は、俺たちにとっては古くから伝わる美談であり、成功例だ」


 瞳の奥に、口がぽかんと開いたわたしの顔が映っている。それを気にもとめず、彼は言葉を続けた。


「俺は、お前に恩を返すためにここに来た」

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