第7話 結晶獣の洞窟(前編)

「準備は出来た?」


 次の日、俺はガルムが魔法によって(魔力が少ないため時間をかけて)作ってくれた服を着る。

 最初に着ていた服は、さすがに1ヶ月の修行を経て大分年季を感じられるものになってしまったため、捨てていくことにした。

 毎日水魔法でガルムが綺麗にしていたとはいえ、よくってくれたと思うわ。

 感謝感謝。


「いつでもいいぜ。元より俺に準備する荷物なんてないからな。つーか、この剣はどうすんの? お前に返すか?」

「いいよ。それはミナトにあげる。僕はこの木刀だけでいいから」


 木刀で倒せる魔物ってのもどうなのよ。

 本当に超難易度のダンジョンなのか?


「それじゃあ行くよ。ここからは下手したら死ぬかもしれないという危機感を念頭に持ってくれ。まずは僕のサポートっていう形でいいから見てて」

「サポート? いいよ俺にやらせろし。俺の初バトルなんだぜ?」

「それで死なれたら困るからだよ。僕の1ヶ月を無駄にさせないでくれ」

「おっとぉトゲのある言い方するじゃん。俺はお前の分身みたいなものなんだぜ? そんな直ぐに死んでたまるかよ」

「ミナトはまだ人の死に触れたことがあまりないようだね。そっちの世界はどうだったのか分からないけど、人は何の前触れなく死ぬものなんだよ」


 さすがに、ガルムの言ったことに真実味を帯びていると鈍感な俺でも感じとった。

 これ以上食い下がるのはよろしくないと判断して、引き下がる。


「じゃ、行くよ」


 俺達は1ヶ月過ごしたこの洞窟の一室を後にした。

 そしてそれは俺にとって、異世界に来ているのにさらに異世界に行くような、未知の世界に行くような高揚感を与えた。


 一室を出て長い通路を抜け出ると、俺はその光景に目を見張った。

 そこから先は崖であり、下の地面までおよそ50mほどの高さがあった。


 そして上を見上げるとそれより遥かに高く、天井が見当たらないほどの空間が続いている。

 壁や地面には所々結晶のようなものが突き出ており、それが発光していることにより、洞窟の中は照らされていた。


「いきなり崖かよ……魔物が俺達のいる所に入ってこなかったのはこれが原因か……?」

「まぁね。壁を這う蜘蛛型(くもがた)の魔物もいるけど、この横穴の入り口の周りに結晶があるせいで入ってこれないんだ」


 確かに周りに少々大きめの結晶が突き出ている。


「つーかこれどうやって降りんの? 最下層って言ってたからすぐ近くにゴールあると思ってたんだけど」

「こうやって!」

「えっ!!」


 ガルムは急に下に向かって落ち始めたかと思えば、そのまま壁を走り抜けている。


「はああああああ!?」


 そのまま猛スピードで地面に激突!! かと思いきや直前で壁を蹴り飛ばし、一回転して綺麗に着地した。

 最近、ガルムの動きにも慣れてきたと言ったが、改めて見るとビビる。


「はい、どうぞ」

「無茶言うな!」


 恐らく覚悟決めてやればできるんだろうな。


 あれだけ死に関して言ってきたんだ。


 失敗するようなことをガルムが勧めるわけがない。

 でもテレビでも垂直に壁を走った人なんて見たことねーから、成功するイメージが全く湧かねー!

 なんで壁に足くっつくんだよ!

 普通離れるだろ!


