第33話 スサノ町防衛クエスト(後編)

 黄色の体をした悪魔。

 それは突如として空から落ちてきた。

 親方! 空から悪魔の子が!

 そんな言葉が頭に浮かんだ俺は末期ですかそうですか。


「ち…………中級魔人だああああああ!!」


 その言葉に俺はいち早く反応し、雷鳥を引き抜いて中級魔人に斬りかかった。

 その剣を、魔人はどこから取り出したのか長剣によって防いだ。


「ヴゥン!」


 魔人のカウンターの一振ひとふりで俺は勢いよく飛ばされ、壁に激しく激突した。


「ぐはっ!」


 ぶつかった衝撃によって口から血反吐を吐いた。


 下級から中級に一段階上がっただけでこんなに違うのかよ……。


「死ねやああああ!」


 C級討伐隊『ジャイロスター』のリーダー、ジャイロが勇猛果敢に飛びかかった。


 だけれども俺は思う。


 無謀だと。


 ジャイロの振りかぶった剣は、気付けば根元からポッキリと折れていた。


 いや、本人にはそう見えただろう。

 実際は魔人の返り討ちにより剣が折られていたんだ。


 そして本人が驚いている間に、周りの人間が驚いている間に、俺がその一部始終を見ている間に、C級討伐隊『ジャイロスター』のリーダー、ジャイロの頭が胴体と切り離されていた。


 先刻拾ったばかりの命は、無情にも唐突に終わりを迎えた。


「リーダーアアアアアアア!!」

「いやああああ!!」


『人は何の前触れもなく死ぬものなんだよ』


 ふとガルムが言った一言を思い出した。

 この世界に来て死んでしまった人達は何人も見たが、俺の目の前で殺された人は初めて見た。


 いつ俺がそうなるかは分からない。


 自分を鼓舞しろ!


 俺を助けてくれるような奴はこの場にいない!


 俺が一番上なんだ!


 俺がやらなきゃ死人が増えるぞ!


「全員あいつに近寄るな! 俺があいつを相手する! この場から逃げろ!」


 全員に忠告をすると同時に銃を引き抜いた。

 背中がギシギシと痛むが、今は我慢だ。

 ガルムに殴られた時の方が痛かった!


「かかってこいよ。遊んでやる」

「ミナト!」

「シーラもそこから動くなよ。今、結構必死だから」


 集中して魔人を見据える。

 奴の一挙一動を見逃さない。

 見逃せば、それは己の死に直結する。


 ドンッ! と1発銃を放った。


 魔人の体から黄色の血飛沫が舞った。

 流石に魔法や剣で振りかぶるよりも遥かに早く、銃の弾は相手に向かっていくのだ。

 避けられることはほぼない。

 だが、傷の程度で言えば下級魔人よりも格段に浅い。

 上級魔人ほどではないのだろうが、中級魔人も耐久力が上がっているみたいだ。


 それでも構わず俺はその場から動かずに連発で銃を撃った。

 わざわざ自分から動く必要はない。

 下級魔人の時は3体いたので早急に決めに行ったが、こちらから一方的に攻撃ができるなら危険を犯す必要はない。

 遠くから攻撃して、確実に仕留める。

 それでも敵はそこから動かないバカではなく、こちらに猛スピードで向かって来た。

 俺は即座に銃を拳銃入れに戻し、雷鳥を両手で把持はじして構えた。

 奴は魔法を使えないガルムと五分ごぶ

 ダンジョンにいた時に俺はガルムの身体能力の70%までしか身につけていなかったが、今はもう少し上がっているはずだ。

 ヘマをしなければ勝機はある。


 中級魔人の長剣の一撃を防ぐ。

 次々と繰り出されるリーチの長い攻撃を何とか見切りながら防いでいく。

 見えない攻撃じゃなかった。

 防げない攻撃でもなかった。

 でも反撃する余裕がなかった。

 いわゆる防戦一方で、徐々に詰められていく感じだ。


つむげ! 雷撃ショックボルト!」


 誰かが放った威力の強い初級雷魔法が中級魔人に当たった。

 僅かに動きが止まったが、反撃できる余裕はない。

 魔人の攻撃は続く。


「彼を援護しろ! 彼がやられれば、この町で中級魔人を倒すのは困難を極めるぞ!」


 誰が言ったのか確認する余裕もない。

 だが、逃げずに俺のことを援護してくれるというのはとても心強いし、支えにもなる。


かわき、ひび割れろ! 意思を持って囲い給え! 封神ストーンワールド!」


 俺と魔人の間に土壁が現れた。

 俺の二番煎じである、異世界転移したメガネが使っていた魔法だ。

 その土魔法のおかげで、魔人の息もつかせぬ連撃が止まり、俺と中級魔人の間に距離が生まれた。


「紡ぎ、発光せよ! 神のいかずちを持って細胞を死滅させ給え! 狂神バーサーカーパラライズ!」


 俺は即座に上級の雷魔法を詠唱した。

 少なくとも下級魔人には上級魔法なら効いていたことを思い出し、ダメ元で放ったのだ。

 雷が中級魔人の上空に帯電し、魔人目掛けて降り注ぎ、轟音が鳴り響いて、魔人に雷が直撃する。


「やったか!?」


 誰かが言った、やってないフラグに俺は心の中でファック! と言いながら雷鳥を構えた。

 予想通り、中級魔人に効いている様子はない。

 だから今度は逆にこちらから斬りかかった。

 一撃目はカウンターを食らってしまったが、相手の攻撃を防げるということは、俺の剣速は中級魔人に引けを取らないということだ。


「うらあああああああああ!!」


 右に、左に、上に、下に。

 様々な角度から斬りつけ、魔人を翻弄しながら攻撃する。

 ガルムに教わった剣技であり、決まった型というのはないが、四方八方どの方向からでも攻撃を繰り出せるのが特徴だ。

 故に相手が防御するのに苦手な部分があれば、そこから切り崩すことができる。

 だが、この中級魔人はどの方向にも的確に対応してくる。

 まるで機械のようだ。


「このっ……やろ……! 崩れろよ!」


 俺の攻撃はほとんど防がれる。

 時折、魔人に刃が通るが、浅すぎてあまり効果がない。

 ここまで全て防がれてしまうと、相手の攻撃を必死に防いでいる時よりも、俺の精神を揺さぶられる。

 どんなに斬りかかろうとも、意味がないんだぞと言われているようで心が折れそうになる。


 折れるな!

 心が折れた時、それは死ぬ時だけだ!

 まだこの世界で何もしていないのに、死ぬわけにはいかない!

 勇者になるつもりも、世界を救うつもりも今は無いけど、俺が死んだら困る人がいるだろう!

 自分のためにも、その人達のためにも俺は折れない!


