恋色
翔は小学校からの友達だ。高校までずっと一緒で、俺と翔と
翔は姉貴に似て頭が良いから、姉貴と同じ大学の薬学部に行くことになった。晴人は地学系の学部に行くことに。俺は第一志望だった姉貴と同じ大学に落ちて、別の大学の工学部に行く。
互いに入学式を終えた俺達は大学が始まった最初の休日に会った。で、翔から姉貴をデートに誘ったことを告げられ、何故か謝られた。別に謝ることじゃないのに。
なんでも入学式の日に偶然会って話して。翔は気がついたら姉貴を引き止めてデートに誘っていたらしい。翔と姉貴の出会いが偶然じゃないことを知ってるのは多分俺と姉貴だけだけど。
俺は知ってる。翔といる時ほど幸せそうに笑う姉貴を、俺は見たことがない。姉貴はいつだって、翔がいる時はたくさん笑うんだ。
なぁ、翔。姉貴を幸せに出来んのはお前しかいないよ。俺は、姉貴と翔はお似合いだと思う。本人達がどう思ってるかは知らないけど。
「だからさ、正直見てるこっちがやきもきするんだよ」
ファストフード店の座席で飲み物を一気にすする。甘い味が口いっぱいに広がった。甘くないやつにすればよかったって後悔してももう遅い。
俺の正面には美味しそうにハンバーガーを食べる晴人がいる。俺は彰と姉貴のことを晴人に
「気持ちはわかるけどね。翔のことだからまた無意識で余計なこと考えるんじゃないかな?」
「友達の姉貴と付き合うのは良くない、とか?」
「そうそう。翔は変なとこで頭が回るからさ。僕の見た感じじゃ両想いみたいだけどこればっかりは……」
晴人の言う通り、翔は変なとこで頭が回る。というか無意識なのに余計なことまで考える。だから翔が「友達の姉貴と付き合うのは彰に申し訳ない」って無自覚のまま考えててもおかしくはない。だからって謝られても困るんだけど。
「姉貴も不器用だからな。自分の気持ちを表わすのが苦手なんだよ。下手したら翔といる時にめっちゃ笑ってるってことすら気付いてない」
「いやいや、気付いてるでしょ。ゆかりさんは多分、自分の気持ちを隠そうとするよね」
「なんで?」
「翔が彰の友達だから。自分のせいで翔と彰が気まずくなるのは避けたいだろうし、自分が人に好かれてるなんて思いもしないはず」
「……言えてる」
姉貴のことだ、あり得る。翔が自分から姉貴をデートに誘ったとはいえ、このままだと何も進展しないな。俺としては二人に結ばれてほしいんだけど。
「むしろ気付いてないのは翔の方だよね」
晴人がハンバーガーの包み紙を畳みながら言った。晴人の発言に思わず耳を疑ったのは言うまでもない。翔、自分からデートに誘ってたぞ。それで気付いてないは無いだろ。
そういや中二の時に一ヶ月だけ告白された子と付き合ってたな。結局翔はその子を好きになれなくて、その子は別の人と付き合ったっけ。あの時は何馬鹿な事してんだろって思ったな。
「中二の時のあれね、好きって気持ちがわからないから付き合ったんじゃないかって思うんだ」
晴人も同じ事を思い出していたらしい。あいつ、事後報告をした後に俺らにこう言ったんだよな。
『何してもあの人と比べちまう。ずっと、頭からあの人が離れねーんだよ』
それを「好き」って言うんだよ。そう、当時のあいつに教えてやりたかった。あいつの言う「あの人」が気になりすぎて教えるどころじゃなかったけど。
「翔じゃないけどめんどくせーな。こっちからすりゃ『お前らくっつけよ』って感じなのに」
「僕も思うよ。でも本人達にしか本当の気持ちはわからないからね」
晴人と俺は同時にため息をついた。そのあとに「そろそろだと思いたいんだけど」と同じ言葉を同じタイミングで発する。その重なり具合に思わず笑ってしまった。
家に帰った俺はリビングにいる姉貴の様子を見る。姉貴は疲れたのかテーブルに突っ伏して寝ていた。こうやって人前で寝る姿を見るのはかなり久々のことだ。
