第19話 地獄の謁見

 城に戻ると、ニーナさんが俺を出迎えてくれた。


「八代様。お父様が戻られたのでお話しを通すことができました。今すぐにでもお会いしたいということなので」

「行きましょう。こちらとしてもお会いしたかった」


 この時を待っていたぜ。

 俺の冒険譚が始まるこの時をな。


「それでは案内しますので、一緒に参りましょう」

「お願いします」


 俺はニーナさんの後についていく。

 周りを10人ばかりの兵士が囲んでいた。

 しばらく歩くと、見覚えのある魔法陣の上で立ち止まった。


「転移魔法陣ですか」

「ええ。これを使わないと行けない所にありますから」


 魔法陣が光ったかと思えば、周りの風景が変わっていたので転移したのだと分かった。

 正面に大きな扉があったのだ。


「この先になります。では、開けて下さい」


 ニーナさんが兵士に声をかけると、扉は重々しく、ゆっくりと開き始めた。


 ちょっとばかり緊張してきたぜ。

 高校受験の時に受けた面接の比じゃねーなこれは。

「何故この異世界へ来ようと思いましたか?」

「はい! 知り合いに無理やり推薦されてしまったからです!」

 なんてジャ◯ーズ事務所でするようなやり取りを思い浮かべてしまった。


 扉が開かれると、イメージ通りの広間が広がっていた。

 まさしく王座の間といった所だろうか。

 通路は赤い絨毯のようなものが敷かれており、その横を城の入り口にいた兵士達と同じ鎧をつけた人達がズラリと並んでいる。

 いわゆる警護隊ってニーナさんが呼んでた人達っぽいな。


「行きましょう、八代様」


 ニーナさんに続いて中に入る。

 正面の椅子に座って踏ん反りかえってる偉そうなのが国王様なんだろうな。

 逞しいお髭なんて生やしちゃってまぁ。


「お父様、こちらの方が先ほどお話ししました、八代湊様です」

「その者か」


 国王が俺の事を舐め回すように見る。

 俺にそっちのはありませんでしてよ。

 というか何だ、ひざまずいた方がいいのか? これは。


「まずは私の娘を助けて頂いたことに感謝申し上げよう。国王のグラリスだ」

「ああ、これはどうもご丁寧に。たまたま通りがかっただけですので」

「雷魔法で助けてくれたとか……」

「得意魔法なので」


 得意魔法っつーかそれしか撃てないからだけどね。


「なるほど……。さて、前置きはこれくらいにして……」


 感謝が前置きだと……!?


「君は異世界から転移してきた人間だと娘から聞いたのだが……?」

「その通りでございます。俺はとある人物のせい……おかげで、1ヶ月前に別の世界から召喚されました」

「ふむ…………話によると、剣術のほうもかなり手練れだと聞いたぞ」

「ええ。こちらに来てから鍛えさせられ……鍛えましたから。召喚された影響で、元々のステータスは高かったみたいですけど」


 危ねー危ねー。

 ちょっと気を抜くとガルムを責めるような言葉がポロっと

 出ちゃうわ。


「どれほどのモノなのか気になるな。ここで仕合をして頂いてもいいかな?」


 来たな!? 正念場!

 予想通りだぜ!


「もちろん構いません」

「すまないな。フロイライン!」

「はい」


 国王に呼ばれ、鎧を身に纏った騎士のような男が前に出て来た。

 整った顔しちゃって、イケメンは敵だな。


「この男は、この国の警護隊において最も強い男だ。だが、他の世界から召喚された者であれば例え剣術で劣っていたとしても、身体能力や魔力で圧倒することができるだろう」


 なるほど。

 召喚術者の能力を引き継ぐってことは、ニーナさんも既に周知の事実として知っていたみたいだしな。

 だけど、そうすると元々この世界にいた人達は納得できないだろうなぁ。

 急に他の世界から来た奴が、大した努力もせずに、血反吐を吐いて何年も修行してきた自分を追い越していくんだから。

 もしかして、このフロイラインって人も俺の事を恨んでたりするのかな。


「国王様。今回の仕合、真剣と魔法を使用するのも許可して頂けませんか? 異世界の人間がどこまでできるのか私も気になるのです。寸止めという形で是非」


 絶対恨んでんじゃん!