 必死に自分を鼓舞した。

 疲労と背中の激痛に耐えながら、緊張の糸を途切れさせることもなく、連撃を続ける。


「見てないでミナトを助けてよ!」

「そうしたいが……! とてもじゃないけど何が起きているのか目で追えないんだ……!」

「さっきみたいに魔法で援護をしたいけど……私は上級魔法なんて連発できないし……」


 シーラが誰かに助けを求めていたのが微かに聞こえた。

 そりゃもっと援護があれば嬉しいけど、この場にいた人達がついてこれるとも思えない。

 近接戦闘での援護は期待できない。


「グルォア!」


 中級魔人が突如左腕でガッツリと俺の剣を受けた。

 何やってんだこいつ!? と一瞬思ったが、雷鳥が左腕に半分まで食い込み、切り落とせずに抜けなくなってしまった。

 全快時であれば切り落とせただろうが、俺が疲れてきたタイミングでこの防御方法、完全にやられた。

 魔人がガラ空きになった俺の腹目掛けて長剣を振ってきた。

 即座に俺は雷鳥を手放して後ろに回避したが、長剣のリーチの長さは伊達じゃなく、横一閃が俺の腹を切り裂く。

 決して深手じゃないが、鮮血が散った。

 続いて休む間も無く、魔人が雷鳥の刺さった左腕で、俺を目掛けて殴ってきた。

 咄嗟とっさに両手をクロスし、ガードしたが、ゴリバキバキッ! と嫌な音と激痛と共に俺は30m近く吹き飛ばされた。


「が……ああああああ!」

「ミナト!!!」


 確実に左腕はイッた。

 右腕もビリビリしているが、こっちはまだ動く。

 ガルムの身体能力の恩恵で、肉体強化されていなければ今頃はあの世だ。

 それでも腹からは血が流れ出て、左腕は死に、地に這いつくばっている。

 中級魔人は雷鳥を自分の左腕から引き抜き、その辺に放り捨てた。


「…………くっそおおおお黙って見てられるかよぉ!」


『鋼殻のブルータス』と呼ばれた討伐隊が中級魔人に向かっていった。

 俺は何とかシビれる右腕を動かし、銃を引き抜いた。

 さっき手に入れた下級魔人を使うことも考えたが、この実力差からして瞬殺されるのは間違いない。

 ほとんど意味がないだろう。

 上級魔法が通用しない今、残る攻撃手段はこれだけだ。


『鋼殻のブルータス』が下級魔人をも翻弄したコンビネーションを見せるが、そもそもの地力が違い過ぎ、あっさりと吹き飛ばされた。

 死んでいないのが唯一の救いだ。


 ドンッ! ドンッ! と銃を撃つ。

 中級魔人から黄色の鮮血が舞うが、それでも構わずトドメを刺しにこちらへ近づいてくる。

『鋼殻のブルータス』はやられ、兵士はこの場からいなくなり、二つのC級の討伐隊は戦意を失っている。

 俺を助ける人はいない。

 俺を守る人はいない。


「ミナトに近づかないで化け物!」


 突然シーラが庇うように、俺の前に両手を広げて立った。

 その目に涙を溜めながら、魔人を憎しむように睨みつけている。

 なんだよ……俺を守ろうとしてくれる人、いるじゃん。

 でも俺はお前を守ろうとしたんだよ。だから…………。


「シーラ、お前は逃げろよ。俺、こんなんだけど、お前が逃げられるくらいの時間は稼ぐからさ」

「やだ! ミナトをイジメる奴、許せないもん!」


 イジメる奴って…………。

 確かにシーラは最初からそういう場面に敏感だったけどさ、そういう時じゃないだろう。

 お前が死んだら俺が困るんだよ。


「頼むから、逃げろって……!!」

「やだ!」

「ブルォアアアア!!」


 中級魔人がトドメを刺しにやってきた。

 目の前でシーラが殺されるところを見るわけにはいかない……!

 俺は力を振り絞り、シーラよりも前に出ようとした。


「ミナトは…………私が守るんだからーー!!!!」


 ゴウッッッッ!!という音と共に、俺達の周りに豪炎が立ち昇った。

 その凄まじさに、危うく俺も巻き込まれて焼け死にそうになって焦る。


 勢いよく立ち込める炎は中級魔人の進行を阻み、狼狽うろたえさせた。

 俺の目の前には、炎に照らされさらに赤みを増した赤髪の少女の後ろ姿がある。

 だが、その後ろ姿は今まで俺が見ていた小さな背中ではない。

 俺の身長と同じくらいの赤髪の女の子が、俺を守るように凛として立っている。


「シーラ…………?」


 確認するように聞いた。

 確認しなきゃならんでしょう。

 俺が知っている、10歳ぐらいに見えていたシーラが、年相応の姿の女の子に変わっているのだから。


「待っててミナト。私、魔法の使い方分かったから」


 間違いなく、その女の子はシーラ・ライトナーだった。

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