第8話 結晶獣の洞窟(後編)

 俺はすぐさま剣を構える。

 が、ガルムが木刀であるのを思い出し、俺が剣を持っているよりもガルムが持っていたほうが有用だと思い譲ろうとする。


「ガルム、こっち使えよ」

「言ったでしょ、それはミナトにあげるって。僕にはまだ他にも剣があるから大丈夫だよ」

「どこにあんだよ」

「ここにさ………………召喚術魔法発動! 残りの1%の魔力を糧に『龍殺しの大剣』を召喚!」


 ガルムの左目がギラリと光ったかと思えば、地面から剣が突き出た。

 俺が貰った剣よりも遥かに大きく、片手ではとても扱うことができなそうな代物だ。

 しかし、それをガルムは片手で把持はじする。


「もう少し魔力があれば『魔王斬り』が召喚できたけど…………これでも充分か」

「なんだよ……お前やっぱり反則だな……」

「かなりの年月を努力してきた結果だよ。よし、まずは僕が先手を切る。ミナト、もし隙があれば君は、あの宝箱の元まで行って武器を手に入れるんだ。そうしたほうがよっぽど勝機があるかもしれない」

「…………俺が手に入れていいんだな?」

「? 君しか扱えないだろうからね。それに、ミナトが上級魔人を1人で足止めできるとも思えない。ミナトには死んで欲しくないからね」

「言ってくれるじゃん」

「僕との戦いを見てれば上級魔人の実力が分かると思うよ」


 上級魔人は腰の位置にあった禍々しい形をした剣を構えていた。

 フシューと口から、煙なのか水蒸気なのか地獄の瘴気なのか分からないものが溢れ出ている。

 どうやら向こうも臨戦態勢に入っているようだ。


「ミナト、頼むよ」

「頼まれたぜ」

「よし! うらあああああああ!」


 ガルムが上級魔人に向けて大剣を振るう。

 ガルムの放った斬撃が地を這い、上級魔人へと向かっていった。

 ギャリン! と、金属にぶつかるような音がしたかと思えば、ガルムは既に上級魔人へと接近しており、その大剣を上級魔人の頭上から振りかぶる。

 上級魔人はその禍々しい剣でガルムの一撃を防ぐ。

 と同時に俺が、上級魔人の空いた横っ腹を斬りつけた。

 確かに刃が接触した感触はあった。

 しかし、上級魔人の体を見ると僅かに切り傷ができただけであり、致命傷には程遠い。

 A級の魔物を斬っていた時には感じなかった、圧倒的な硬さだ。


 ゴッ!!!!


