第151話 水中行進

 空気の膜に包まれた俺達は、ズブズブと海中へと沈んでいく。


 この国は外側がすぐに深い海となっている。

 いわゆる海岸といったものは存在しない。

 1歩足を踏み出せば、そこは海中数百メートルの世界にようこそだ。


「このまま沈んでくだけ?」

「まさかぁ。アイラが前へ推進させてくれるわよ」


 どうやら膜を張っているのは《魔女》の魔法であり、移動に関してはアイラが担当しているようだ。


「それにしては沈むだけだよ……。本当に大丈夫なのかい?」


 《骨喰い》が怯えながら言った。

 何に対してそんなにビクビクする必要があるのか。


「わざわざ隠れていくような真似などせんでも、私が殲滅してやるのにな」


 《拳闘獅子》は先程までのテンションはどこにやら、じっとしているのが苦手かのように不満を垂らしている。


「アイラ大丈夫か?」

「大丈夫…………たぶんこれで前に……」


 膜に包まれたイカダは下に沈むのではなく、前に方向を切り替えた。

 イカダが移動しているというよりも、前方の水が左右に掻き分けられて押し出されているかのようだ。


 昨日見た水魔法の特訓は、水の流れを操作するための魔法だったのか。


「明かりはランプでつけるか」


 水深50mほどを潜行しているため、陽の光がうっすらとしか届かない。

 前方を確認するためにも、明かりは必要だろう。


「途中で浮上して休憩を取りながらにしましょう」

「魔力的な問題だったりもありますもんね」

「それもあるけど、どちらかと言えば問題は、密閉空間に長いこといると息が苦しくなることね」

「原因不明の事象だな。毒に近いだろう」


 それは恐らく……酸欠になるってことかな?

 確かにこの狭いところに6人もいたら、すぐに息苦しくなりそうだ。


 それにしても、この膜はちょっとしたことで割れたりしないのだろうか。

 酸欠よりも、そちらの方が心配だ。


「ミーアさん、この膜ってどれほどの強度があるんですか?」

「気になる?」

「そりゃ気になりますよ。生き物が突然突っ込んできてゲームオーバーなんて、嫌ですからね俺」


 後ろで《骨喰い》もハイハイ俺もと手を挙げていたが、俺は見ないことにした。


「そうね…………膜という表現が良くないわ。実際は敵の攻撃を防ぐための防護壁プロテクションだもの」

「なるほど」


 空気の膜ではなく、身を守るための魔法壁だったか。

 それなら安心?



 ※    ※    ※



 30分ほど、何もない海中をただただひたすら進み続けた。


 流石にアイラの顔に疲れが見え始めたため一言、《空ノ神》に進言して休憩を取ることとなった。

 既に場所的にはローズフィリップの領土内になるため、ゆっくりと浮上し、周囲を伺った。


 両翼の水幅が100m以上あるため、敵に見つかる心配は無さそうだ。


「ちっ、誰もいないか」

「お前だけだ、残念がってるのは」


 悔しそうにしている《拳闘獅子》に空ノ神が言った。

 そろそろ八つ当たりでこちらに攻撃してこないか不安になる。

 それにしても良い天気だな。


「はーっ…………疲れた」

「お疲れさん」


 やっと一息つくことができたアイラの肩を揉んでやった。


「んっ……気持ちいい〜……」


 恍惚そうな表情を浮かべて気を許すアイラ。

 そんな姿を見ていると思わず悪戯心が芽生えてきてしまう。


 ダメだダメだ。


 シーラの時も同じようなことがあったような気がする。


 アイラの猫耳を弄くり回すなんてことしたら、きっと機嫌を損ねてしまうに決まってる。

 そしたら移動方法が無くなっちゃうよ。


 鎮まれ俺の右腕……!


「左側に見える大橋。本来はあれが正しい通行路になる。とはいえ、結局男は通ることが出来ないんだがな」

「女の人は通れるんですか?」

「ローズフィリップは男を食い物にする痴女だが、それ以前に女好きでも知られている。要はどっちもイケる雑食ってことだな」


 百合属性持ちかよ。

 堪らないな。

 三代目勇者一行のナイルゼン・ベールがこの話を聞いたら、俺と夜通し話が出来そうだ。


「でもそれならリーさんとミーアさんが行けば…………とも思ったけど、2人で魔王は倒せないか……」

「何だと……!! 貴様、私が魔王に負けると思っているということか!」


 《拳闘獅子》の牙がこちらに向いてきた。

 やべぇ。


「揺れるから暴れないでください。向こうには魔王だけじゃなくて魔者もいるんですよ。物理攻撃が効かない魔法とか使われたらどうするんですか」

「そのために魔女がいるんだろう」


 なるほど。

 自分が足りない部分については、力を借りることを厭わないわけか。

 思わず納得しちゃったよ。


「いくら私でも、魔者を何人も相手にしたら魔力が切れてしまうわよ。私の魔法はあくまで補助系がメインなんだから」

「そもそもの話になるが、あの橋は人間は通れない。俺達が魔族の領土にいられたのは、ジェイドロードと協力体制にあったからだ。領土が変われば人間は敵対対象に変わるだろう」


 《魔女》と《空ノ神》が可能性を否定した。


 それを聞いて《拳闘獅子》はフンとそっぽを向き、ドカリと座った。

 ぶん殴られるかと思ったよ。


「もうしばらく休憩したら、また進もうか」


 俺達は日光浴をしながらしばらくの間、水上で休憩をとった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る