第20話 火花

 その言葉、そっくりそのままそこにいる二人に返したいところだが……。


 ここにきてまさかの衝撃的事実が発覚かよ。

 どうやら異世界に召喚された人間は、俺だけじゃなかったみたいだ。

 それも向こうの二人は、国の王様公認の異世界転移した人間のようで。


 なんなんだお前達は。

 転移するのは俺だけでいいんだって。

 世界でただ一人だからこそ希少価値があるというのに、そんなポンポン出てこられると、俺の特別性が失われるじゃんか。

 異世界転移のバーゲンセールか。

 ベ◯ータの気持ちが今なら良く分かるわ。


「俺は1ヶ月前にこの世界に召喚されました。嘘でも何でもない、これは事実なんです」

「一体誰にだ? どこの国で召喚された?」


『僕の名前を出せば、色々優遇されると思うんだ』


 そういえば、ガルムはこんなこと言ってたな。

 なんだかんだで、まだ一回もガルムの名前を出してなかった気がする。


「俺は…………ガルムという青年に召喚されました」


 俺がその名前を口に出した途端、城内がざわつきだした。

 なんだ? なんだ?


「ガルム…………!! いよいよ適当に話をでっち上げ始めたか……。もしも我々の知っている名前であるならば、そんなはずはないのだから。その名前の持ち主が誰なのか分かって話しているのか?」

「誰って言われても…………俺には何者なのかは分かりません。ただ、左目にIIのような紋章が刻まれていました」


 城内がより一層ざわつく。

「……生きていたのか!?」なんて声も聞こえた。


「一体あいつが何だって言うんですか?」

「ガルムという名前は…………2代目勇者と同じ名前になる」


 …………は?

 勇者? あいつが? あんなチャランポランが?


「勇者と呼ばれる人間は産まれた時から左目に奇妙な紋章が刻まれ、我々はそれを『勇者のあかし』と呼んでいる。初代勇者エレクも、3代目勇者グリムにもその刻印は存在する。左目に刻印があり、ガルムという名であるならば間違いなく2代目勇者であるだろう」

「じゃあ俺の言ってることは信じてもらえます?」

「逆だ。より一層信じられないな」


 なんでや!!

 疑いようのない事実が出たじゃんか!


「どうしてですか?」

「2代目勇者ガルムは…………20年も前に行方不明になっている」


 20年前に行方不明…………?

 いや、でも俺は実際に1ヶ月近くも一緒に過ごしていたわけだし、行方不明ってだけなら生きてても別におかしくはなくね?


「八代殿が会ったガルムという男は青年といったな。何歳ぐらいに見えたか分かるか?」

「俺と同じか……少し下?」

「2代目勇者が行方不明になったのは、魔王の一人を倒した後。その時、2代目勇者は19歳だった。ということはつまり、もし生きていたとするならば、彼は既に40歳近くの年齢になっているはずだ。魔族でもあるまいし、いくら何でも青年には見えないと思うがな」


 確かに……アイツが「ピチピチの40歳です!」とか言っても俺は絶対に信じないだろうな。

 だって年下に見えるぐらいに若かったし。


「それに、我々が50年かけて成し得た召喚魔法が、いくら勇者ガルムであっても一人で召喚できるとは思えない。成功した、などと言っても実際は40人の優秀な討伐者、魔道士を失ってしまったのだからな。それに彼ら二人に力が引き継がれたといっても、2分の1…………いや、5分の1も能力を引き継いでいない。これでは恐らく身体能力も魔力総数も現段階では魔王に遠く及ばない。フロイラインと同じかそれ以上といったところだろう。40人ものA級並みの討伐者を失ってこれでは…………とても成功とは呼べない」


 後ろの2人が少し不服そうな顔をしている。

 さっきの騎士と同じくらいというのが気に食わないのだろう。

 この国の兵士で1番強い人らしいのにな。


 A級討伐者と呼ばれる人達がどのくらいスゴイのかは分からないが、召喚魔法に携わった人達は死んでしまったのか?

 そしたら実はガルムが嘘ついてる?