 どさくさに紛れてヤる気満々なんじゃねーのこれ!?


「ふむ……八代殿はどうかね?」

「…………そういうことでしたら」


 実質拒否権ないよねこれ。

 真剣で挑まないと異世界人だって信じてもらえない可能性あるわけだし。


 ただまぁ、自分の力がどこまで通用するのか知っておきたい気持ちもある。

 確かにこの世界の人から見たらズルしたことになるけど、それなりに地獄を味わってんだ。

 覚悟ってもんがしっかりあるって、自分でも再認識しとかないとな。


「では仕合は真剣、魔術ありで行う! 両者、前へ!」


 国王の合図でニーナ様は国王の下へと行き、フロイラインが前に出てくる。

 俺も『雷鳥』に手を掛け、戦闘態勢に入る。


 仕合だから、もちろん銃を使うのは控える。

 ここで撃ったら絶対空気読めない奴って思われるし、何より勇者のやる所業じゃないからね!


「寸止めにて、一発入れた者の勝ちとする。それでは……始め!」


 剣を抜く。

 モービルの時と違って、フロイラインは急に攻めてくることはなかった。

 お互い、一歩ずつ円を描くように横に歩く。

 それじゃあ、今度は俺から攻めさせてもらおうかな。


「ってい!」


 俺は床を強く蹴り、フロイラインに向かって剣を構えつつ走り出した。

 姿勢を低くし下から上に斬りつける。

 その初撃をフロイラインは防いだ。

 ギャリィン! と金属のぶつかり合う音が響き渡った。


 続いて右、左と斬りつける。

 またしても防がれる。

 この程度ではやはり苦ともしないようだ。

 俺はフロイラインの実力を計りながら、それでも油断はすることなく連撃を繰り出す。

 素早く、正確に、反撃の隙を与えないようにして。


 それでも大きく弾きあい、一度離れて距離をとった。

 フロイラインは決して余裕のある顔をしてはいないが、それでも余力はあるように見える。

 周りのギャラリーの、オオッというどよめきが聞こえた。


「かなりの剣速ですね……防ぐのが精一杯です」

「反撃してこないと、一方的に試合を決めちゃうぜ?」

「これからさせてもらいます」


 そう言うと、突如としてフロイラインの剣に炎が纏い始めた。

 呪文を唱えた様子はなかったので俺の知らない力か、呪文を必要としないマスター級のオリジナル魔法なのかもしれない。


「〝焦熱しょうねつやいば〟。火傷させてしまった時はすいません」

「先に謝るなんて、中々屈辱的なことするじゃん」


 フロイラインが突き進んでくる。

 鋭い一閃が飛んできたが、俺にはまだ見える。

 剣で防いだが、フロイラインの剣に纏っている炎が生き物のごとく俺に襲いかかってきた。


「熱っ! なんだこれ!」


 急いでその場から離れるが、フロイラインがそのまま逃さまいと追撃してきた。

 どうやら、自動なのか意思なのか分からないが敵に近づくと炎が襲いかかる仕組みのようだ。

 そのせいで、斬り合うと炎が俺の顔などに襲いかかってきてメチャクチャ熱い。


「さぁ! 防げば防ぐほど炎は君に襲いかかるぞ!」


 これ例え寸止めしても俺焼けるじゃねーか。

 やっぱり恨んでだろ。

 とはいえ、確かにこれは厄介だな。

 雷魔法を撃とうにも詠唱する暇がないし、例え詠唱してもかわされそう。

 俺だって躱せるし。


 銃?

 ないない。

 1番選択肢としてねーわ。


 だから結局は今のところ、これ一本でどうにかするしかないんだよな。

 それに、どうにか出来ないわけじゃないからね、別に。


 俺はフロイラインの剣を全力で弾く。

 モービルはこれで呆気なく剣が吹っ飛んでいったが、流石に手元からは離れなかった。

 それでも今までと比べ物にならない力で弾かれ、驚きの表情で身体がふらつく。

 そこで俺は追撃するのではなく、さらに距離をとった。

 追撃が来るものと思っていたフロイラインはさらに驚いた表情を見せた。


「これが今の俺の全力だよ」


 俺は渾身の力を込めて、フロイラインに向けて剣を上から下に振りおろした。

 その勢いい剣圧が彼へと襲いかかり、彼の剣に纏っていた炎はその剣圧により鎮火された。


「なっ!!!! バカな!!!」


 上級魔人のように、ガルムのように斬撃を飛ばすようなことは出来ないが、その一歩手前の剣圧を飛ばすことはできる。

 仕組みは分からんけど、できるんだ。


 そして俺はそのままフロイラインへと突っ込んだ。

 彼もすぐさま剣を構えたが、魔法に作り出されたはずの炎が消されたことによるショックは大きかったようで、一瞬のフラつきが見えた。

 そこを逃さず、ガルムに教えてもらった剣術で、相手の剣を弾き落とす攻撃。

 上下左右と連続で衝撃を与えることで、フロイラインの手元から剣が弾き飛ばされた。


「チェックメイトだ」

「…………参りました」


 オオーーーー!! と周りで歓声が上がった。

 完全に今の俺は主人公ポジションだぜ。


 だが一人。

 ただ一人だけがこの中で歓声を上げていない。

 一人だけだが、この中で最も歓声を上げて欲しい人物、国王だ。

 彼だけは顔色一つ変えることなく、俺達のことを見ていた。


 一体なんなんだ?


「素晴らしい。フロイラインに勝つとは、やはり君は異世界から召喚された人間と自称するだけのことはある」

「認めていただけますか?」

「ふむ……少し、質問をしてもいいかな?」

「構いませんが…………」


 周りも国王の様子を察したのか、静かになった。

 なんだこの雰囲気。

 尋問みたいになってるじゃん。


「そもそも召喚魔法とはこれまで確立されたことはなく、50年も前から研究されていた魔術であった。魔王は召喚魔法に近いものを使用し、下級魔人達を創りだしていたことから、我々も対抗しようとな」


 うん。

 なるほど。


「そしてこれまで我が国以外でも召喚魔法に成功した話というのは聞いていない。魔法科学の最先端であるシャッタード都市ですらもな。というのも、召喚魔法を研究しているところなど、我々とシャッタード都市ぐらいのものであったが……。そしてつい10日ほど前、ついに我々は召喚魔法を成功させた」


 その結果が俺というわけですよね? 知ってます。


 …………いや、待てよ。

 俺は1ヶ月前に来たんだぜ? 10日前じゃない。


「二人の人間を異世界より召喚させることに成功した。しかし、異世界から人間を召喚するなど、やはり生半可のことではなかった。召喚に携わった人間、合計40人の尊い命は召喚と同時に失われてしまったのだ」


 なんの…………話だ?

 俺はガルム一人に召喚されて、あいつは今でもピンピンしてるはずだ。


 なんだよこれ。


「そして今、その二人は私と一緒にこの国に戻ってきたばかりだ」


 俺は嫌な考えが浮かぶ。

 ニーナさんの話の中に生じる噛み合わない理由が分かってしまった。

 この世界に転移したのは──────俺だけじゃない。


「出てきてくれ」


 国王の後ろの方から二人の青年が現れた。

 スッキリとした短髪の青年に、メガネをかけた青年だ。


「我々はこの世で初めて、多大な犠牲を払って召喚魔法に成功したわけだが…………お前は一体何者なんだ?」

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