第2話 石の猫
2年前に立ち上げたこの事務所は僕の城だ。
従業員は僕とたまにきてくれる学生アルバイトの佐伯君のみで細々とやっている。
最初は浮気調査や失踪した親族の捜索をやっていたが
ここ1年は専ら秋の持って来る依頼だけだ。
とはいえ秋の依頼は普通では無い。
秋は私達が言うところの「異世界」サロク王国と繋がっている。
繋がっているというのはその名の通り
物理的に繋がっているのである。
剣と魔法の王国であるサロクは
広大な大地に豊富な作物と家畜
機械産業は発展していないが豊かな国である。
このサロクには魔法を管理する魔法局と
自警団ともいえる警魔局がある。
他にも多くの部署がある王政の頂点には
7名の大魔法師がおり彼らが分担し統制をしている。
ところが警魔局を担当する大魔法師が何者かによって殺害され
事件解決の全てを担っていた頂点の欠落により
サロクでは謎が謎のまま解決されずにいた。
そんな折、秋が異世界へのゲートを開き
本人曰く異世界の事件を聞いて心を痛め
暇な探偵の生活を支えるためにもこうして
事件を持ってやって来るのであった。
ガチャリ
事務所の扉が開き勢いよく秋がやってきた。
「やぁ!元気かな探偵くん!」
秋の短い髪がなびき、事務所に冷たい風が入ってきた。
「秋のおかげでなんとか生きているよ、外は寒いみたいだね。」
「あっちとこっちを行き来していると
なんか感覚がおかしくなっちゃいそう!クシュン、あっちは暑いから・・・」
なるほどどうりで秋は薄着で来たわけだ。
「ホットコーヒーだね?」
「クシュン(わかってるねぇ)!」
秋はくしゃみをしながらサムズアップし
応接椅子に座るとブルリと身体を震わせ大げさに頷いた。
「さっそく本題だけど、今日は石になった猫の話だよ。」
「向こうに猫がいるのか?」
「厳密には猫じゃないけど・・便宜上そう呼んでるだけ。
事件の概要はこうだよ。
ある貴族の屋敷で大切に育てられていた猫がいた。
朝起きると猫は石になっていた。
石の魔法は上級魔法だし、この屋敷には上級魔法師が一人いたから
その人が犯人だということで明日にも処刑されようとしている。
買ったばかりの猫を石にされてお怒りの奥様は
本日にでも刑の執行をと凄んでいたんだけれど
その上級魔法師は旦那様が幼いころから長らく付き添ってきた執事で
旦那様はなんとか助けたいと思ってる。
旦那様曰くその上級魔法師はそんなことをするような人ではない人間だそうだ。
今回はその旦那様からの依頼だよ。」
秋はそう言うと応接椅子に背を預けた。
なんでも聞いてくれという意思表示だ。
「そうだな・・・まずは石にする上級魔法のことを教えてくれ」
「呪文はハクゴ。1秒間目を合わせこの呪文を言えば対象を石に出来る。
そして対象の名前を知っている必要がある。
尤も石に出来る時間はせいぜい15分だけど・・。」
「なんだ、じゃあ石になった猫はもう魔法が解除されたのか。」
「いや、今回は石になった猫はもうバラバラになったよ。
石にされたタイミングが悪かったね。高い屋根から飛び降りるときに石にされて
そのまま砕けてしまった。生命なきものは15分たっても石のままなんだ。」
秋は悲しそうな顔をしてまた暖かいコーヒーを上品に飲んだ。
「もちろん外部の人間の可能性もあるだろう?
いや・・・猫の名前が必要なのか・・・名前は誰もが知っていたのかな?」
僕も秋の対面に腰かけてコーヒーを飲む。
「最初に言ったでしょ、猫は家に来たばかり。
名前が決まったその夜に石になったんだよ。」
「そうか・・・秋、この依頼は犯人探しじゃないね」
僕の話を一通り聞いた秋は
最初に目を大きく開き、悲しげに頷いた。
「そうか・・・確認するよ。旦那様にはありのまま伝える。
ありがとう探偵君。」
秋は事務所から出ていき、僕は空になったコーヒーカップを眺めた。
この事件は犯人探しではなかった。
「そうさ、犯人はその執事で間違いないよ。
なぜそうなったかを知りたいのが依頼だよ。」
秋はそういうと座りなおした。
「猫の名前、コハクだかヨハクだかわからないけど、
最後にハクの付く名前だろう?上級魔法師たる執事は猫をこう呼んだんだ。
『ハク、ゴハンだぞ』って。
餌のにおいにつられた猫は屋根から飛び降りようとしたときに声をかけられ
執事によるハクゴの魔法で石になった。
残念だけど執事に悪気はなかったかもしれない。」
「ただ、表面上は事故だけど・・・
その執事さん、まさか猫アレルギということはないよね」
後に聞いた秋の話によるとその執事はひどい猫アレルギだった。
このまま住み着いては自分の仕事に支障がでると
事故にみせかけた計画的な猫殺しをしたわけだ。
どうやら家主の旦那様も猫アレルギのことは知らなかったようだが
信頼していた執事に対しての恩義から
この事件は事故として片付いたのであった。
異世界探偵事務所 長谷部深夜 @RealSteadily
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