 いや、確かに所々あいつは胡散臭かったけども、召喚魔法の根底に関わるところは嘘ついていないと思うんだよなぁ。

 それにあいつは召喚魔法なんかじゃなく、自分の固有のスキルだと言っていた。

 召喚魔法ではなく、召喚術。

 なにが違うのか俺には分からないが、左目の刻印によるスキルだと言っていた。


 そうだよ。

 ガルムは左目の刻印によって召喚術を発動してるって言ってたな。


「ガルムは、その『勇者の証』ってやつで俺を召喚したって言ってました」

「『勇者の証』で…………? 『勇者の証』にそんな力があるなどと聞いたことないぞ。でまかせを言っているんじゃないのか?」


 こいつは………………。

 自分の都合のいいことしか信じない。

 こちらがいくら証拠を提示しても、それに柔軟に対応する思考力がない。


 とはいえ、だ。

 確かに明確な物的証拠がない以上、俺にもこれ以上どうすることはできない。

 どうやって信用してもらおうか……。


「お父様! 八代様は嘘を付くような方ではありません! 私の事を助けて下さいました!」


 おお! さすがニーナさん!

 この状況でなおも味方してくれるとかマジ天使!


「だがその際、4人の兵を攻撃したのだろう? 助けに来たのかも疑わしいものだな」

「それは…………!」


 ダメだこりゃ。

 完全に俺のこと疑ってらっしゃる。

 俺が異世界から召喚されたという話も却下、ニーナさんを助けたという話も疑われてる。


 何なんだよこのクソみたいな展開は。

 だったらこっちだって勇者になるのも世界を救うのも願い下げだこの野郎。

 そもそもなりたくて来たんじゃないやい。


「…………自分の娘が大事なら、もう少し護衛兵を考えたほうがいいですよ」

「…………なに?」

「俺みたいなどこの馬の骨かも分からない奴に王女を守る兵士が秒殺されてたら、その内本当に魔物とかに殺されますよ」

「貴様……馬鹿にしているのか?」


 モービルと同じこと言われて怒ってんな。

 ここまで挑発すると……もう後には引けない。


「8人目の子供だから別に死んでもいいやとか? 随分とお盛んな王様ですなぁ」

「本性を表したか嘘つきめ……!」


 国王の顔が怒りからみるみると紅潮していく。

 嘘なんかついた覚えは何一つとしてありはしないが、この際その辺りはどうでもいい。


「感謝はされても恨まれるような事は何一つしていない! 悪いけど俺は帰らせてもらいます!」

「待て! 魔王の手先かもしれないお前をこのまま帰すわけにはいかん!」

「断る!」


 尋問でもするつもりか?

 嫌だね!

 もう一刻も早く俺はこの国を出てやる!


 俺は反転し堂々と扉に向かった。


「取り押さえろ!」


 しかし、先程俺はこの国1番と言われた騎士を打ち倒したばかり。

 周りの護衛兵達もオロオロとして動かなかった。


「何をしている!」

「だったら俺らがやりますよ国王」


 国王の後ろにいた二人が初めて口を開き、王座からひとっ飛びで俺の近くへ降りて来た。

 短髪とメガネだ。

 俺の二番煎じである二人が、ニヤニヤと笑いながらこちらに近づいてきた。


「お前、見た感じ日本人ぽいな」


 日本人。

 その単語を知ってるということは、まさしく転移してきた人間ということだろう。

 それも俺と同じ日本人。


「イエス。アイムジャパニーズ、マイネームイズミナトヤシロ」

「日本人つったのに何で英語で自己紹介すんだよ……。俺らも日本人なんだがな、気付いたらここにいたんだ」

「素晴らしい世界ですねここは」

「……たった今クソな世界だと俺は思ったばかりだけどな」

「ここに来てから俺達はすげぇ優遇されててよ、新しい勇者だのなんだの」

「しかも常人よりも高い能力を付与されてるなんてオマケ付きで、ですからね」

「だから何?」


 ベラベラとよく喋るなこいつら。

 他の人が俺を取り押さえる準備の時間稼ぎでもしてんのか?

