第142話 美味しい思い

獅子脅しを抜き出し左手に持ち替え、右手で雷鳥を把持はじする。

 ガルム流の型のない剣術だ。

 以前、グリムと戦った時は単純な剣術のみで、型にはまった動きをする神剣流に圧倒された。


 しかし今回は銃も魔法も使っていいとされた。

 それならば、こちらも全力で挑める。


「ほう、中々様になっているな」


 剣聖は手に持っていた鞘から剣を抜き出す。

 刃体の長さが1m近くあり、その刀身は限りなく薄い。

 1枚の紙と同じ薄さだ。


「叩けば折れそうな剣ですね」

「ガリレオが打った一級品だ。強度は見た目にそぐわないぞ」


 こんなのを作れる刀鍛冶がいるのか。


 リーチが長い分、中途半端に距離を空けると不利になるか?


「ヤシロ頑張って!」

「それじゃあ始めるよ。両者、構えて」


 剣聖は剣道の構えのように、刃先をこちらへ向けて剣を構える。

 神剣流の構え方で、グリムも同じように構えていたのを思い出す。

 無駄のない動きで、最短でこちらを斬りつけてくることが予想できる。


「………………始め!」

「神速」


 最速の一歩で距離を詰めてきた。

 剣のリーチの長さも相まって、剣先が真っ直ぐ伸びて俺へと向かってくるようだ。


 体を捻り、左へとかわす。


神打しんうち


 続いて剣が水平に俺のかわした方向に飛んできた。

 初手で距離を詰め、かわされた所を追撃する。

 グリムと全く同じ攻撃パターンだ。

 一度見たことがある攻撃故に、防ぐのは難しいことじゃなかった。

 それに、グリムよりもキレは少し劣る。


 俺は雷鳥で受けきった。


 そこから3歩後退し、剣聖と距離を取る。


「おお……ツォルクの初撃を防いだわね……」

「まぁ神剣流の典型パターンだからな、問題はここからだろ」


 周りで見ているギャラリーが、思い思いのことを口にする。

 今の攻防がしっかり見えている時点で、彼らも猛者なのは間違いないだろう。


「動きは悪くない。頭で分かっていても身体がついてこない奴は多くいるが、この程度は防げるようだな」

「そりゃどーも。じゃあ防いだから俺の勝ちですよね?」

「前言撤回だ。お前がどこまでやるのか試してみたくなった」


 や、約束が違う!

 一撃でも防いだら終わりだって話だったのに、2撃防いでも終わらないなんて!


「見せてやりなよミナト。君の実力を」


 俺の事を買ってくれているのはありがたいけど……仮にも審判やってんならまず止めろよな!


