カラフルデイズ

暁烏雫月

空色

 どういう風に仲良くなったかなんて覚えてない。だって、話し始めたら仲良くなるまであっという間だったんだ。気がつけば俺は、しょう晴人はるとの二人と一緒にいた。三人で仲良く笑い合ってた。


 翔は何するにも「めんどくせー」って言う。空を見るのと昼寝するのが大好きで、いつも授業中に空を見るか寝るかして怒られてる。そのくせ、いつだってテストで学年一位とかを取る。


 晴人は運動が大好きで勉強が大の苦手。でも空とか雲とか、理科の特定の範囲だけは大好きで、そこがテストに出ると必ず高得点を取る。空を見ることが多いけど、見てる時も足がバタバタと動いて落ち着きがない。


 俺は翔と晴人に比べると運動も勉強も並だし、空とか雲にも詳しくない。でも空を見るのが好きな気持ちだけなら負けない。父さんから貰ったカメラで写真を撮るのが好きなんだ。お姉ちゃんほど上手くは撮れないけど。


 席が近いわけでも、出席番号が近いわけでもなかった。俺達の共通点は同じクラスで空を見るのが好きってだけで。知り合ったのは休み時間だった気がする。


 みんなが校庭で遊ぶ中、俺達三人は教室の窓から空を見るんだ。で、なんとなくで話すようになって。今じゃすっかり仲良し三人組ってやつになった。


 今日は俺の家に二人が遊びに来る日。俺の撮った空の写真を見せてあげるんだ。学校が終わると俺は速攻で家に帰って、翔と晴人が来るのを待っていた。


「見て見て! これ、俺の撮った写真なんだ」


 家にやってきた二人を自分の部屋に連れていく。そして、俺の撮った写真が貼ってあるアルバムを見せた。翔と晴人の目が真剣にそれを見ている。どうだ、俺の写真、なかなかだろ?


 そこにコンコンって扉を叩く音がして、お菓子とジュースを持っているお姉ちゃんが入ってきた。俺達が何をしてるのか気になるらしくて、不思議そうに首を傾げてる。


あきら、この人誰?」

「俺のお姉ちゃん! お姉ちゃんも空の写真撮ってるんだ」

「私が撮ってるのは空じゃなくて雲ね。初めまして。私はゆかりって言うんだ。いつも弟がお世話になってるね」

「じゃあゆかりねえだね」


 お姉ちゃんが自己紹介をすると、晴人がお姉ちゃんのことを「ゆかり姉」って呼び出した。それにつられたのか、翔も同じように呼び始める。俺のお姉ちゃんなのになんかズルい。


「俺、翔って言うんだ!」

「僕は晴人! ゆかり姉の写真見たい!」


 翔と晴人は名前だけ名乗ると写真を見たいって騒ぎ出す。俺はお姉ちゃんの写真なんて一枚しか見たことない。他のを見せてって言っても駄目って言われるんだ。そんな写真を初対面の二人が見せてもらえるはず、ない!


「俺も見たい!」


 ここぞとばかりに俺もお姉ちゃんに頼む。今日はいつもと違って翔と晴人もいる。もしかしたら今なら見せてくれるかもしれない。きっとお姉ちゃんは他の写真も俺より上手いはず。


「うーん。……じゃあ、ちょっと着いてきてくれる?」


 あごに手を当てて少し考えてたお姉ちゃんは、笑いながらそう言った。そして俺達三人を部屋に案内してくれる。お姉ちゃんの部屋は俺の部屋の隣にあるから、すぐに着くんだ。




 お姉ちゃんの部屋は俺の部屋より綺麗だった。本棚に入った沢山の本、机の上には教科書が置いてある。部屋のあちこちにぬいぐるみがあるのは、お姉ちゃんがぬいぐるみ好きだから。


 お姉ちゃんはどこからかアルバムを三冊出してきてくれた。俺達はすぐさまそのアルバムを開いて写真を見る。アルバムに貼ってあったのは俺の撮った写真とは比べ物にならないくらい綺麗な写真だった。


 俺の写真はぼんやりとしたやつが多い。しかも、青空が好きだからってつい青空の写真ばっかり撮っちゃう。だから、どの写真も似たような写真になるんだ。でもお姉ちゃんの写真は違った。


 ぼんやりしてる写真なんて一枚もない。空も青空とか夕焼けとか色々な色。どの写真にも雲が映ってるんだけど、雲も綺麗なんだ。雲って空に浮いてるだけなのに、お姉ちゃんが撮るとこんなにも綺麗な絵になる。なんでだろう?


