第16話 シーラ・ライトナー

武器屋を出て、近くの服屋に来た俺は適当に店員さんに服を見繕ってもらった。

 元々、オシャレなんかにも最低限しか気を遣わない俺は、元の世界でもマネキンが着ているものをセットで買うような男だ。

 10分で終わった。


 少し近くをふらついていると、気になる看板を見つけた。


『魔族屋オークション』


 魔族というと魔物とかのことだろうか。

 看板に書いてある名前から察するに…………要はペット的なアレか?

 魔物っていうのがどういう生き物なのか分からないけど、どこにもこういうのはあるんだな。

 ちょっと気になるし、覗いていくか。


 俺は入り口にいた男に案内してもらい、中へと入った。

 中は一言で言えばクラブのような雰囲気で、正面のステージに司会が立っていた。

 かなりの観客がいて、盛り上がっている。


「さあさあ! 今回ご紹介させて頂く商品も最後となりました! 本日お越し頂いた皆様の中にも、こちらをお目当で来られた方も御座いましょう!」


 どうやらこれで最後みたいだ。

 タイミング的に少し遅かったか?

 でも今回の主役とかいってるし、逆にタイミングがいいのか。


「最後に紹介させて頂きますのはコチラ! 何と魔者の子供でございます! 魔者は魔法を多用し、魔王の味方をする我々の敵! 寿命が長く、子供時代は短いと言われている魔者の子供を今回見事捕らえることができました!」

「魔物……イントネーションが変だな。あ、魔者の方か」


 司会が紹介する中、鎖に繋がれた生き物がステージの上に連れて来られる。

 いや、生き物なんて言い方は似つかわない。

 その見た目は俺たちと同じ人間のようで、女の子だ。

 小学生ぐらいでボロボロの布切れを見にまとい、真っ赤に燃えるような髪色をしているその子の目は、この世の全てを悲観していて、生気も何も失ってしまった、そんな目だった。

 トボトボと歩き、「早く歩け!」と鎖を引っ張られ、ステージの上で無様に倒れこんでしまう。


 なんだこりゃあ…………。

 胸糞悪い。


「成長してしまえば捕まえることが難しいとされる魔者! その中でも最強の火魔法を扱うと言われているレッカ族の子供です! 今なら魔法封じの指輪もつけましょう! さあー100万ドラから!」


 次々と観客がりを始める。

 200万、300万と価格が吊り上げられていく。

 その光景を見て俺は言い様も知らない不快感を覚える。

 ペットショップ的なものかと思って入ってみればそこは、漫画やアニメで見るような奴隷売買の場だった。


 同じようなものはもしかしたら元の世界でも存在していたのかもしれない。

 俺が知らない世界での話だったから、漫画で見てもここまで不快には思わなかったんだろう。

 どうせフィクションだから、と。

 実際にはそんなのないだろ、と。

 ここも人間が人間を奴隷にしているわけではなく、敵対する魔王の味方をしている魔族を奴隷にしている分、もしかしたら良心的なのかもしれない。


 ……………………良心的?


 魔者がどういう生き物なのか、俺はガルムから聞いただけで何も知りはしないが、少なくとも、俺の目の前でりにかけられている女の子は人間と同じだ。


 それも小学生ぐらいの小さな女の子。

 ボロボロの身体を見れば、どういう仕打ちを受けたのかは想像するにかたくない。

 それを目の色を変えて買おうとしているこいつら。

 この世界ではこれが普通なのかもしれないが、はっきり言って吐き気がする。

 この世界に来て初めてこんなに不快だと思ったよ。


 もしもこの世界に順応して、魔者がどういうものか知った後だとしたら、俺の価値観も変わっていたのかもしれないが。


 やっぱりいいことばかりじゃないな、どこの世界も。


「3000万ドラ! これ以上はおりませんか!? どうでしょうか!?」


 貴族風の男がドヤ顔をしながら立っていた。

 俺は腰巾着に手を掛けながら、ステージの方へと歩き出す。

 本当はこんな目立つことはしたくないんだが、俺の手持ちの結晶石がいくらになるのか分からないから仕方ない。


「他におりませんか!? でしたらこれで…………ん?」


 俺はステージの上へと飛び乗った。

 近くにいた警備員らしき人達が身構える。

 暴れたりなんかしないから安心してくれよ。

 客も、警備員も、司会の男も、貴族の男も、全ての目が俺へと向けられる。

 唯一見ないのは、赤髪の女の子だけだ。


「これでその子を俺に売ってくれ」


 俺は腰巾着の中からほんの数カケラの結晶石を取り出す。


「それは……結晶石でございますか……! しかしながら申し訳ありません。それだけではとても足りま──────」

「あー違う違う。こっちだよ」


 俺は腰巾着ごと司会の男の近くにあったテーブルにドンッ! と置いた。

 中から大小様々な結晶石が顔を覗かせ、客がオオッとどよめいた。


「こ……これは……」

「全部本物だよ。確認してもらっても構わない。これで足りるでしょ」


 司会の男は慌てたように裏から鑑定人らしき男を呼んできて、俺の持っていた結晶石を調べた。


「本物ですね…………全て」

「おお……おおお! こちらの方が持っておられたのは5000万ドラ以上あります! これ以上は御座いますか!?」


 会場内はシーンとする。

 先ほどドヤ顔で立っていた貴族風の男は憎々しげにこちらを見ていた。


 ごめん。

 そんなにあるとは俺も思わなかった。


「では! こちらの商品はこれにて落札です!」


 カーンカーンと、ベルのようなものが鳴らされ、客が次々と散っていった。

 俺は司会の男に促され、手続きを済ませる。


「おめでとうございます! では、こちらの商品は今から、え〜、こちらは何とお呼びになりますか……?」

「え? ああ、ヤシロです」


 俺は紙に八代 湊と日本語で書いてしまっていた。

 俺はこの世界の文字を読めても、向こうは読めないのか。

 武器屋でも日本語で書いちゃったよ。


「ヤシロ様のものです! お好きにお使い下さい! そしてこちらが魔法封じの指輪になりますので、この商品が魔法を覚えて使うようなことがありましたら商品におはめ下さい!」


 商品商品ってうるさいな。

 次商品って言ったら王族とのコネを使って脅すぞこの野郎。


 俺の前に死んだような目をした真っ赤な髪をした女の子が連れてこられた。

 首輪と鎖を外されるも、死んだような目は何一つとして変わらない。

 どうやったらこの子を元気づけられるか……。


 俺は女の子と外に出た。

 女の子の歩き方はぎこちなく、何かに支えられないと立っていられないような状況だった。

 俺は女の子の手を握り、姿勢を低くして目を見て話す。

どうしよう。

俺も小さい子供の扱いとか良く分からないんだけど。


「ん〜と……腹とか減ってる? 今からご飯食べようかなって思ってんだけど」

「………………ご飯?」


 お、反応ある。

 無言てわけじゃないのな。


「そう、ご飯。お腹空いたからそろそろ食べようかなって。君もお腹空いたでしょ?」

「……………………」


 そこは反応ないんかい。

 見るからにご飯とかまともに食べさせてもらえなさそうなんだけどなぁ…………。

 もしかして言い方が悪いんかな。

 今までの扱いから考えると、この子に決定権をゆだねるんじゃなくて…………。


「じゃあ今から飯食いに行くから、お前も食べろよ」

「…………! ………………はい」


 おお、返事した。

 でもこれ、いちいち命令すんの面倒だな。

 ちょっとずつでいいから意識改革行わないと自立できなさそうだ。


「そうだ。名前とかってあんの? 呼び方分からないから教えてよ」

「………………シーラ。」

「シーラだけ? フルネームとかある?」

「………………シーラ・ライトナー」

「ライトナーか…………。だったらシーラって呼んだ方がいいよな。俺は八代やしろみなと。よろしくな」

「………………ご主人様」


 八代湊ゆーたやん!

 どう聞き間違えたらご主人様になるんだよ!

 もしかしてそう言うように躾けられたのか?

 そりゃ本来は言われて悪い気はしないけど、こんなボロボロの女の子に言われても悲しくなるだけだよ。

 それにしても、勢いでこの子連れることになっちゃったけどどうしようマジで…………。

 城には連れて入れないよなぁ……。


 まぁいいや。

 とりあえずご飯を食べに行くか。

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