「くそう」


 攻撃に重きを置いている神剣流に先手を許し続ければ、1つのミスで命取りになりかねない。

 それなら今度はこっちから攻めてやる。


 右足で踏み切り、高く跳ねながら雷鳥で斬りつける。

 と、同時に獅子脅しを発砲させる。


 ドンッという音と同時に剣聖の頬を弾がかすめていった。

 俺が外したわけではなく、剣聖がかわしたのだ。


 そして雷鳥の一撃は防がれる。


「六の剣技、神裁断しんさいだん


 咄嗟に雷鳥に避雷神を流し込み、剣聖の切り裂くような攻撃を逸らした。

 一撃と見せかけて三撃斬りつける攻撃だ。

 剣聖は何が起こったか分かっていない顔をしている。


 俺は体を捻りながら地面に限りなく近い体勢になり、足を狙った。

 剣聖が地面に剣を突き刺し、防がれる。

 銃口を身体へ向けた。


無神むしん


 発砲と同時に、銃を掌底で下から上に突き上げられ、明後日の方向に発砲してしまった。

 身体も一緒にふわりと無防備に浮いてしまった。


「神打」

「避雷神!」


 全力で魔力を変換させ放ったため、お互いが反対方向に吹っ飛んでしまった。

 大勢をすぐさま立て直す。


「さっきもだ……。確実に捉えたと思った剣が、見えない力に押し返されるかのように逸らされた。それがお前の魔法か?」


 質問には答えない。

 依然としてこちらの攻撃はまともに届いていない。

 少しばかり避雷神に頼り過ぎている節があるため、もっと戦い方を複雑にして剣聖に読み切られないようにする必要がある。


「やはり動きはガルムと同じだな、読みづらい攻撃をしてくる」

「アナタは魔法を使わないんですか?」

「私は魔法を使えない。魔法に対するセンスが無いのだ。だからこそ、剣術こちらを極めた」


 マスター級を扱えるセンスが無いからこそ、自分の辿り着ける道を極限まで完成させる。

 このスタンスこそが剣聖の強さの秘密なわけか。


「ツォルク! 攻撃を当てるのにいつまでかかってるつもりだ!? これ以上時間が掛かるというならば、アタシにやらせろ!」


 ギャラリーの1人である女性が笑みを浮かべ、こぶしてのひらをパァン! と音を立てて合わせながら叫んだ。

 背が高く、冒険者でも魔法使いでもなく、まるで武闘家のような格好をしている。

 ショートカットで綺麗な筋肉質のお姉様って感じだ。


「リー…………少しは淑女らしくしたらどうなんだ?」

「はははっ! アタシにそんなものは不要だ!」


 戦闘狂系女子……。

 需要無いだろ……。


「私と実力が拮抗…………いや、恐らくはまだ隠し球を持っている筈だ。いいだろう、充分に実力は分かった。歓迎するぞ、ガルムの弟子よ」


 お……おお……。

 なんか認められた。

 最悪獅子脅しを武器変換ウェポンチェンジする必要があるかとも思ったけど、そんな必要なかったわ。


「ガルムの弟子じゃなくて、八代湊です。よろしくどうぞ」

「確かにその呼び方では失礼だったな」

「ちょっとどういう意味さ」

「そのままの意味だ。おいリー、私は終わった。後は好きにしろ」


 好きにしろってどういうことだよ。

 まさか戦えってか? 戦えってか?


「よし! ならばヤシロミナト! アタシと勝負しろ!」


 戦えってか!

 こんな連戦でやるなんて聞いてないぞ!


 しかもめっちゃ素手で突っ込んでくる!

 これ剣で受け切ったら相手を切っちゃうだろ!


「案ずるな! そんななまくらではアタシの身体は切れん!」


 そうは言ってもだろ。

 そっちが素手ならこっちも素手だ!


「うらぁ!」


雷鳥を地面に突き刺し、高速で迫る彼女に拳を振るった。


 言い忘れていたが、俺はケンカなんてしたことがない。

 姉弟ゲンカはあったが、姉相手に本気でぶん殴ったことはなく、格闘技も別に学んではいない。

 ガルムに教えられたのも剣術のみで、素手による格闘術も教えられたことはない。


 つまりだ。

 ど素人のへっぴりパンチが当たるわけもなく、俺の拳は簡単にいなされた。


「ハァッ!!!」

「ぶあば!」


 彼女のスクリューパンチが俺の顔面にヒットした。

 視界がぐるぐると回り、というか身体ごと回転しながら吹っ飛び、目の前がチカチカする。

 たぶん感覚で鼻血が出てるのは分かった。


「あっちゃー……」

「すごい飛んでった! ねぇすごい飛んでったよ! 人って飛べるんだね!」

「アヤメ……あれは飛んだとは言わないのよ」


 うう……鳥人間かなんかか俺は……。


「どうした!! ツォルクと戦っていた時はそうではなかっただろう!」

「素手では戦ったことないんですよ……」

「ならば剣を持て! アタシに突き立ててみろ!」


 何をおっしゃってんのこの人……。


「ヤシロ大丈夫!?」

「オッケー…………」


 ではないんだけどね実際。

 今の一撃で満足してくんないかなこの人。

 戦う意味ないじゃん。


「構えろ! 次行くぞ!」


 全然満足してないのかよ……。

 欲求不満すぎるぞこの人……。


 ダンッ! と地面を踏み切る音と同時に、彼女が再度

 迫ってきた。

 スピードがめちゃくちゃ速い。

 剣聖の神速と同じぐらいだ。

 このままではさっきの二の舞になる。


電光石火ライズ!」


 身体に電気を走らせ、一瞬にして離れた位置に移動した。

 が、何も関係ないように彼女はついて来ていた。


「うわわわわ!」


 めちゃくちゃ焦る。

 どこまで逃げても追いかけて来そうでビビる。


避雷神で一度距離を取るしかない!


「避雷神!」


 あ、ヤベ間違えた。

 焦りすぎて形質を弾く方じゃなくて引き寄せる方で使ってしまった。


 彼女はグンッとこちらへ引き寄せられ、タイミングがズレたせいか、拳は俺の顔面の横へ逸れた。

 結果オーライ?

 だけど彼女はその勢いのまま俺へ引き寄せられ、彼女の顔が目の前に。


そして……。


 チュッ。


 おや?

 あれ?

 この感触は…………もしかして……マウストゥマウス?

 世間一般の言葉でいうと…………キス?


「「「えええええええええええ!?」」」


 と……とりあえず魔力を解いて……。


 彼女はプルプルと震え、その顔は怒りからか真っ赤になっていた。


「ア…………アタシの初めてを……!!」

「待ってくれ! 10秒でいいから弁明をさせてくれ!」

「遺言を言え……!」

「弁明じゃなくて!? ほ……ほら、アレだ! …………俺も初めてなんでおあいこってことで……」

「死ねええええええええええ!!!」


 見事な一撃をもらい、俺は意識を刈り取られてしまった。

 ああ、さらば現世。

 最後に良い思い出ができた。

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