 ギリギリ剣で防御したが、上級魔人の拳が俺の胴体へと飛んできていた。

 防げたのは正直偶然だ。

 反射的に体を防御したから良かったものの、顔面に飛んできていたら防げなかった。

 そしてその一撃の重いこと。

 俺は10m近く吹っ飛ばされた。


 俺が吹っ飛ばされた間にも金属のぶつかり合う音が幾度となく聞こえる。

 ガルムの剣と上級魔人の剣が閃光のように散りあっていた。


「紡ぎ、発光せよ! 神の雷を持って細胞を死滅させ給え! 狂神バーサーカーパラライズ!」


 俺が上級の雷魔法を詠唱する。

 これで倒せるとは思っていないが、奴の動きを止めるぐらいのアシストにはなるだろう。

 激しく動き回る2人の上空に雷が滞留する。


「ガルム!」


 俺が名を呼んだだけで察したのか、上級魔人と大きく弾き合い、距離ができた。

 その隙を狙い、俺は稲妻を落とした。

 滞留していた雷の全てが上級魔人に降り注ぎ、見事に直撃した。


「よしっ!」


 ガルムと俺は再び剣を構えながら走り出す。

 動きが止まっているであろう上級魔人にとどめの一撃を入れるために。

 だが、上級魔人はまるで何事もなかったかのようにその真っ赤な体を動かしながら、俺達の方向に走り出してきた。

 そしてその狙いは俺。

 がら空きの体に一撃を入れようとしていた俺は、全くの無傷だった上級魔人に驚き、反応が一瞬遅れてしまった。

 その結果、気付いた時には上級魔人の剣が右肩を貫通していた。

 ジワリと右肩が熱くなり、続いて突き刺さるような痛みが脳に伝わってきた。

 初めて経験する痛みだった。


「うああああああああ!!!」

「ミナト!!」


 ガルムがすぐさま上級魔人へと向かっていく。

 俺の右肩から剣が抜かれた。

 あまりの痛さに俺はカウンターを食らわせることすら頭になく、その場に崩れ落ちてしまった。

 さらに首元まで剣が飛んできていたが、ガルムがギリギリのところで防いでくれた。

 ガルムが間に合わなければ、俺は今ごろ打ち首になっていただろう。


「うらあああああああ!」


 ガルムが1人で上級魔人と斬り合う。

 そのかん、俺は何をしているのかと言うと、目から涙を零していた。

 別に泣きたくて泣いているわけではない。

 あまりの痛さと、言葉だけでは感じ取ることができない〝死〝を初めて体感したことにより、自然と溢れたのだ。

 でもだからこそ俺は立ち上がる。

 死にたくないからこそ、異世界をまだ何も楽しんでいないからこそ、俺はこんな所で倒れている場合じゃない。

 この1ヶ月、何のためにやりたくもない修行をさせられたのか。

 無様にここで果てるためじゃないだろう!


「ガルム! 足止めを頼む!」

「! 任せてくれ!」


 上級魔人はどうやら耐久力に関しては化け物じみており、ガルムの斬撃さえも体の表面を切り裂く程度で終わっているようだが、移動力に関してはそれほど速くない。

 今の俺よりも少し遅いくらいだ。

 つまり、奴を追い抜い抜きさえすれば、宝箱まで俺が先に着くはずだ。

 俺は鍛えたこの足に力を入れる。

 ガルムには遠く及ばずとも、ウサイン・ボルトも真っ青のスピードだ。


 ガルムが攻撃の手を緩めるどころかさらにギアを上げたようで、もはやその剣速は俺の目でも捉えることはできなかった。

 まるで召喚された初日に見たガルムの動きのように。

 未だにこれだけの差があると思うと驚きだ。


 そして俺は走り出す。

 距離から言って5秒もあれば階段の元へと辿り着くだろう。

 だが、ここは今コンマ何秒で生きる世界。

 一瞬の油断もできない。

 肩の傷が痛むが、こんなものはどうでもいいと思えるほど今の俺は集中している。


 ガルムと上級魔人の横を走り抜ける。

 その際、上級魔人が俺の意図に気付いたのか、俺に剣を振るう素振りが見えたが、全てガルムが防いだ。

 そして見事横を通り抜け、階段の下へと辿り着く。

 実質ここまできた時点で最早俺達の勝ちだ!

 あとは階段を登れば宝箱だ!


「オオオオオオオオオオ!!!!」


 しかし、突然上級魔人が雄叫びを上げた。

 大地を揺るがすような、そんな大声だ。

 上級魔人は持っていた剣を大きく振り回し始めた。

 先ほどまでガルムと斬り合っていた型のある振り方ではなく、力まかせにがむしゃらに振っているようだった。


「自暴自棄にでもなったのか……?」


 だが、がむしゃらに振っているほうが厄介なことにすぐに気づく。

 最初の一太刀目でガルムが斬撃を飛ばしたように、上級魔人の振るう一撃一撃が全て斬撃として飛んでいるのだ。


「くそ! ミナト気を付けて! 斬撃が飛んでいってる! 僕じゃ全てを防ぎきれない!」


 階段を登り始めている俺とガルムの間には高低差が生まれ、ガルムは自分の所に飛んでくる斬撃の処理で手一杯で、俺のカバーができないようだった。

 階段や周りの壁がビシビシと切り刻まれている。

 俺は後ろを見ることなく階段を駆け上がる。

 ここまで来たら勝負だこの野郎!


「オオオオオオオオオオ!!!!」

「やかましいわ! 茹でダコみたいな色しやがって!」


 俺は悪態をつきながらも、何とか宝箱の元へと辿り着く。

 周りの水晶が荘厳な雰囲気を漂わせている。


「お前にかかってるんだ……上級魔人を倒せる武器であれ!」


 俺は勢いよく宝箱を開けた。

 鍵がかかってたらどうしようとか思ったが、無事鍵はかかっていなかった。

 中から光が漏れ出す。

 その瞬間、世界が凍結した。

 いや、この表現はあまり合っていないのかもしれない。

 ただ、先程まで聞こえていた上級魔人の斬撃音が突如として止み、俺は体を動かすことができなくなった。

 しかし、意識はハッキリしている。

 だから考えられるのは、時間が止まったとかそういう感じか。


 はっ! まさか伝説の武器とは時止めの力を得ることだったのか!?

 そしたら自分も止まったら意味ねぇじゃん!

 アホか!


「お前がアホか」


 今気付いたのだが、宝箱の奥に1人の男が立っていた。

 以前俺の体は動かせない。

 誰だこいつは。


「俺はこの武器の作成者だよ」


 俺の考えてることが分かるのか!?

 エスパーか!


「今はそんなのどうでもいいだろ。話が進まねえな」


 確かに。

 てか作成者って……魔王が作ったんじゃねーの?

 武器はまだ見当たんねーけど。


「だから俺がその魔王だよ」


 !?

 魔王って…………だってこれを作った魔王は死んだって聞いたぜ!?


「ああ。本体はもう死んでるぜ? これは俺の研究の成果の一つで、魔力を入れ物に入れておくことで残留思念を残すことができるんだよ。今は実際に時が止まってるんじゃなくて、お前の頭の中で情報が高速に処理されてるだけだ」


 ぜんっぜん分からん。


「まぁいいさ。天才の考えは理解できねーだろうからな。それに人間なんかに。それでお前はこの武器が欲しいんだよな」


 ああ。

 超絶欲しい。

 じゃないとお前が置いといた上級魔人に勝てねーし。


「なんだ、倒せたわけじゃないのか。安心しろよ。宝箱開けられた時点であいつは行動不能になる。そういう命令式を組み込んだからな」


 …………まじかよ。


「それで俺が作った武器だが……ちなみにお前、この世界の人間じゃないだろ」


 !?

 何で分かったんだよ!?


「この部屋に入ることができる資格を持った奴は、この世界じゃない奴限定だからな」


 なんでそんな限定を?


「なんでってもなぁ。元々は他の魔王の奴らに売り付けるつもりで作ったんだが、結局使えなかったから誰か使える奴が現れた時のためにここに置いといたんだよ。処分すんのも勿体ねーし」


 それと異世界人限定ってのはなんの繋がりがあるんだよ。

 何にも関係なくね?


「何言ってるんだ? 俺達魔王も元々は別の世界から来たんだぜ?」


 ……なに?

 お前らも、まさかの異世界転移者?

 でも見た目からして日本、ってか俺と同じ世界から来たようには見えねーしなぁ。


「なんだ。何も知らずにお前はここに来たのか。まぁいい。せっかく来たんだ。人間だからって何も与えずに返したら魔王の名が廃るってもんだ。お前にやるよ」


 伝説の武器を?


「伝説になってんのか? 噂話っつーのは大したもんだな。それでだ。この武器にはまだ形ってもんがない。どういう形の武器にするかはお前がある程度決めろ。俺がそれを元に作成する」


 今?


「今だ。すぐ決めろ。時間がない」


 お前が長々話すからだろ……。


「じゃーな」


 うおああああすんませんでしたぁ!


