1-02 突然の訪問者

 次の日の夜。


「神様仏様ご先祖様、どうか明日こそ、トキに会えますように……!」


 わたしは日頃滅多に行かない仏壇の前で、未練がましく神頼みをしていた。

 朝、外へ出てみると、例の柿の木にトキの姿はなかった。その後、丸一日かけて探し回った。けれどもその姿を再発見することはできなかった。


「近づきすぎません。驚かせません。もし願いを叶えてくれたら、その恩は一生忘れません……」


 もう別の場所へ飛んで行ってしまったのかもしれない。それならいいけど、まさか昨日の事故で弱って、どこかで力尽きたのでは。そんな不安が頭をよぎる。


「せめて生きているか知りたいんです。できれば足環あしわを確認したいんです。欲を言えば写真を撮りたいんです!」


 そしてなによりも、鳥好きとして抑えきれない好奇心が、わたしを駆り立てていた。

 こんな私利私欲を神様仏様が聞いてくれるかは知らない。けど、きっと天国にいるお父さんなら、わたしの気持ちをわかってくれるはず!

 そう思って、頭の上で手をこすり合わせてお願いする。

 と、その時。


 ドンドンッ、ドンドンッ。


 突然、玄関でドアのたたく音が聞こえてきた。


「あっ、はーい!」


 わたしは返事をして立ち上がる。

 こんな時間にだれだろう。インターホンあるのも気付かないなんて。町内会の人か、配達員の人かな……。

 玄関に行くと、りガラス越しに、白っぽい服を着た人物が映っていた。

 なんの気なしに、引き戸のドアを開ける。


「どちらさ……っ!?」


 相手を見た瞬間、心臓がヒヤリと波打った。

 そこにいたのは、見知らぬ青年。

 端正な顔立ちに、短い黒髪。だけど前髪だけはメッシュをかけたように赤く染まっている。すらりとした華奢きゃしゃな身体には、真っ白な着物を身にまとい、首には淡い朱色のストールが巻かれていた。


「やはり、ここだったか」


 青年がぼそりとなにかつぶやく。

 一呼吸置いて、淡い黄色のひとみにわたしの姿を映して言う。


「俺は旅をしている者だが、道に迷ってしまった。良ければここで泊めてくれはしないか?」


 台本通りと言わんばかりの棒読み声音。

 まるで昔話に出てきそうな台詞。

 わかりやすすぎる虚言。


「……おい?」


 青年の問いかけに、はっと我に返った。

 とりあえず、わたしは、


 ガラガラガラッ! ガンッ! カシャッ!


 ドアを閉め、かぎを掛けた。


「ななな、なんだろう!? 宗教勧誘? 押し売り? まさかの誘拐!?」


 白装束の怪しい人が、明らかなうそを吐いて家に上がり込もうとしている!?

 家にはわたし以外だれもいない。変な汗が身体から吹き出す。

 ドアの向こう側から、ドンドンと叩く音が聞こえてきた。


「おい、なぜ閉める?」

「あ、あの、あなただれですか?」


 もしかしたら、自分の知らない遠い遠い親戚が訪ねてきたのかも。その可能性にけて、できるだけ落ち着いていてみる。


「それは……、言えない」


 はい、身元不明の不審者決定!


「だったら、お引き取りください! 泊まりたいなら、駅前に民宿がありますからそこで泊まってください!」

「お前の家でなければダメなんだ」

「なっ!? なんですか! 警察呼びますよ!」

「ケイサツ……? あぁ、警察。いや待て、俺は怪しい者ではない」

「怪しいですよ、どう見ても!」


 不審者はなかなか引き下がらない。わたしが一人暮らしだということを知って、あえて狙ってきているのかな。


「おかしいな……。あの話ではこれで上手くいくはずなんだが……」


 ドアの向こう側で、ブツブツと独り言が聞こえてくる。


「と、とにかく、身元もわからないような人を家に上げるなんてできません! 帰らないなら、警察に電話しますから!」


 わたしは居間に置いてきたスマホを取りに行こうとした。

 けど、それに気付いたのか、不審者が慌てて声を掛けてくる。


「待て! ……わかった。正体を言う。俺は……ん?」


 けれども話の途中で、声色が変わった。


「なぜお前がここに……。まさか、俺を追ってきたのか!?」


 どうしたんだろう。まるで後ろから、出会ってはいけない人がやってきたみたいだ。

 わたしは廊下の途中で足を止めてしまう。


「待て、来るな……! おい、頼む、ここを開けてくれ!」


 切羽詰まる様子で、不審者はドアを勢いよく叩く。


「もしかして、警察に追われてるんですか?」

「違う! 命を狙われているんだ!」

「命!?」


 不審者の言葉に並々ならぬ危機感が込められていた。

 思わず玄関に引き返し、鍵に手を掛けてしまう。

 いやでも待てよ、そうやって緊迫感を出して家に入る作戦なのかも。


「あ、あの、だれに追われて……」

「や、やめろ……! うぁああああっ!?」

「えっ、ちょっと!?」


 鼓膜を揺さぶる絶叫に、思わず鍵を開けてしまう。

 その瞬間、ドアが勢いよく開かれた。

 不審者が、わたしに向かって飛びかかってくる!?


「きゃぁああああっ!?」


 反射的にわたしは身を翻し、相手の服をつかんで床に押し飛ばす。


「タァッ!?」


 バタンッ!!


 不審者が玄関の床に頭をぶつけた。


「あっ……。えっと……、大丈夫、ですか……?」


 恐る恐る声を掛けてみるけど、気を失っているらしく動かない。


「あっ、そうだ。まだ外にだれか……あれ?」


 わたしは後ろを振り返り、外の様子をうかがう。

 でも、そこにいたのは。


「ニャー!」

「トラちゃん!?」


 昨日も会った猫のトラちゃんが、まゆつばをつけながら足もとに座っていた。

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