「無理だってこんなん! せめてコツ教えてくれよ!」

「壁を蹴る時は下に垂直に、地面直前で上に向かって壁を蹴り飛ばすんだ」

「なるほど全然分からん!」


 結局俺は壁に掴まりながらゆっくり下りていった。

 威勢よく出てきたわりになんじゃこりゃ。

 めっちゃダサいじゃん。


「先が思いやられる、みたいな顔してんじゃねーよ」

「してないよー。これから覚えていってくれればいいんだから」


 ガサガサッ。


 何かが這う音がした。

 それも一匹や二匹ではない。

 十匹以上が這う音だ。


「早速来たね。数からして恐らく…………アーマードアントかな」

「なんだそりゃ」

「必ず複数で動くA級指定の魔物だよ。魔物の中ではかなり戦闘力の高い魔物かな」


 ガルムから説明を聞いている内に、前方からその魔物が姿を現した。


 アーマードアントという名前から予想した通り、その生き物は蟻にそっくりだ。クリソツだ。


 だが、その大きさについては異常である。

 なんと一匹の大きさが俺よりも大きいんだ。

 熊ぐらいの大きさがある。


 それに、外殻の部分がまるで本物の鎧をつけているかのようにゴツゴツしている。


「気を付けなよ。一度でも彼らの顎に捕まれば、いくら強化されている僕やミナトの身体でもタダではすまないよ」


 流石に切断されるとまではいかないのか……。

 ガルムの恩恵様様だな。


「じゃあ最初は僕が前衛に出るから、ガルムは後ろからフォローよろしく。隙をみて斬りかかるなり、魔法撃つなりしてよ」

「がってん承知の助」


 そしてガルムは向かってくるアーマードアントに突っ込んでいく。

 俺もすぐさま続くが、俺が走り出した頃には既にガルムはアーマードアントを一匹上に吹き飛ばしていた。


 俺が持っている剣を使えば真っ二つだったのだろうが、ガルムが使っているのは木刀のため、吹き飛ばしただけとなる。


 そして続け様に一匹、また一匹と木刀でぶん殴っていく。

 確実に硬いであろうアーマードアントの外殻が、ガルムの一撃によってヒビ割れていっている。


 それでも折れない木刀のほうに驚くわ。


 …………俺の出番が全くない。

 サポートとは言ったが、要はガルムの撃ち漏らしを俺がるだけの話だ。


 そしてこいつに限って撃ち漏らしはない。


 何度も打ち合いを行なってきたから分かるが、今まで不注意や油断などをこいつはしたことがなかった。

 結局俺は一度もまともにガルムに攻撃を当てることはできなかったんだ。


 アーマードアントを次々と吹っ飛ばしているガルムを見ると、初めて見る魔物よりも、ガルムのほうがよっぽど化け物に見える。


 なるほど、確かにガルムと比べりゃこいつらも大したことなさそうだ。


「一匹、そっちにあげるよ!」


 ガルムが一匹こちらに通した。


 間近でみると昆虫ってのは小さかろうが大きかろうが、キモいものはキモいんだな。

 カチャカチャと顎と触覚を動かしながらこちらに近づいてくる魔物を見て思った。


「俺のデビュー戦初勝利、お前で飾らせてもらうぜ!」


 俺は片指3本で銃の形を作り、アーマードアントの頭上に狙いを定める。


「紡ぎ、発光せよ! 神の雷を持って細胞を死滅させ給え! 狂神バーサーカーパラライズ!」


 指から雷がほとばしり、アーマードアントの頭上で一度帯電する。


 そして、激しい轟音と共に降り注いだ。

 一度頭上で帯電することにより、複数いた場合でも全ての対象に飛んでいく上級の雷魔法だ。


 アーマードアントは身体が痺れて動けなくなるも、まだ息はある。


「今後の俺の活躍に乞うご期待を」


 ガルムから預かっている剣を全力で振り切る。

 アーマードアントは縦に真っ二つに割れた。

 完全なオーバーキルだ。


「………………よっしゃあああああ完全勝利!!!!」


 元の世界と同じ判断基準であるなら、A級ってのはかなり強敵の部類なんだろーな。


 このダンジョン自体超難易度で、現在最下層の位置にいるって話だし。

 俺めっちゃ強いじゃん。


「やったねミナト。全然緊張することなく動けるみたいだね」


 見るとガルムは残りの9匹を全て片付け、こちらに戻ってきていた。

 魔法も使えず、木刀だけでよくやるわ。


「それじゃあ今後はサポートなんかじゃなくても闘える?」

「当たり前だろ。最初からそうしろって言ってたじゃん」


 基礎はできてる。

 あとは経験と応用だ。


 俺はワクワクしながら先へと歩みを進めた。


 先へと進むと、今度は蜘蛛型の魔物が現れた。


「あれもA級指定の魔物、ジュッソクグモだね」


 足が10足あることからその名前が付けられたようだ。

 足が増えたことにより、機敏な動きで獲物に近づくらしい。

 そして、例によって先ほどのアーマードアントと同じぐらいの大きさだ。


「アーマードアントと違って、単独で動くからまだやりやすいとは思うよ」

「じゃあ俺がるぜい」


 俺は剣を片手にジュッソクグモの機敏な動きというものに警戒しながら近づく。

 だがクモは動くのではなく、突如尻の部分から糸を吐き出した。

 自分の速さを見せつけるのではなく、獲物の動きを封じようとするあたり、かなり知恵が回るのかもしれない。


 俺は左にダッシュし、そのまま糸をかわしつつ壁を横に走る。


 いわゆる壁走りだ。


 垂直は無理だが、それぐらいの動きであれば余裕でできるほど俺の身体能力は上がっている。

 そのままジュッソクグモの懐まで潜り込み、袈裟斬りの要領で剣を振り抜き、アーマードアント同様ジュッソクグモも真っ二つに切り裂いた。


 結局ジュッソクグモの機敏さというものを見ることなく終わった。


「よっしゃあ! 2キル目〜」

「A級の魔物ぐらいじゃ全然余裕だね。本来は最下層に降りて来るまでにA級の魔物と幾度となく戦うことになるんだけど……例え地上から入っても危なげなくここまで来れそうだ」

「ふっ。少し強くなりすぎてしまったか…………」


 超難易度のダンジョンとやらも大したことないな。

 マジでこの世界で無双できるんじゃね?


「ただ、超難易度ダンジョンと呼ばれる理由はA級の魔物がいるからじゃない。ここは魔王の1人が自身の武器を奪われないために創りあげたダンジョンだっていうのは説明したよね?」

「説明されたな」

「そしてこの世界では他にも魔王が複数人いるわけなんだけど…………魔王達はそれぞれ人工的に造られた私兵がいるんだよ。それがいわゆる下級魔人、中級魔人、上級魔人の3種類。これらは意思を持たず、魔王の命令通りに動く人形のようなもので、魔王達の中でもかなり重宝されている。そんなに量産できないみたいだし、魔物は動物と同じで言うことは聞いてくれないみたいだからね」

「ほうほう」

「そしてその強さにおいても魔人は魔物よりも遥かに上だ。それこそA級指定の魔物なんかよりもよっぽどね」

「その魔人ってのはこのダンジョンにいるのか?」

「いたよ。僕が最下層に来るまでに下級魔人が10体、中級魔人が1体かな」

「ガルムでも苦戦したのか?」

「その時は魔法もフルで使えたからね。特に問題はなかったけど、今やりあったら中級魔人相手だと少々手こずるかもしれない」


 まじかよ…………。

 今の状態つっても魔法が使えないだけで身体能力はそのままだろ?

 そんな厄介な奴いんのかよ……。

 つーかさらっと言ってたけど魔王って複数人いんの?


 なにこの世界。

 もしかして俺が思ってる以上にシビアな状況?

