2
「面談の日程について」と題された
『
こんにちは。大道寺です。お盆休みはいかがお過ごしでしょうか。
先日お話した個人面談の件ですが、九月十五日の午後三時に私の研究室にお越しください。先行研究についての報告は、資料がなくても結構です。
大道寺哲』
メールを読み終えた理子は、すかさず「返信」画面を開いた。理子の知るかぎり、仕事中の大学の先生はパソコンに向かっている時間が長いから、メールを受け取った直後なら「チャット」と同じようにすぐ返信を読んでもらえる可能性が高いと思ったのだ。
「理子? スイカ
「う、うん、ちょっといま手が離せなくて……」
「そう? じゃあ
「やったー」「わーい」
(……カブトムシだったら、間違いなくスイカに飛びつくんだろうなあ……うー)
スイカへの未練をたらたらと残しつつも、理子は大道寺への返信メールを書き始める。
『大道寺先生
お世話になります。東雲です。ご連絡ありがとうございました。ご面談いただく日程、了解いたしました。
別件で恐縮なのですが』
一瞬、キーボードを叩く指が止まる。
(……先生にこんなこと相談していいのかな?…………えい、書いちゃえ)
『別件で恐縮なのですが、先生にご相談したいことがあります。
私の幼なじみのお子さんで、六歳くらいの女の子がいるのですが、今日たまたま、その子がクワガタムシのことをカブトムシだと思いこんでいることを知りました。
彼女を傷つけずに、それとなく間違いを正してあげるにはどうしたらよいでしょうか? 変なご相談で申し訳ないのですが、先生のアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
東雲理子』
勢いで「送信」ボタンを押した理子は、そのままの勢いでソファに背中をもたれた。指導教員におかしな質問を投げてしまったことに多少の罪悪感を覚えてはいたが、メールを読んで眉間に皺を寄せながら、それでもカブトムシのことを真剣に考え始める大道寺の顔を思い浮かべて、自然と笑みがこぼれた。
(……大道寺先生のことだから、「私には分かりません」って
そのままの姿勢で大道寺のことをぼんやり考えていると、香菜と紗菜が「理子お姉ちゃん、これ」と言って、小皿に乗ったスイカを持ってきてくれた。「ごめんね、理子、それしか残らなくて」と、母・
「ありがとう、香菜ちゃん、紗菜ちゃん」と言って二人の頭を撫でた理子は、添えられていた小ぶりのフォークで、小さく四角に切られたスイカを口に運ぶ。青臭い香りと爽やかな甘さに満ちた水分が、じわっと口と喉を
(……夏と言えばやっぱりスイカだね……ん?)
さっき返信を送ったばかりだが、早速メールの受信通知が光っている。いくらなんでも早すぎる、と思いながらアプリを開くと、やはり大道寺からの返信である。胸がどきっと鼓動する。
(……お仕事中につまらないことで邪魔して怒らせちゃったかな……「そんなことでメールしないでください」の
おそるおそるメールを開いてみる。ぱっと目に入った「カブトムシの話、興味深く拝読しました」という一文で、
しかし、続く「ですが」で始まる文章を見て、理子の理性に乱れが生じる。
『ですが、カブトムシについての私の知識はアリストテレスで止まっています』
「カブトムシについての私の知識はアリストテレスで止まっています? どゆこと?」
あまりの珍妙な文言に、二度見して思わず口に出して読んでしまった。双子の方を向いて首を
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます