6
理子と友香が出席した
大道寺とは九月中旬にあらためて個人面談をおこなうことになった。修士論文のテーマであるカントの
(……大道寺先生って、ああ見えて意外にスパルタなのかな?……でも、ちゃんと期限を決めて誘導してもらった方が計画的に勉強できるかも……)
一人暮らしの自室に戻り、Web上の論文データベースで文献を調べていると、スマートフォンにメッセージが入った。母の
なにやら田畑房枝の件で、房枝の娘の
(……どうしたんだろう、田畑さんのおばあちゃん、またなにかあったのかな……)
秋学期の授業が始まるのは十月の頭である。集中講義も終わって研究以外に特に用事のない理子は、翌日ふたたび帰省することにした。何日間の滞在になるかは分からないが、とりあえずダウンロードしたPDF形式の論文を何本か印刷し、ホッチキスで留めてクリアファイルに収めた。
*
――――翌日。
お茶を一口含んだあと、田畑美紀が申し訳なさそうに口を開いた。顔には少し心労の跡が残っているように見える。
「ごめんなさいね、理子ちゃん、忙しいのに。わざわざ帰ってきてもらっちゃって」
「あ、いえ、私は勉強しているだけで、そんなに忙しくありませんし。遠いわけでもないので、お気になさらないでください」
「……ほんとに、ねえ……迷惑かけちゃって……良子さんにも……」
聞くと田畑房枝は二日前にも、なにも言わずに家からいなくなったのだという。ただし今度は午後の早い時間で、美紀が近所のスーパーに買い物に出かけているあいだのことだった。
「……私も考えが甘くて……一人にしないように、気をつけないといけなかったんだけど……」
帰宅後、すぐに母の不在に気づいた美紀は、慌てて外に飛び出し、東雲家に向かった。折良く良子も家にいて、手も空いていたから、運転免許を持たない美紀と一緒に、東雲家の車で近くを回ることになった。
お年寄りの足でそう遠くには行けないはずと考え、良子は美紀を助手席に乗せて、理子が房枝を見つけたときと同じ、駅周辺の地区を中心に車を走らせた。
房枝が見つかったのは、探し始めてから二時間あまりが経ったころだった。駅前の商店街にゆっくり入っていく姿を美紀が発見した。良子が道路の端に停車しているあいだに、美紀が駆け足で房枝のあとを追い、数分後に連れて戻ってきた。家に帰る車のなか、房枝は前回と同じように東雲家に迷惑をかけたことを心から済まなく思っている様子だった。
「おばあちゃん、今日は大丈夫なんですか? おうちに一人で……」
「いま、ちょうど息子たちが遊びに来ててね。念のため見てもらってるのよ」
尋ねる理子に、美紀はふっと肩の力が抜けたように軽い微笑みを見せながら答えた。田畑美紀の息子・
「……それで、美紀さん……理子に聞きたいことっていうのは?」
娘が関わっているからか、良子が心配そうに本題を切り出す。
「…………ええ……自分でもおかしなことだっていうのは分かってるんだけど……」
「おかしなこと?」
「……理子ちゃん」
「はい」
「母を見つけてくれたとき、母がなにか言ってなかった?」
「なんのことですか?」
「……おじいちゃんがどう、とか」
「えっ」
「春に亡くなった、父のことだけど」
(……おじいちゃんが夢に出てきた話のこと?……言ってもいいのかな……)
驚いて
「……それがね……母が……あのあと私に言ったのよ……父しか知らないはずのことを」
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます