飴色

 放課後、駅のホームにあるベンチに座り込んで一人で考える。もうすぐ親との三者面談がある。その時までに志望校を一つか二つ決めなきゃいけない。来年には受験勉強があるから、ね。


 これは僕が一人で決めるべきことだ。だからあきらしょうには相談出来ない。多分二人も悩んでるはず。ここで決めた進路が将来を担うって先生が言ってた。


 僕にはなりたいものがない。長所があるわけでもないし、好きなのは地学だけど、理系の大学を専攻出来るほど頭も良くない。それにどっちかと言えば体育とか歴史とかの方が得意なんだ。


 好きな学科を選べたらいいんだけど、実力がない。今から勉強して本番に間に合うようには思えない。それくらい、数学と地学以外の理科が苦手だから。成績を見ればそれは明らかだ。


「あれ、晴人はるとじゃない。久しぶり。元気?」

「お、お久しぶりです!」


 進路についてぼーっと考えてたら声をかけられた。顔を上げたらそこには見覚えのある顔があって。慌てたのと緊張したのとで、返した声は少し震えていたし若干裏返っていた。


 彰のお姉さんだってことはすぐに出てきた。それから少ししてから名前を思い出す。そうだ、ゆかりさんだ。でももう大学二年生になっているから、あまり会うこともない。


「志望校でも悩んでるの?」


 考える内容を一発で当てられて思わず身体が固まる。ゆかりさんもまさか一発で当たるとは思っていなかったみたいで、ちょっと驚いたような顔を見せている。でもその表情はすぐに怒っているような楽しんでいるようななんとも言えない表情に戻った。


「彰も悩んでたから、同じかなって。三者面談、近いんでしょ?」


 彰も翔も同じ高校だ。彰に三者面談があるとしたら僕と翔にも三者面談があるわけで。彰が三者面談が近くて志望校に悩んでるなら、僕も翔も同じ事で悩んでる。


 同じ学校にいるんだから当たり前の事なのに。どうして忘れてたんだろう。僕は肯定の返事をする代わりに小さく頷く。


 ゆかりさんは僕の隣に座ると鞄から飴を取り出して「食べる?」と聞いてくる。ありがたく貰って口に入れるとかなり甘い。苺味のあめだった。


「志望校、決まった?」

「それが、決まってないんですよね」

「そっか。お前達三人って悩む内容も悩むタイミングもよく似てるよね。翔も彰も同じ事言ってたよ」


 ゆかりさんの言葉に思わず身体がビクッと反応する。彰はともかく、どうしてゆかりさんが翔の悩みまで知っているんだろう。彰ならわかるけど翔との接点なんてないはず。


 いや、翔のことだ。偶然を装ってゆかりさんと会ってるのかもしれない。中学生の時にはだってなんだかんだ言って偶然遭遇してたらしいし。


「早く決めなよ。受験まであっという間だから」

「はい」

「で、晴人は行きたい所の理想とかあるの?」


 それがあったら苦労しない。とりあえず就職したくて、そのためには大学に行かなきゃいけない。でも理系の学科には行けないし、文系の学科に行って公務員になるのが一番なんだろうな。


 翔だったら薬学部に行きたいって言うだろうな。薬剤師か、せめて薬に関わる仕事がいいらしいから。彰は工学部に行きたいって言うはず。高一のときからずっと工学部に憧れてたから。


「ゆかりさんはどうやって今の進路を決めたんですか?」


 困った僕の口から出たのはゆかりさんに対する質問。ゆかりさんがどうやって進路を決めたか気になった。もしかしたら参考になるかもしれないから。


「私と彰の間に一人、弟がいるんだよね。龍太郎りゅうたろうって言うんだけど。龍太郎は名前のわりに身体が弱くてさ、昔からよく体調崩してて。その影響で薬に興味を持ったんだ。で、薬学部を志望したの」


 彰の家にはよく遊びに行ったけど、龍太郎さんって人に会ったことはない。彰からもあまり話を聞いたことがない。ただ、彰の家に遊びに行っても彰の両親はいないことが多くて、その代わりにゆかりさんが出迎えてくれたっけ。