「早くしろ」


 そーだな……せっかくなんでもいいって言うならこの世界には無さそうなレーザー銃とか近未来的な、破壊的な武器がいいよなぁ。

 ライトセーバーとかもいいな。


「よし、決まったな。じゃあ作るぞ」


 ちょちょちょっと待てや!

 まだ何にも決まってねーけど!


「悪いな。時間がねー」


 適当だなこのやろ……うわっめちゃくちゃ眩しい……ってこれは……。

 銀色の……銃……?

 なんだっけか。

 自動拳銃オートマチックとか言う奴みたいな……?


「お前の記憶から1番適した形の武器を選んだ」


 なんだよ、それだったらマシンガンとかショットガンとかさぁ。


「現状、ここにある形成素材じゃメモリが足らなかったんだよ。他にも俺は4つダンジョンを作ったはずだ。攻略されてなきゃ、そっちで追加でGETしてグレードアップさせろ」


 なんだよそのゲーム要素。

 RPGじゃねーか。


「ちなみにそれはお前の魔力が弾になってる。魔力を込めれば撃ち込める」


 それだけか?


「いや、剣や弓じゃなくこの形にしたのは、俺の発明した画期的な能力が使いやすいからだ」


 画期的な発明?


「ああ。お前もさっき戦った上級魔人がいるだろう。この武器を使って魔力を多めに注ぎ込んで一発を撃て。魔人共は魂のこもってねー人形だ。魂を打ち込んでやりゃあ自分のしもべとして扱えるようになる」


 まじかよ!

 めっちゃいいじゃん!


「だろ? これで他の魔王からも魔人を奪えるって触れ込みで売ろうとしたんだが、結局ダメだった。ちなみに魔人もある程度瀕死にしなきゃ魂は撃ち込めないからな。死体に撃ってもだめだ。命令式が弱くなった瀕死時に撃ち込め」


 お前本当に魔王か?

 こんなにも人間である俺に魔王側が不利になる武器与えていいのかよ?

 もう返さねーけどな。


「いいんだよ。俺達魔王は、元々仲間じゃねー。人間を殺すのに躍起になってる奴とかもいたが、俺は研究できりゃ良かったし。それに俺はもう死んでるからな。どうでもいいんだよ」


 ふーん……まぁありがたく使わせて貰うぜ。

 ちなみにお前の名前ってなんだよ。

 俺は八代やしろ みなとだ。


「俺はヴィルモール。せいぜいこの異世界を楽しめよ八代 湊。またいずれな」


 フッと体が自由になる。

 それと同時に斬撃の音が聞こえてきた。

 魔王ヴィルモールが言っていた意識の世界から解放されたのだろう。

 なんとも唐突にいなくなる奴だ。


「ミナト! 武器はあった!?」

「おうよ! 見てくれよ!」


 そう言って俺は銀色に輝く銃を見せる。


「おお……なんか凄そう! ならあとはこいつを何とかするだけだ!」

「いや、たぶんその必要もないぜ」


 魔王ヴィルモールの話であれば、上級魔人は既に……。


「動きが…………止まった?」

「宝箱を開けられたら動きが停止するように命令式が組まれてたらしいぜ?」

「え、なんで分かるの?」

「聞いたからな」


 ガルムは訳が分からないと言ったように首を傾げる。

 しかし、すぐに笑顔になりこちらに手を振る。


「つまりはこのダンジョンを踏破したってことだね?」

「おうよ! 見事武器をGETだぜ!」


 俺も喜びを爆発させる。

 地味に肩が痛むことを今になって思いだしたが、嬉しさが上だ。


「中々かっこいいだろ? これ!」

「うん! じゃあちょっと僕にも触らせてくれよ」


 そこで俺は少し固まる。

 それは昨日さくじつの一つの不安。

 俺が武器を手にした時、ガルムがどういう動きに出るかというもの。

 ガルムの無邪気な笑顔が唐突に不気味に見えてきてしまった。

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