姉貴も翔も素直になってくれよ。俺のことなんて気にしなくていいんだ。本当に気になるなら、俺のことなんて気にせずに話せばいい。こっちは二人を見てるとなんとも言えない気持ちになるんだから。
そういや翔と姉貴が名前じゃなくて「あんた」と「お前」って言い合うようになったのはいつだっただろう。俺達が中二の時にはそう呼び合うくらい仲良くなっていたな。
「姉貴。そんなとこで寝たら風邪引くよ」
俺は羽織っていた上着を姉貴の背に掛けてやる。小学生の頃は俺より大きかったのに、今じゃ俺より小さく見える。それが嬉しいような悲しいようななんとも言えない気持ちになるんだ。
「昔はお姉ちゃんだったのに、今じゃ姉貴呼びか。挙句弟に世話焼かれるなんて、昔は思わなかったよ」
姉貴は身体を起こしながらそう言う。背中の上着に気付くと「ありがとう」と小さく呟いた。そして大きく伸びをする。その姿が何故か翔と重なって見えた。
そういえば小学生の時は「お姉ちゃん」だった。中学生辺りは「姉ちゃん」か「姉貴」で高校生になってからは「姉貴」。呼び方だけでも時の流れを感じる。
「お前ももう大学生か」
「姉貴なんか今年から研究室配属だっけ? 案外姉貴が家出る日も近いのかもな」
研究室の状況次第では今年中に一人暮らし。そうでなくても結婚か就職をすれば姉貴は家を出ていってしまうはず。もう、姉貴と一緒に過ごせる時間はあまり残ってないのかもしれない。
なんてことを思ってたら姉貴にバシッと背中を叩かれた。感情の起伏が少ない姉貴が爆笑してる。俺、変な事は言ってないぞ。
「その前に自分のことを心配したらどう?」
涙目になりながらいつもの妙に冷めた口調でそう告げる。口調こそそっけないけと、姉貴の声は落ち着く。女性にしては低い方なんだけど低すぎなくてちょうどいい声のトーンなんだ。
姉貴の言いたいこともわかるな。俺、今までに三人の女と別れてるから。家族の誰にも言ってないけど姉貴にはいつもバレてたっけ。いつも別れた後に慰めてくれるのは姉貴だったな。
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。もう少し素直になったら? あいつ、言わないと気付かないと思うよ」
「お前、どうしてそれを――」
「何年弟やってると思ってんの? 姉貴にはさ、俺のこととか気にしなくていいから、幸せになってもらいたいんだよね」
翔に抱いてる気持ちがバレてるとは夢にも思わなかったんだろう。姉貴がかなり慌てている。だから、少し言葉を付け足してみた。
翔は言われないと動かなそうなのは事実。俺のことを気にしてほしくないって言ったのは、晴人の言葉がふと過ぎったから。それより何より、これは姉貴には幸せになってほしいから出た助言だ。
あとは、デートに誘った翔がどこまで自分の気持ちに気付いているかだ。気付けば自分から言うと思う。俺は、翔がデート中に気付くことを願うかな。男女にうるさい翔は、姉貴からそういう類を言われるのは嫌だろうから。
で、俺がこう言っておけば姉貴も動く。姉貴の性格ならどんなに遅くても別れ際には何かしら言うはずだ。これで嫌でも二人の関係が動くってわけ。
「俺も晴人も応援してるよ?」
そう言い残し、姉貴に何か言われる前に自室に去る。姉貴の顔が恥ずかしさからか恋からか赤く染まるのを遠くから盗み見た。思わず笑みがこぼれる。
恋の色に染まった姉貴に、俺から少し早めの祝福の言葉。もし二人が付き合ったら翔に何か
「上手くやれよ、翔」
心の中で翔に向けて呟いたはずの言葉は知らぬ間に口に出ていた。しかも無意識のうちに泣いてたみたいで、両頬を温かい液体が伝う。
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