 イライラして思わず斬り捨てないように手をポケットにしまいながらも、いつ攻撃が飛んで来てもいいように警戒はしておく。


 あれ…………なんかポケットの中に丸いものが入ってる。


「つまりお前は邪道な存在で、この世界にお呼びじゃないんだよ」

「魔王退治は僕らに任せて下さい。僕らが主人公としてその責務を果たしますから」

「あ、はいお任せします。俺はもう世界を救うとかそんな大それたことはしないんで」

「じゃあ俺達の物語のスタートして、先ずはお前を捕らえさせてもらうわ」


 ……………………。


 要は俺を捕まえることで、勇者としての株を上げておきたいって認識でいいんだよな?

 なんかモブ扱いされてるみたいでムカつくな。


「ケンカ売ってるってことか」

「ケンカ? いいや違うぜ。勇者としての責務を果たすだけだ」


 短髪が剣を抜き、メガネが杖を把持する。

 それに合わせて周りの護衛兵達も剣を抜きだし、動き始めた。


 完全にやる気みたいだな……。

 さっきのフロイライン並みの実力の2人とその他護衛兵。

 多対一にして、この包囲から逃げられるかは分からないが……それでもこいつら2人はちょっと状況に酔いすぎてて腹立たしいからな。


 …………暴れるつもりはないが、平和的に脅してやるか!


 思わず手に力が入る。

 が、力を込めたと同時にポケットの中に入っていた丸い何かが砕けてしまった。

 瞬間、俺が放った魂弾ソウルバレットと同じような光の固まりがポケットの中から飛び出してきた。


「な、なんですかこれは!?」

「気を付けろ! 何か攻撃を仕掛けてくるぞ!」


 そんなつもりはないんだが!?

 俺だって何か分かんねーよ!!


 光の固まりは徐々に形をつかさどり、それはまさかの物体になる。

 真っ赤な体をした筋肉質で鎧を見にまとっているような生き物。

 人と同じような姿形でも、その顔は悪魔と言わざるを得ない形相。

 俺やガルムが2人掛かりでも仕留めることができなかった魔王側の怪物、上級魔人が姿を現した。


 つーかこのタイミングで出てくるのかよおおおおおお!!!

 一番出てきちゃいけないタイミングでしょーが!


「う……うわああああああああ! 魔人だああああああ!」

「やはりこいつは魔王の手先だったのか!?」

「国王と王女を守れええええ!!」

「いやいやいや違う違う!! 狙って出したわけじゃないんだってマジで! えええええ!? 何で今出てきちゃうのかなぁ!? もう敵認定待ったなしじゃんかよ!!」

「何かよく分からんが…………お前が出したこいつは敵ってことでいいんだよな!?」

「だったら僕達で倒しましょう! 腕試しには持ってこいです!」

「バカ! 何も俺は殺人者になりたいわけじゃないんだって! 近づくな!」


 ガルムみたいな化け物でも1人で倒せない奴だぞ!?

 ここにいる全員でかかっても倒せるかどうか…………ってあれ?

 そういやこいつは俺が出した奴だから、俺の言うこととか聞くのか? もしかして。


「おい、魔人! もし俺の命令が聞けるんだったらジャンプしろ!」


 言った直後、上級魔人がアホみたいにピョンと飛び跳ねた。


 マジか……!

 つまりは、魔人をビー玉に変える→ビー玉を割る→魔人を使役できるっていう流れ。

 魔王ヴィルモールが言ってたのはこういうことか……!


「おいアイツ今魔人に命令したぞ!!」

「やっぱり……!」

「八代様…………」


 あーあーあー。

 なんてこったい。

 使い方が分かったのはいいけど、ニーナさんにまであんな顔されちゃって……。

 もう完全に指名手配される流れやないかい。

 こうなったら…………!


「魔人…………命令する。俺が逃げるまでの時間稼ぎを頼む」


 上級魔人の口からフシューと地獄の瘴気のようなものが流れ出る。

 本当に分かったんだろうか。


「うらぁ!!」


 短髪が上級魔人に斬りかかった。

 しかし、そのやいばは上級魔人の表皮で止まってしまい、肉を切り裂くことはなかった。

 流石ですぜ!


「じゃあ後は頼んだぜ! 魔人君!」

「待て!」

「逃すな!」


 フロイラインや護衛兵達が追いかけてこようとするが、その前に上級魔人が立ちはだかった。

 味方だと頼もしいねぇ。

 そうして俺は扉をぶち破り、城からの大脱走を始めた。

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