「すっげー。彰のと全然違う」

「彰の写真にこんなはっきり映ってる写真、無かったよ」


 翔も晴人もはっきり言うなぁ。でも言い返せない。だって本当のことだし。俺にはお姉ちゃんみたいな、こんな綺麗な写真は撮れないから。どんなに撮ってもなんか写真がぼやけちゃうんだよ。


 翔と晴人の感想を見たお姉ちゃんは驚いたような顔で俺を見る。目を見れば言いたいことは大体わかるよ。「そんなにひどいの?」って言いたいんでしょ? そうだよ、そんなにひどい写真だよ、俺のはさ。


「多分ボケちゃったんだね。カメラってさ、ピントってのが合わないと綺麗に撮れないんだよ」


 お姉ちゃんの言葉に翔と晴人は「そうなのか」と呟く。俺も初めて知った。カメラなんてシャッター押せば嫌でもピントが合うもんだと思ってたし。だから何度撮ってもぼやけてたんだな。ピントってやつの合わせ方、わかんないけど。




 気がつけばお姉ちゃんの部屋で、お姉ちゃんを入れた四人で話し込んでいた。話すのは空の話ばっかり。どんな空が好き、とかどんな空を撮りたい、とかそんなのばっか。ゲームより空の話で盛り上がるなんて俺達らしいや。


 そのうちに翔がうつらうつらし始める。晴人が翔を起こそうとしたんだけどお姉ちゃんがそれを止めた。そして自分のベッドから枕とタオルケットを取ると、そのまま翔を床に寝かせる。


「そういや翔、今日は授業中に寝なかったもんね」

「へぇ、この子、いつも寝てるんだ」


 晴人の言葉に優しい微笑みを浮かべるお姉ちゃん。こういう風に笑うとお母さんと似てるように見える。俺と遊んでる時もたまにこんな顔になる。お母さんの代わりをすることが多いから、なのかな。


 いつもこういう風に笑っていればいいのに。普段はあんまり笑わないんだ。笑っても普通の笑い方でこんな優しい微笑みじゃない。本当にたまにだけ、優しい顔になる。


「翔は寝てるか空見てるかしかしないもん。あとは『めんどくせー』ってよく言ってる。でもこんなでもテストで学年一位なんだよ?」

「二年のテストで一位って言われても……。六年生まで今の成績を維持出来て初めて、本当に頭がいいって言うんだと思うよ」


 今五年生のお姉ちゃんにとって、二年のテストは簡単ってことかな。俺はお姉ちゃんの言いたいことがよくわからなくて晴人と顔を見合わせる。晴人もよくわからないって顔をしてた。


「めんどくせー」


 突然、寝てるはずの翔の声が聞こえた。びっくりして翔の方を見たけどやっぱり寝てる。今の、寝言なんだ。「めんどくせー」ってどんな夢見てんだよ、翔のやつ。


「寝言で『めんどくせー』って言う人は初めて見たよ」


 お姉ちゃんが笑いながらそう言う。晴人もお姉ちゃんと同じ意見だったみたいで、めっちゃ笑ってる。それがなんかおかしくて、無意識のうちに俺も笑ってた。


 その時、笑いながら見た窓の外に見慣れないものを見つけた。急いで窓に駆け寄って外を見る。やっぱり、空にいつもと違うものが浮かんでる。


 赤、オレンジ、黄色、緑、青の五色の光の橋だ。虹に似てるけど虹は七色のはず。あれは五色だから違うよね。そんなことを思ってると目の前の窓が開いて、カメラのシャッター音が響いた。


 音のした方を見るとお姉ちゃんがカメラを構えて笑ってる。その隣で晴人がキラキラした目で光の橋を見てる。もう一度見ようと思って視線を戻すと光の橋は消えていた。


「雨降ってないのに虹が出るなんてね」

「お姉ちゃん、虹は七色だよ! あれは五色だから虹じゃない」

「彰、知らないの? 虹ってね、実際に七色に見えることはほとんど無いんだよ。五色でも見れるってすごいことなんだよ!」


 虹に驚くお姉ちゃんと虹について説明する晴人。五色でも虹って言うのにはびっくり。今日は一日晴れていたし、なんで虹が出たんだろう。


 窓を閉めたお姉ちゃんに聞こうとしたけど、目に入った映像が綺麗だったからやめた。橙色の空に赤く染まった雲、そして五色の短い虹。お姉ちゃんの撮ったその写真はすごくすごく綺麗だった。


「今度現像してあげるよ。彰にも晴人君にも。……一応、翔君にもあげよっか」


 そう言って歯を見せてニシシッて笑うお姉ちゃん。俺も晴人もそれにつられて笑う。この写真を見たら翔の奴、悔しがるぞ。




 お姉ちゃんから貰った写真を見ながら空を見上げる俺と翔と晴人。翔は写真を見ると虹を見れなかったことを悔やんでいた。まぁあんな綺麗な写真を見たらそう思うのが普通だよね。


「なぁ、また遊びに行っていいか? ゆかり姉の写真、また見てーんだけど」


 大きく伸びをしながら翔が言う。そして口に手を当てて大きくあくびをする。あくびを終えると再び大きく伸びをした。いっつも眠そうな顔してるけど、なんでそんなに眠そうなんだか。


「僕もまた行きたい。で、四人で空の写真撮りたいな」


 晴人の言葉に翔が笑う。三人で教室から見上げた空は綺麗な水色をしていて、心が軽くなる。でもお姉ちゃんの写真ほど綺麗な空には見えなくて。俺の「また来なよ」って返事は、翔と晴人のわざとらしいため息に消されちゃった。

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