虹翡翠(にじひすい)
琥珀 燦(こはく あき)
第一章
イズム少年が猟銃を初めて手にしたのは九歳の時だ。その経験が早過ぎるのか、そうでもないのかは、 小さな村からほとんど出たことのないイズム自身、誰かと比べることはできないし、どうでもいいと彼は思っている。
彼に銃を手渡したのは鳥撃ち猟師として評判の高い父親だった。
父のまた父親である祖父も、その父であるひいじいさんも、イズムの家の男は代々鳥撃ちで生計を立てていた。
ただ、イズムの父は生まれつき胸の病を患っていた。それでも、イズムの血筋の中では一番腕は良かったので、
ぜいたくさえ望まなければ暮らしぶりは苦しくはなかった。
イズムにとっては小さい頃は、いっしょにくらしていた祖父と若い父が連れ立って猟の支度をする姿を見るのはワクワクするものだったし、
祖父が病に倒れ、亡くなってからは、その少し細い身体のわりに、きたえられた腕で数本の猟銃を選び背負って出かけていく父の姿は誇りだった。
しかし、ある夜。突然、父はイズムを呼んだ。
「イズム、明日から、鳥撃ちを教える。一緒に来なさい」
虫取りしかしたことのないイズムは、それは驚いた。まだ九歳のほんの子どもだ。その驚きはすぐ興奮にすりかわった。(俺は父さんに一人前に見てもらったんだ)と。翌朝は早いから、すぐ寝るように言われても目はらんらんと開き、心臓がどきどきした。
初めての猟は、草原に立てられたわら束の的で、イズムは意気消沈した。しかし、それは直後、更に絶望に変わった。
「これがお前の銃だ。俺が最初に親父に持たされたヤツで、今もちゃんと手入れしている。
お前に銃の持ち方を教える日のために」と両腕に持たされた銃身の重さ。
音消しの耳当てで塞いでいたとはいえ、火薬が耳元で破裂する音の大きさに驚いたイズムは銃を持ったまま、後ろに吹っ飛んでしりもちをついた。
イズムの身体の震えは長い間止まらなかった。父は冷たく彼を見下ろしていたが、やがてしゃがんで冷たい水の入った水筒をイズムの口に当てた。
「ゆっくり飲め。急ぐな。せき込むから」
そして、冷や汗まみれで震える息子の身体をしっかりと抱きとめた。
「イズム。いいか、俺の胸の病はもう治らない。俺はもう長く生きられない。お前が、母さんと、妹を食べさせていくんだ。 鳥を撃って、必要な分だけ家族の食料として取り、残りは町へ行って売って、その金で暮らしていくんだ。俺は、死ぬまでにお前に俺の持っている技術のすべてをお前に教える。時間はそれほどない。覚悟しろ」
その前の日の猟で、父は血を吐いていたのだ。
それから半年の猛特訓の末、イズムは父に一人で猟に出る事を許された。
もともと血筋の良さもあったのだろうが、本当につらい修行の日々で、イズムの身体には大小の生傷が絶えず、しかしその小さな身体にはみるみるうちに筋肉が付き、やがて身長も伸びていった。たくましく成長していく息子の姿に満足そうな笑みを浮かべる父の身体は少しずつやせ細り、一年後、父は大量の血を吐いて死んだ。
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