 きちんと自分のなりたい職業を目指してる。ゆかりさんだけじゃなくて翔も彰も。僕だけはやっぱりなりたい職業がない。


「晴人はどうしてる時が好き?」

「身体動かしてる時とか、空とか星について考えている時です。あと、小説読んだりするのも好きですね」

「そういう所から決めるのはどう? 多分さ、嫌々選んだ学科だと続かないよ。って言ってもこのアドバイスするの、晴人で三人目なんだけどね」


 苦笑しながら告げるゆかりさんを見てその意味を察する。僕が三人目ってことは彰も翔もすでにゆかりさんに同じアドバイスを貰ってたってこと。彰はわかるけど、やっぱり翔もなんだね。


「翔なんか、理想を聞いたら『あんたと同じ大学がいい』とか言ってた。そこじゃないのにね。大事なのは自分の興味だよ」


 うん、やっぱり翔らしいね。翔が薬学部に行きたがってたのは知ってる。ゆかりさんが薬学部なのを知った上で、ゆかりさんと同じ大学を望む。まだ、ゆかりさんのことを諦めきれていないんだろうな。本人は気付いていないけど。


「じゃあ地学に進むのはどう? 理系の方が就職がいいって聞くし。あくまで聞いただけだから保証はしないけど。それに、今からでもまだ間に合うと思うよ」

「本当ですか?」

「私の友達は、今頃から始めて受かったよ。だから、やる気次第じゃないかな」


 ゆかりさんの突然の言葉に思わず声が明るくなる。まだ間に合うかもしれない。それがすごく嬉しくて、やるだけやってみようなんて気すら起きてる。


 考え方が甘いな。今舐めてる飴みたいだ。でも、一人でも前例があれば不思議とやる気が出ちゃうんだ。僕は翔や彰と違って、平凡だから。だから、同じ人がいるとつい安心しちゃう。無謀な賭けをする勇気なんてない。


「ま、頑張りな。お前達三人が合格するの、待ってるよ」


 ゆかりさんはそう告げると突然ベンチから立ち上がる。僕もつられて立ち上がり、一緒に改札口を出た。ゆかりさんはこのあとバイトがあるらしくて改札口で別れることに。




 別れ際、ゆかりさんは鞄の中から飴を取り出す。レモン味の飴が三つ。それを僕に差し出すと、僕の進行方向を指で示した。そこには私服姿の翔と彰の姿が見える。


「三人で分けなよ。それなら甘いのが苦手な翔でも食べられるから」


 そう言い残して去っていくゆかりさん。そのタイミングを見計らったかのように、翔と彰が僕に近付いて肩を叩いた。僕の掌に乗っけられたレモン味の飴を見ている。


「まだ飴持ち歩いてんのか」

「糖分補給して勉強頑張れって意味らしいぜ、姉貴曰く」


 そんな意味があるのか。というかまだってことは翔にアドバイスした時も飴を持ち歩いていたんだね。まぁそんな昔の話じゃなさそうだけど。


「それにしてもレモン味か。姉貴、レモンは苦手なはずだけど」

「これなら翔でも食べられるって言ってたよ」


 彰の発言に視線が翔へと向かう。翔はゆかりさんがレモン味が苦手だとは思わなかったみたい。口をぽかんと開けてる。


「この前会った時に飴くれようとしたんだけど、俺、甘いの苦手だろ。それ言ったら『これならお前でも平気だろ』ってこの飴を買ってくれて。ついでとかなんとか言ってたからてっきり飴なら何でもいいのかと……」


 つまりゆかりさんは翔のためにわざわざ苦手なレモン味の飴を買ったってことだよね。しかも翔に会うかすらわからないのに、自分は食べられないその飴を持ち歩いてるみたいだし。


 とりあえず三人でゆかりさんがくれたレモン味の飴を食べる。確かにそんなに甘くないから、これなら翔でも食べられる。でも予想以上に酸っぱくて思わず目を閉じて顔をしかめる。


 レモン味の飴は甘酸っぱくて。舐め終えてるとさわやかな味が口の中に少し残る。さっきまで食べてたのが甘ったるい苺味の飴だったからかな。少しだけ気分がすっきりした気がした。

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