 外に出たら核で退廃したような世界だったとかやめてくれよ。

 夢も希望もありゃしないじゃん。

 俺は異世界の生活を楽しみに頑張ってるんだからさ。


「そしたら今後、その魔人てやつがいるかもしれないってこと?」

「恐らくね。それに最下層でいるとしたらそれはきっと上級魔人だと思うよ」

「やばいのか?」

「かなり強敵だ。上級魔人なんて僕も滅多に見たことはないけれど、前に2、3回戦ったときは僕1人だと勝率は5くらいだった。その時にいた仲間の協力のおかげで勝てた感じかな」

「おいおい……意外と厳しい展開じゃね?」

「だからミナトにはしっかりと戦力になってもらいたかったんだよ。魔物とかだけだったら僕がミナトをトビラまで案内すればいいだけだからね」

「なら本番はその最後のトビラを開いてからってことだな?」

「そうだね」


 俺はそれからトビラに向かうまでに5回ほどアーマードアントとジュッソクグモに遭遇したが、特に手こずるわけでもなく、むしろ上級魔人とやらに備えてさらに素早く魔物を処理した。


 そして、遂に辿り着く。


「これか……噂のトビラは……」


 大きさにして直径約10m。

 俺達が通るにはやたら不釣り合いな大きさのトビラだ。

 そしてトビラの前には手を置くことができるような……装置とも言うものだろうか。

 識別するような機械がある。


「権限があるものなら、ここに手を置けば開くと思うんだけど……僕じゃ開かないんだ、ほら」


 そう言って装置の上に片手をのせるガルム。

 しかし、トビラはうんともすんともしない。

 静寂を保ったままだ。


「これが俺なら開くのか……」

「恐らくは。ミナト、早速だけど試してみてくれよ。僕はこの時を首を長くして待っていたんだ」


 ガルムが目をキラキラさせながら言う。


 俺は言われるままに装置の前に立った。


 余計な事なのかもしれないが、もしこれが開かなかった場合の事を考えてしまう。

 その時ガルムはどう動くのか。

 俺を用済みと判断し、消しにかかるのか。

 それとも2人で別の開け方を探しに出かけるのか。


 あまりに不毛な考えだが、考えずにはいられない。


「? ミナト、どうしたのさ」

「なんでもねーよ」


 俺は考えるのをやめた。

 試してみないことには分からねーんだ。

 どうにでもなれだ。

 為せば成る!


 俺は装置の上に片手を置いた。

 すると何かが承認されたかのように、装置からトビラへと地面をつたいながら電流が流れていった。

 既にこの時点で俺は確信した。

 トビラは開くのだと。


 ゴゴゴ、と地を鳴らすようにトビラが左右に開いていく。


「うおおおおおお! やったじゃんミナト! やっぱり開いたよ!」

「俺はやっぱり選ばれし者だったのかああああああ!」

「うおおおおおお!」

「あああああああ!」


 2人で雄叫びをあげながらトビラが全て開くのを待つ。

 そして隙間から中を覗くと、どうやら大広間のようにかなり広い部屋が存在しているのが見えた。


「ミナト! 興奮しすぎだよ! 少しは自重してよダサいから!」

「興奮してるのはお前もだろ! フライングするなよ!」


 そしてトビラが全て開いたのを確認し、俺達は中に入った。


 部屋の1番奥。


 距離にして約100m。


 そこに階段が続き、その頂上に宝箱が置いてあるのを確認した。

 結晶に回りを囲まれ、いかにも宝! といったように照らされている。


 間違いない。

 あれが魔王が自身の叡智によって造りあげ、遺した伝説の武器だ!


 と、宝の確認とほぼ同時にもう一つ俺は確認した。


「ミナト、やっぱり浮かれるのは一旦ストップだ」


 部屋の中央に全身赤い体をした何かが立っている。

 大きさは2mほど。

 俺達と同じような人型に見えるが、根本的に何かが違う。

 鎧のようなものを身に付けているようにみえるが、アレは身に付けているのではない。

 鎧のようで、なおかつ真っ赤な体をした人型の何かだ。

 俺達の姿を見つけ、睨みつけるその顔は悪魔そのものだった。


「僕が予想した通り、あれは上級魔人だ」


 ガルムの緊張した声を俺は今、初めて聞いた。

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